2016/8/6

水泳部、リスタート(訂正)  クラブ

先ほどのブログでの訂正です。
水泳部の3年生は40期生です。
すみません。

2016/8/6

水泳部、リスタート  クラブ

水泳部は一昨日の大会を経て、3年生の引退となりました。

成果を出せたこと、課題を認識できたこと、あきらめないで続けられたこと、悔しかったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと等々。
涙と笑顔の挨拶は印象に残りました。

また、アミティエの部員から3年生各自にサプライズプレゼント。手作りの「引退証書」の授与。部長と副部長にはメダルも。

個人の成長とチームの成長を見せてくれた39期がいなくなったプールはとても広く感じます。
今日のプールサイドの青いタイル上は50℃を超えていました!
まだまだ暑い夏、今からでも入部してみようという人は歓迎しますよ。

2016/8/6

8月6日  学校紹介

 本日8月6日午前8時にリオ五輪の開会式(現地時間は5日午後8時)が始まった。

 その15分後の8時15分、日本の広島平和記念公園では平和の鐘やサイレンが鳴らされ、1分間の黙祷が広島各地で行われた。この時間になると、広島を走るバスや広島電鉄の車両も停車して乗客は黙祷をするという。

 今日8月6日からさかのぼること71年の1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、「空の要塞」と呼ばれた巨大爆撃機B29・愛称「エノラ・ゲイ」より投下されたウラニウム型原子爆弾・愛称「リトルボーイ」は、現在の原爆ドームあたりの上空600mで核分裂爆発をおこした。

 いかなる数値を並べてみても実感はわかないが、要するに小型の太陽が上空600mで炸裂したということ。すさまじい爆風と熱線と放射能が一瞬のうちに広島の日常を地獄へと突き落した。11月までの集計では、爆心地から500m以内での被爆者は98〜99%が死亡し、500mから1km以内での被爆者では、約90%が死亡した。1945(昭和20)年8月6日から12月の間の被爆死亡者は、9万人から12万人と推定されている。以下そのすさまじいデータ。

○広島原爆には約50kgウラン235が使用されており、このうち核分裂を起こしたのは1kg程度と推定されている。

 → ということは全部核分裂を起こしていたらどうなってたん?

○爆心地における爆風速は440m/S以上と推定されている。これは音速349m/Sを超える爆風であり、衝撃波を伴いながら爆心地の一般家屋のほとんどを破壊した。
○原爆の爆風はエネルギー比では台風の暴風エネルギーの1000倍。


 →「秒速440m」とは柴島高校正門を中心として、1秒間に下の円の範囲を移動するということ。すさまじい高温と熱線を伴ったすさまじい爆風が一瞬のうちにして広島の人々の命を奪ったことがわかる。

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○爆心地における爆風圧は350万パスカル(1平方メートル当たりの加重が35t)。半径1km圏でも100万パスカル。丈夫な鉄筋コンクリート建築以外の建造物は、爆風圧に耐え切れずに全壊した。

 → 下の教室の写真の赤い部分に、一瞬にして「35t=35000kg=横綱白鵬約225人分の重さの圧力がかかった」ということ? どう考えても狭くて白鵬が225人も乗れませんが・・・

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○爆心地付近の地表温度は3000〜6000度に達し、屋根瓦は表面が溶けて泡立ち、また表面が高温となった木造家屋は自然発火した。

 → 太陽の表面温度は6000度。広島の爆心地は一瞬ではあるが、太陽の表面みたいになったということか。ありとあらゆるものが一瞬にして炭化して、砂の城が風で姿を消すように爆風で飛ばされてしまった。そしてかろうじて生き残った人々の、想像できないようなその後の苦しみの日々が始まった。裂傷や火傷、放射線による後遺症で、今もなお約20万人の人々が被爆者健康手帳を持っている。


 その後、冷戦時代のアメリカとソ連は、「核抑止力」という考えで核競争に明け暮れた。アメリカが2発核兵器を持てば、ソ連は負けじと2発もつ。お互いに同じくらいの核兵器を持っていれば、お互いが怖がって核兵器の使用を躊躇する(=核抑止力)だろうという考え方だ。

