自転車で、20キロ近く走った。
西に走って、目指したコンビニに目当てのものがなかったので、今度は東に走った。
目当てのものを手にして、今度は南に走り、その日の用事を済ませて帰ってきた。
おかげで、普段あまり利用しないコンビニの店の色がわかった。
西のコンビニは、前に行ったときも、真ん中の通路に掃除機が置かれたまま、女の子が一人で店番してるので、殺風景で品揃えも多くない。
初めて行った東のコンビニは、駐車場が広く、大型トラックが何台も休憩していた。
国道沿いにあって、自転車で走って行くと怖いけれど、お客さんのターゲットエリアを広く考えているらしく、雑誌の種類が多い。
店番もふたりいた。
その雑誌の中に、目当てのものをすぐに見つけることができた。
○ー○○限定のその日発売の雑誌が、同じ○ー○○の店でも、置く店と置かない店があるのはちょっと納得できなかったが、お目当てにたどり着けたので、ま、いいとしておこう。
さて、帰る道々、都会へ行った子の夢を思ってみた。
私は、音楽をやる人たちとの出会いが比較的多く、いい出会いをしている。
かれらとの出会いから、音楽以上のものをいただいた。
その中の一人は、
「楽器の出す、たった一つの音に、その人のすべて(思い、生活、魂など)が出る。」
と言っている。
かれらから、暮らし方や考え方についても、さまざまな影響を受けた。
私の受けた影響が、子どもに間接的に影響したかもしれない。
けれども、子どものすすむ先に、音楽があるとは思ってもみなかった。
「親の憧れ、夢を実現したんじゃないよな?」
そう自問自答する。
「そうであるとしても、別にいいのだけど」
そう思う。
「子どもが求めたのなら、それはそれで」
とにかく、好きなことで、
創造的で、
こころに届くこと。
なおかつそれでゴハンが食べられたら、しあわせというもの。
親の夢はいくつも生まれ、そして消え、
ただ単に子どものしあわせを願うだけになっていく。
ただただその思いで、親ばかまるだしで、
西へ東へ南へ走る。
坂道の途中で、おじいさんの自転車に追い越された。
ふだんは自転車に乗ったまま登りきれない坂道だ。
歯をくいしばって自転車をこいだら、登りきれた。
信号待ちで止まったおじいさんの自転車を見たら、
ヤマハの電動機付き自転車だった。。。
まだまだ青くさい負けん気なのか、
親ばかつながりで馬鹿力が出せたのか、
どちらにしてもちょっといい日だった。

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