2015/9/13

期間内考査始まる  学校紹介

 すでに期間内考査は9月11日(金)に始まっているが、再度ここで時間帯を確認しておこう。

 ちなみに2年生は9月15日(火)と最終日18日(金)にLHRあり。3年生は最終日18日(金)3時間目にLHRあり。時間帯を確認しておくこと。

 1年生は最終日18日(金)の3時間目に、基礎社会フィールドワークの説明会とSHRがある。

考査中の時間帯 ( )は30分考査の場合

※50分考査では20分を超えると(30分考査では12分を超えると)別室受験となる。

1時間目  8:40〜 9:30( 9:10)
2時間目  9:45〜10:35(10:15)
3時間目 10:50〜11:40(11:20)
4時間目 11:55〜12:45(12:25)

 期間外考査、そして期間内考査において、本校生徒は自分独自の考査の時間割があり、他のクラスメートや親友と同じことはまずない。それぞれの実施日と時間、試験範囲、実施場所、考査後の課題提出、そして50分考査か30分考査かなどなど、自己管理能力が求められる。

 大半の先輩はその困難さを克服、自己管理能力を身につけて無事卒業した。やればできる。前期期末考査、最後まで頑張って。

2015/9/13

めんそーれ第何号かはどうでもよくなってきた  修学旅行

 例によって修学旅行委員による「めんそーれ」。今回は2年3組による沖縄の食べ物特集だ。定番の「コーヤチャンプルー」と「ちんすこう」「海ぶどう」が紹介されていた。今回も画力あふれる作品だが、すこしラインが薄いので画面ではその良さが伝わりにくいかもしれない。

 「シーサー」の「口を閉じた吽形(うんぎょう)」と「口を開いた阿形(あぎょう)」の表情がむちゃくちゃいい。

 「シーサー」は、沖縄県などでみられる伝説の獣の像で、建物の門や屋根などに据え付けられる。悪霊を追い払う魔除けの意味を持つ。要するにガードマンだ。日本の仏教の影響で、奈良の東大寺南大門の金剛力士像のように「阿吽(あうん)」一対で設置されている例もあるとか。

 修学旅行の第1日目、2日目に宿泊する家やその周辺は、どんなシーサーがあるのか見るのも楽しみだ。

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2015/9/13

修学旅行へ行く前に地図をみよう!!(2)    修学旅行

 まずは地図をみておさらい。

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(D)那覇
 沖縄県の県庁所在地。近くに「那覇空港」。9月25日(金)はここに飛行機で到着。9月28日(月)最終日のタクシー研修で多くの班が訪問する「国際通り」「牧志」「首里城」はこのあたり。

(E)9月25日(金)26日(土)に民泊する地域
 「屋我地島」「古宇利島」「羽地」「今帰仁(なきじん)」はこのあたり。

(F)ちゅら海水族館
 9月27日(日)にクラス別研修で行く「ちゅら海水族館」「エメラルドビーチ」はこのあたり。

(G)読谷(よみたん)
 9月27日(日)の平和学習や宿泊するホテルはこのあたり。

(H)北谷(ちゃたん)
 最終日のタクシー研修でいくつかの班が訪問する「アメリカンビレッジ」はこのあたり。

(I)沖縄戦跡国定公園
 今回の修学旅行では訪問はしないが、個人的に沖縄に行く機会があれば是非とも訪問してほしい。

 「ひめゆりの塔」
  太平洋戦争末期の沖縄戦で、従軍看護婦として戦争の犠牲になった「ひめゆり学徒隊」(13〜19歳)の女子生徒たちの慰霊碑。

 「県立平和祈念公園」
  沖縄戦などで死亡したすべての人々約24万人の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」が、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年6月23日に建設された。

  沖縄県出身者、県外出身者はもちろん、日本軍として従軍した台湾、朝鮮の人々、敵軍として沖縄戦に参加したアメリカ、イギリス人の名前も刻まれている。

以下次号 

2015/9/13

修学旅行へ行く前に「島唄」の歌詞を知ろう!!  修学旅行

 沖縄には独特の音階があり、西洋音階の「ドレミファソラシド」と弾いたときの「レ」と「ラ」を抜く(レラ抜き音階)、つまり「ドミファソシド」と弾くのが特徴だ。代表的な民謡「てぃんさぐぬ花」や「十九の春」などを聞いているとなるほどと思う。J−POP系の現代沖縄音楽をみても、「青い宝」(やなわらばー)、「かりゆしの夜」(BEGIN)、「キズナ」(ORANGE RANGE)、「会いたくて」(かりゆし58)などは、各所にその音階が登場して沖縄らしさを醸し出している。

 そんな沖縄音階のJ−POP系代表作が「島唄」(THE BOOM)だろう。1992(平成4)年の大ヒット以来長く歌われており、アルゼンチンでも大ヒットした。

 当然4人組の「THE BOOM」は沖縄出身のミュージシャンと思っていたが、なんと4人とも山梨県や千葉県の関東出身。「なんでやねん」と調べてみた。

 作詞・作曲の宮沢和史氏は、「沖縄戦があったことは知っていたが、集団自決やひめゆり学徒隊などのことを知らなかった」という。そんな無知だった自分に対する怒りや当時の軍国教育に対する疑問がこみ上げ、地下の洞窟(=ガマ)で死んだ一般民衆の魂を空に解放したい思いがあって、東京で「島唄」を作ったという。

 その「島唄」の歌詞のどこに、宮沢氏がいう「魂を空に解放したい思い」が隠されているのだろうか。以下「島唄」の歌詞。

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た

でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た

繰り返す 哀しみは 島わたる 波のよう

ウージの森で あなたと出会い

ウージの下で 千代にさよなら

島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ

島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙


○「でいご」は春から初夏にかけて赤い花が咲く。沖縄では見事に咲いた年は天災に見舞われるという言い伝えがある。

○「ウージの森」とは、背が高くなったサトウキビ畑のこと。「ウージの下」とは、サトウキビ畑の地下に広がる洞窟(=ガマ)のこと。沖縄は石灰岩の土壌で畑の下に多くの洞窟や鍾乳洞(ガマ)がある。米軍の攻撃や、自決などでガマの中で多数の民間人が犠牲になった。

 以上のような「でいご」と「ウージ」の意味を踏まえて、改めて「島唄」の歌詞を読んでみると、以下のような隠された意味があるということが分かる。いろいろなホームページで紹介されているものを、総合して分かりやすいように改めた。そんな知識を前もって知っていれば、今度この歌をカラオケなどで歌うときに、今までとは違った感情で歌うことができるかもしれない。

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た
 1945年春、でいごの花が咲く頃、アメリカ軍の沖縄攻撃が開始された。

でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
 でいごの花が咲き乱れる初夏になっても、アメリカ軍の沖縄攻撃は続いている。

繰り返す 哀しみは 島わたる 波のよう 
 多数の一般民衆が繰り返し犠牲となり、人々の哀しみは、沖縄に波のように広がっていった。

ウージの森で あなたと出会い
 サトウキビ畑で、愛するあなたと出会った。

ウージの下で 千代にさよなら
 サトウキビ畑の下のガマで、愛するあなたと永遠の別れ。

島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ
 島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡れ。

島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
 島唄よ、風に乗せて、沖縄の悲しみを日本の本土に届けてほしい。

以下省略。

でいご

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さとうきび畑

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古宇利大橋(今帰仁村)

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