『グエムル――漢江の怪物――』
ポン・ジュノ (監督)
ソン・ガンホ (主演男優)
ピョン・ヒボン (男優)
ペ・ドゥナ (女優)
パク・ヘイル (男優)
コ・アソン (女優)
2006年制作
2006年公開
☆☆☆

ソウル市民の憩いの場・漢江に突如現れた謎の巨大肉食生物に娘をさらわれた家族の死闘を描いた、モンスター・パニック映画。…、のつもりで観たら肩透かしを喰らった。オリジナルタイトルは「
괴물(クェムr)」、漢字で書くと「怪物」。
漢江と言えば、ソウルのド真ん中を流れる大河。その漢江に人を襲う謎の巨大生物が現れたとなれば、韓国人観客にとっては、(東京の人にとっての)東京湾にジョーズが現れた、というような緊迫感溢れる舞台設定なのだろう(僕は東京から遠く離れて暮らしているので、東京湾にジョーズが現れようがゴジラが現れようが一向に構わないが)。最新のCG技術を楽しむエンターテイメント系パニック映画でもいいが、『
ほえる犬は噛まない』(2000年)を観てポン・ジュノ監督は只者ではないと感じていたし、前作の『
殺人の追憶』(2003年)の評判も良いようなので、彼ならではのヒネリを効かせたパニック映画を期待して観た。ところが…、正直、僕にはいったい何を描いた映画なのかよくわからなかった。

話の展開はスピーディー。場面転換の仕方やつなぎ方も上手い。CGも迫力あったし、ハリウッド的なカメラワークなんかも、これはこれでクォリティ高いと思う。ただ、謎の巨大生物がもたらす恐怖を描いたパニック映画として考えると、映画が始まってたったの12分でクェムルの(視覚的な)全貌を白日の下に晒してしまうのは大間違い。「見える恐怖」より「見えない恐怖」の方が怖いことはわかりきっていることなのだから。
では、この映画が単なるモンスター・パニック映画ではないのだとすると、監督が本当に描きたかったものは何なのか? この映画については、「反米的」という評価を聞いたことがある。確かに、ソウル市民の平和を脅かすクェムルの誕生が、駐韓米軍による漢江への化学薬品の不法投棄の結果であることが示唆されているし(実際、2000年に駐韓米軍がホルマリンを下水道に流して捨てたという事件があったのだそうだ)、米軍の医師の1人は過度に非人間的に描かれている。ただ、僕自身は、むしろ韓国社会そのものを怪物(クェムル)として描いているような印象を受けた。

この映画の英語タイトルは「The Host」で、「宿主」の意。映画の中では、クェムルが非常に危険なウイルスを宿している可能性が取り沙汰され、クェムルと直接接触した主人公一家は病院に隔離されてしまう。ダメ人間の主人公の言うことなど誰も相手にせず、本来犠牲者であるはずの彼は危険人物扱いされる。保菌者である(可能性のある)彼がクェムルにさらわれた娘の生存を信じ、病院から逃げ出し娘の救出に向かったことで、騒ぎは一層大きくなる。事態を重く見たWHOと米軍は介入を決定し、市民の反対運動にも関わらず、半径数十キロ以内の細菌が全て死滅するという、これまた危険な化学薬品をソウルのド真ん中に散布するという強硬策をとる。
ところが、映画では最後までウイルスは発見されない。ありもしないウイルス騒ぎにかこつけて、他国に介入する米軍…。そうか、この映画、結局見つからなかった「大量破壊兵器」を口実にイラクを攻め、フセインを捕らえて殺してしまったアメリカ政府を批判しているのか…。本作の前年に制作された『
トンマッコルへようこそ』(パク・クァンヒョン監督 2005年)の発していたメインメッセージが「アメリカの勝手にさせるな!」というものだったことを思い出すと、これが現在の韓国社会の時代の空気なのかもしれない。
ただ、それでもやっぱり、僕には「反米的」な映画には見えなかった。むしろ、儒教的な社会慣習の負の側面(社会の底辺に生きる主人公の言葉などに誰も耳を貸さないし、警察も病院関係者も行政の人間も、出てくる人間皆一様にプチ官僚的)だとか、非常事態に直面して右往左往するだけの人間社会の愚かさ、あるいは、駐韓米軍という「ウイルス」を宿す宿主としての韓国のあり方を揶揄しているように思える。2回観て、ようやくここまでわかったのだけど、正直もう1回観る気にはならないなぁ…。

『ほえる犬は噛まない』のキャストから、主人公の変な女のコを演じていたぺ・ドゥナとマンションの不気味な管理人役のピョン・ヒボンが、『殺人の追憶』のキャストからは、主人公の田舎刑事を演じたソン・ガンホと連続婦女暴行殺人事件の容疑者役のパク・ヘイルが出演している。考えてみると、それぞれ主役級の一癖も二癖もある俳優ばかりで、よくこの4人が家族としてまとまって見えたものだと思う。1人娘を演じた中学生のコ・アソンも熱演している。ソン・ガンホのダメ親父(36歳)振りも凄まじいが、居眠りばかりしているくせにクェムルを誰よりも早く見つけたり、韓国人相手に韓国語で事情を説明するのでさえ支離滅裂なくせにアメリカ人医師の発した「No Virus」を聴き取ったり、といった、監督による主人公の人物造形が面白い。ところで、化学物質の不法投棄が原因で漢江に生息する水生生物が異常成長したのがクェムルなのなら、何で一匹しか生まれなかったのかなぁ。あ、共喰いしたのか。
韓国語学習者としては、ソン・ガンホのセリフが全く聴き取れず、こんなんじゃ何年勉強したってネイティブスピーカーの韓国語をわかるようになるなんて無理だ、と落ち込んだ。彼の発音はわかりづらいと聞いたことがあるが…。気を取り直して、今日の一言韓国語。「
매점? 나 거기서 살래!(メヂョm? ナ コギソ サrレ!)」=「売店? 僕、そこに住む!」 「
살다(サrダ)」=「住む」に「
ㄹ래(rレ)」がつくことによって、「そこに住むことにする」「住むつもりだ」という意志を表わす表現になっている。

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