『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』
サーシャ・ガヴァシ (監督)
2009年制作
2009年公開
☆☆☆

1973年に結成、80年代前半にロックフェスティヴァル出演のため来日を果たすほど成功の切符を掴みかけながら、その後は鳴かず飛ばず、それでも以後25年にも渡って活動を続けている、カナダの実在のへヴィメタルバンド「アンヴィル」のメンバーを追ったドキュメンタリー映画。オリジナルタイトルは、"ANVIL! THE STORY OF ANVIL."
バンドのリーダーでヴォーカル&ギターのリップスとドラムのロブは、15歳で出会って意気投合して以来、50歳を過ぎた今も共に戦う親友同士だ。彼らのバンドはかつて成功への階段を上っていき、初期のアルバムはその後のヘヴィメタルバンドに少なからぬ影響を与えたと言われているが、その後バンドは何故か失速、2人を除いたメンバーは脱退してしまった。それでも2人は、学校給食の配送運転手や建築作業員の仕事で食いつなぎながら、新メンバーを迎えて活動を続けていた…。
80分ほどの短い映画。映画は、かつて彼らがブレイクしかけたこと、長髪の頭頂部の怪しくなってきた現在も大舞台を夢見て活動を続けていること、そんなときにオファーが舞い込んだヨーロッパツアーの顛末、渡英して敢行した13枚目のアルバムのレコーディング、ほぼ20年振りの再来日公演の模様などを主要なトピックとして描きつつ、リップスとロブ、また彼らを見守る多くの人々へのインタヴューで構成されている。本作の監督は、かつてローディーとして彼らのツアーにも帯同したことのある彼らのファンで、本作のために彼らの生活を2年間追ったらしい。

オリジナルタイトルには「夢を諦める・諦めない」といった文言は含まれておらず、正直、彼らの「夢を諦めない」という生き方(にまつわる悲喜こもごも)が映画の一番のテーマではないと思う。むしろこの映画で描かれているのは、40年近く続いている2人の友情と、困った生き方を選んでしまった彼らを取り巻く家族たちだ。特に、いつまでも売れないバンドマン稼業を続ける彼らを簡単には受け容れることのできなかった彼らの兄弟姉妹や、「出来れば成功させてあげたい」と涙ながらに語る妻たちの言葉に胸がつまる。
そして、何と言っても、リップスとロブ! 家に帰れば家族想いの1人のパパだが、ひとたびギター(Flying V!)を抱えれば感情的で過激なロッカーに様変わりするリップスと、彼に比べれば無口で内省的なロブの、2人の醸し出す雰囲気が絶妙。この2人はタイプは異なるが、それが彼らの友情を長続きさせているのだろう。友人というより、ほとんど家族・兄弟の域にまで達している(小柄な兄と長身の弟、にも見える(笑))。5週間に渡るレコーディングでイライラが募り、些細な口論が「バンドをやめる・やめない」の騒動にまで発展したイギリスでのケンカと劇的な和解には、思わず涙をこぼしてしまった(実は80分で3度泣いた。映画観て泣いたのは久し振り…)。
映画は、彼らの数少ないヒット曲「Metal on Metal」(2枚目のアルバム『Metal on Metal』(1982年)収録)の初来日公演(1984年「SUPER ROCK '84 in Japan」(西武球場))の模様で始まり、再来日公演(2006年「LOUD PARK 06」(幕張メッセ))での「Metal on Metal」で終わる(ちなみに、英単語“anvil”とは鍛冶道具の「鉄床・金床」の意。だから「Metal on Metal」)。この映画の日本版オフィシャルサイトで、マーティ・フリードマン(元メガデス)が「僕はいつも『向こうのロックミュージシャンが一番あこがれるロックな経験は、間違いなく日本でライブをやるって事』と言っているんだけど、この映画はその気持ちたっぷり伝わって来る」とのコメントが紹介されているが、その言葉にもうなづける。日本はやはり北米やヨーロッパから見て遠い。「来日公演を果たす」ということは、それだけビックになった証しなのだ。また日本は彼らにとって適度に異文化で、彼らの音楽が受け容れられる場でありながら、美しく緑豊かな寺社仏閣が数多く存在する。20年振りの来日を果たした感慨に浸りながら、お祭りのお神輿を眺めたりお寺で和んでいる2人の姿が描かれている(笑)。

キャパ2万人の会場でのロックフェスティヴァルに招待されながら、蓋を開けてみればお昼過ぎの最初の出演であることが判明、「こんなに遠くまで来て、観客が500人以下だったら悲しい」と不安になる彼らを迎える大観衆、思わず舞台を飛び降りギターで爆音を鳴らすリップスの感激振りを見ると、「日本って良いとこだな〜!!」と僕まで感激してしまった(笑)。版権の問題等いろいろあるのだろうけど、最後の日本公演のシーンくらい1曲通して演奏シーンを入れて欲しかった。
ところで、彼らは何故売れなかったんだろう?と思う。もちろん実力さえあれば売れるというものでもないことは充分承知しているが…。僕が気になったのは、彼らがレコード会社やマネージメント会社の人間をあまり信用していないことと、2人がユダヤ人であること。この2つは関係しているのだろうか。例えば、彼らがユダヤ人であることが彼らがシーンから敬遠されるような理由となっていたり、通常なら利用可能な人的ネットワークからの排除を意味していたりするのだろうか。あるいは、ユダヤ的な生き方というものが、他のバンドなら苦もなくやってしまうことを出来なくしてしまっていたりするのだろうか。この辺りの事情は僕にはよくわからないが、何か関係あるのではないかという気がする。
尚、イギリスにまで渡りレコーディングを行ったものの、結局大手のレコード会社からは見向きもされなかった、彼らの13枚目のアルバム『This Is Thirteen.』は、(この映画の公開を機に?)日本版が正規に発売されている。やっぱり日本って良いとこね。
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「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」日本公式サイト

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