 以上のような想像を絶するパワーの広島型原爆と比較してはるかにパワーをもつ核兵器を、米ソはせっせと作り続けて、気がついてみれば「地球を何回か滅亡できるぐらいの核兵器の数」を持つこととなった。

 人類史上最大のブラックジョークである。これほどのブラックはそうはないだろう。

 「8月6日」という日が来るたびに、戦争を起こしてしまった人間の愚かさと、もっと早く降伏できなかったのか、これほどの残酷な兵器を瀕死の日本にはたして使用する必要があったのか、歴史に「たら」「れば」は禁止だが、もしもイタリアやドイツが戦争を続行していたらアメリカは原爆を投下していただろうか、などなど、いろいろ考えてしまうのだ。

 生徒諸君も、日本の歴史を共有する一員として、今から71年前の「8月6日」と「8月9日」になにがあったか、唯一の被爆国として自分たちはどうしたらいいのか、など考えてほしいと思うのである。

2016/8/6

女バスOG会  クラブ

 今日は女子バスケ部のOG会でした。

 体育館半面に現役と卒業生総勢で50人ほど集まって、汗をだらだら流しながらゲームをしました。現役より鈍っている部分もありましたが、随所に巧さがみられ、何より楽しんでバスケしていました!

 最後には恒例のフリースロー大会を行い、記念写真を撮り終了!

 また来年もこうやって集まることでしょう!

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2016/8/6

男女硬式テニス部 すいか割り  クラブ

男女硬式テニス部では先日、強化練習を行い、3日間の厳しい練習を乗り越えましたが、今回、お疲れ様の意を込めて「すいか割り」を行いました。
最初はなかなか割れず苦労しましたが、みんなで声を掛け合って、徐々に割っていきました。

「こっちこっち!」
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あれ?
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ようやく割れました
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あまーいすいかを味わう部員たち
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2016/8/6

昨日の世界の気温 ドバイやばい!!  学校紹介

 一応シャレのつもりだが気付いてくれただろうか。

 [世界天気]は調査したいことがなんでも掲載されている。このシリーズを始めてから、同僚から「湿度はどうなのか?」との指摘を受けた。

 「湿度」とは「空気の中の水分の割合のこと」である。「相対湿度」と「絶対湿度」の2種類がありネットで詳しい説明が掲載されていたが、文系人間にとって辛い内容なのでここで説明するのはやめ。

 「世界天気」では、日本の都市と世界の都市の比較がグラフ化されて非常に分かりやすい。以下その例。我らがドバイと、東京、大阪、那覇の比較を見てもらいたい。

気温 東京vsドバイ 
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気温 大阪vsドバイ
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気温 那覇vsドバイ
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 以上のグラフを見て、我らがドバイは圧倒的に気温が高いことが目で分かるし、我らが大阪はなんと沖縄の那覇より常に高いことも分かる。

 一方湿度はどうか。ここでの湿度は「相対湿度」のことで、なんじゃかんじゃ。

湿度 東京vsドバイ
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湿度 大阪vsドバイ
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湿度 那覇vsドバイ
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 以上を見ても、ドバイの湿度がえげつなく低いことが分かる。気温と湿度の両面から見て「体感温度」が分かるらしいが、一昨日に49度を記録した「ドバイやばい」であるが、めちゃくちゃ乾燥しているので我々が思っている「49度」ほどえげつない気温ではないのかもしれない。

 それと東京、大阪、沖縄の湿度の比較。「日本最高クラスの蒸し暑さ」を自認している大阪人としては、到底認めがたいグラフである。

 自分は仮にも社会科教師であるから、なんでも東京と対抗したがる大阪人的な発想で「東京に湿度で負けてるやん」と悔しがっているのではない。冷静に考えて、上記グラフのような差はないと思うのだがどうだろうか。

 このあたりは改めて理科の教師にご教授していただき、理解を深めるしかない。

 「ドバイやばい」 商標登録でもした方がええかもしれんなあ。



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