『殺人の追憶』
ポン・ジュノ (監督)
ソン・ガンホ (主演男優)
キム・サンギョン (主演男優)
2003年制作
2004年公開
☆☆☆☆☆

時は軍事政権下、学生による民主化要求運動の吹き荒れた1980年代後半、韓国のある村で5年の間に10人が殺された実際の連続婦女暴行殺人事件(いまだ未解決)を題材に、「過ぎ去ってしまったある時代」を描いたサスペンス映画。オリジナルタイトルも「
살인의 추억(サリネ チュオk)」=「殺人の追憶」。英語タイトルは“Memories of Murder”。原作としては、1996年初演の舞台があるようだ。また、この事件の担当刑事が記した『華城事件は終わっていない』(ハ・スンギュン(著) 宮本尚寛(訳) 2004年 辰巳出版)という本も出版されている。
さすが、ポン・ジュノ。文句なしに五つ星。『
グエムル』(2006年)が僕にとっては「大満足」とはいかない映画だったので、やや不安に思いながら観始めたのだが、全くの杞憂だった。この映画なら誰にでもオススメできる。

この監督の稀有な点は、彼の「社会を見つめる目」「時代を見つめる視線」ではないかと思う。彼の監督デビュー作『
ほえる犬は噛まない』(2000年)を観たとき、韓流だ何だといった枠組みを完全に飛び越えてしまっていることに軽くショックを受けた。彼の視線そのものはあくまでも「現代韓国社会」に向けられているとは思うが、その映画で表現されているものは、時代や社会を越えた、人間にとって普遍的なものであるように思う。
『グエムル』も、僕自身は「韓国社会を風刺した映画」と捉えているが、ちょっと監督の狙いがわかりづらい映画だったように思う。ただのモンスターパニック映画でないことは明らかなのだが、一見、在韓米軍や国際政治におけるアメリカのあり方に批判の矛先を向けている映画のようにも見えるので、ブラックジョークの要素だけが落ち着きなく浮かび上がってしまっていたように思う。本作では、シリアスなシーンに奇妙な笑いの要素を挿入する監督独自のテイストは極力抑えられており、ブラックジョークを含め笑いの要素はかなり少ない(監督らしいなぁと思ったのは、物語後半の「破傷風」のエピソードくらい)。

本作は、サスペンスを楽しむエンターテイメント映画として完璧に成り立っているけれども、映画が描いているのは、謎解きや犯人探しそのものではなく、いつまで経っても捜査が進まず追い詰められ焦燥していく刑事たちの姿。全編セピア色の色調なのは、本作の舞台が現代ではなく、既に過ぎ去ってしまった過去の時代であることを示すためなのだと思う。痛々しい死体も何回か登場するけれども、いたずらに恐怖を煽るような表現は敢えて避けられているように思う。
最後まで観て、「殺人の追憶」という、まるで殺人事件を懐かしんでいるかのようなタイトルが何故つけられているのか、何となくわかったように思った。おそらく監督は、未解決のまま忘れられつつある連続殺人事件を描くことで、様々な問題が解決されることなく放り出され過ぎ去ってしまった「ある時代」そのものを描こうとしたのではないかと思う。

『グエムル』の中で監督は、かつて学生運動で鳴らしたという設定の登場人物(主人公の弟)に、「民主化を実現できたのは自分たちの世代の苦労があってこそなのに、今じゃ社会のお荷物扱いだ」というようなセリフを吐かせているが、監督自身がちょうどその世代にあたるのだと思う(監督は1969年生まれ)。本作において、舞台となっている1980年代後半は暗く抑圧的に描かれ、決して「古き良き時代」としてノスタルジックに描かれているわけではない。本作は、ある時代が、「結果オーライ」的に忘れ去られ(『
韓国は一個の哲学である』(小倉紀蔵(著) 1998年 講談社)によると、韓国人はあんまりそういう考え方をしないようですが)、風化し、まるで「なかったこと」のように扱われてしまうことへの、監督なりの落とし前のつけ方なのではないかと思う。

前時代的な田舎の刑事を演じたソン・ガンホは「さすが」の一言。対するキム・サンギョンが頑張っていて、ソン・ガンホ相手に一歩も引かず対等の演技で渡り合っている。彼は、この映画への出演時、まだそれほど実績はなかったようだが…。「容疑者」役としては、パク・ヘイルの名前が挙げられることが多いように思うけれども、彼は3人登場する容疑者役の1人に過ぎない。僕にとってはむしろ、最初に登場するパク・ノシクのインパクトの方が強かった。
今日の一言韓国語は、「
니가 본 게 이 얼굴이야?(ニガ ボン ゲ イ オルグリヤ?)」=「お前が見たのは、この顔か?」。書き言葉なら「
본 것이(ポン ゴシ)」なのだろうが、ここでは縮約されて「
본 게(ポン ゲ)」になっている。レンタルで借りてきたDVDには英語字幕表示のオプションがあった。ハングル字幕もつけてくれればいいのに…。

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