2016/1/13

くらべる柴島(18) 中尊寺金色堂  学校紹介

 前回が国風文化(平安時代半ばから後半)の代表的存在である平等院鳳凰堂であったので、今回は順番通り院政期の文化(平安時代末期)の代表例、岩手県平泉の中尊寺金色堂にスポットをあててみたい。

 2011年に「平泉〜仏国土を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群〜」の名でユネスコの世界遺産に登録されたが、関西に住んでいる生徒諸君からすれば今一つなじみがないと思う。

 奥州藤原氏は、清衡(きよひら)・基衡(もとひら)・秀衡(ひでひら)の3代100年に渡って栄華を誇った東北の豪族で、領内で大量に採取される砂金をベースにして巨万の富を築き、あたかも独立国のような権勢を誇った。

 ちなみに、3代に秀衡の後を継いだ泰衡を加えた4人の順番の覚え方は「キモヒヤス」。

 3代はそれぞれ仏教を重んじて寺院建築に富を注ぎ、清衡は中尊寺金色堂、基衡は毛越寺の建設、秀衡は毛越寺と無量光院を完成させた。

 しかし、秀衡の死後、後を継いだ泰衡は、秀衡を頼って東北にのがれてきた源義経を裏切って死に追いやり、独立国のような富と権勢を誇った豪族の存在を認めない源頼朝の軍勢により首をはねられ、1189年に奥州藤原氏は滅亡した。

 平泉の絢爛豪華な仏教芸術の大将格である中尊寺金色堂には、3代のミイラと泰衡の首のミイラが安置されている。戦後、経済的に困窮した中尊寺は、秘仏のミイラの学術調査に踏み切って世間の注目を集めた。以下1950(昭和25)年に実施された調査の結果である。今から800年以上前の人物の身長や血液型が分かって興味深い。

藤原清衡 1056〜1128 73歳 161cm AB型
藤原基衡 1105〜1157 不詳 168cm A型 
藤原秀衡 1122〜1187 66歳 160cm AB型

藤原泰衡 1155/1165〜1189 25歳? 不詳 B型
 ※顔に九箇所の刀傷 額に晒し首の釘跡

 下の写真をみて「何が金色堂やねん」と思っている人もいるかもしれないが、これは「鞘堂(さやどう)」や「覆堂(おおいどう)」と呼ばれるもので、その中にあるガラスケースの中に金色堂が安置されており、いわば二重のケースで金色堂は保護されているのだ。

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 金色堂とは藤原清衡によって1124年に建立された阿弥陀堂で、黒漆で塗り、上に金箔を押し、各所に金の蒔絵(まきえ)、螺鈿(らでん)を施している。

 螺鈿とは、沖縄の近海でしか採取できない夜光貝の貝片を切ってはめ込む手法で、どのようなルートをたどって沖縄の夜光貝が東北の平泉まで来たのか想像するだけで楽しい。

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 さて肝心の金色堂(阿弥陀堂)の大きさであるが、ネットで判明したのは「屋根の一片の長さが約5.5m」ということだけ。ここから想像して教室の黒板の手前ではなく向こうに置いてみたイメージだ。黒板の横幅は5.4m。案外小さいのが分かる。

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2016/1/13

星の軌跡にチャレンジ  学校紹介

 昨日カメラの機種をかえて星の軌跡に挑戦した。屋上に三脚とカメラを設置して撮影したら、肉眼では見えなかったがなんと大阪市内で「冬の大三角形」がくっきりと写っているではないか。それだけではない、オリオン座の中央で斜め1列で並んでいる「三つ星」、そしてそのすぐ下に並んでいる「小三つ星」まで撮影されている。

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 大阪市内でここまで撮影できるとはなあ。びっくりした。

 拡大写真  img_0086k.jpg

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A=オリオン座 リゲル
B=オリオン座 ベテルギウス なるほど赤い 冬の大三角形
C=おおいぬ座 シリウス 太陽・月・惑星をのぞいえ一番明るい 冬の大三角形
D=こいぬ座  プロキオン 冬の大三角形

 時間90分で星の軌跡を撮影。1時間で15度回転している星の動きがまったく表現できていない。飛行機がいかに頻繁に上空を飛来しているのが分かる。まだまだ修行が足りん。

 ただし、三ツ星、一等星のリゲル・ベテルギウス・シリウス・プロキオンの軌跡が分かって面白いかも。

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 拡大写真 img_0088k.jpg



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