2017/1/1

サッカー天皇杯 観戦記  学校紹介

 久しぶりにJリーグ同士のチーム、鹿島アントラーズと川崎フロンターレの試合を観戦して、天皇杯過去の名試合に負けず劣らずの好ゲームでよかったと思う。


 両チームには自分も知っているレジェンド的選手、鹿島の小笠原満男(37歳)曽ヶ端準(37歳)&、川崎の中村憲剛(36歳)&大久保嘉人(34歳)らがおり、彼らのプレーを見るのも残り少ないと思うので、彼らの動きにも注目していた。途中、小笠原が激怒して中村とやりあう場面があり、彼らに憧れてJリーグをめざした周囲にいた若手などは、どう反応したらいいか分からなかったに違いない。そこに大久保が登場して小笠原をなだめていたシーンは、「ベテラン、頑張っとるな」と笑ってしまった。

 小笠原選手は岩手県盛岡市出身。岩手県立大船渡高等学校時代に冬のサッカー選手権でベスト16に入る原動力となった。翌年に鹿島アントラーズに入団。同期入団の選手が次々に引退する中、東北人らしい寡黙(かもく)な雰囲気をもつ小笠原はあくまでも現役を続けることにこだわっており、今日の勝利インタビューでははやくも来シーズンのことを語っていた。

 2011年3月11日の東日本大震災後、東北出身のサッカー選手と「東北人魂を持つJ選手の会」を発足、率先して被災地の救援・慰問活動にあたり支援への呼びかけを積極的に行った。


 普段なら東京の国立でやっていた決勝が、2020年オリンピックに向けて新築中で、今年は吹田に新しくできたスタジアムで開催された。これがテレビで見る限り、他のチームのホームスタジアムと比べてなんら遜色(そんしょく)ない立派な「サッカー専用スタジアム」であることにまず驚いた。以下そのプロフィール。

〇正式名 市立吹田サッカースタジアム
〇建設費 約141億円
〇収容人員 約4万人
〇2015年10月10日 スタジアム竣工イベント
〇ガンバ大阪のホームスタジアム

 詳細を読んでもよく分からなかったが、ガンバ大阪を主体とするスタジアム建設募金団体が、サポーターや一般企業からの募金、totoや各種助成金などをかきあつめまくって、約141億円で建設、これを吹田市に寄贈するという方式を取っているらしい。それにしてもそんな方法で、よくぞこんな立派なスタジアムを建設できたものだ。素晴らしい。

 久しぶりに「Google Earth」を利用して、本校敷地面積と比較してみた。

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 本校のグラウンドに市立吹田サッカースタジアムが飛来して着陸したらこんな感じ。吹田のフィールドは本校のグラウンドにすっぽり入るが、さすがに縦で2面は無理なようだ。

 国際Aマッチが開催できるスタジアムでは日本で一番観客席とフィールドが近いらしく、よってゴール裏が近すぎるのでラグビーの試合はできないそうだ。ぜひ何かの機会にこのスタジアムでサッカーの試合を観戦してみたい。

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 次に社会科の教師として気になった点を2つ。

 決勝ゴールを決めた鹿島のファブリシオはブラジルの選手。なんと今日で契約が切れるとのことで、彼にとっては最後の試合であった。

 勝利インタビューで彼が話していたのは「ポルトガル語」。中南米は大半の国がその昔に植民地支配していたスペインの影響でスペイン語を話すが、ブラジルだけはポルトガル語。生徒諸君は「ブ・ポ」と覚えておこう。

 もうひとつ興味深かったのが川崎のGKで韓国代表のチョン・ソンリョン。川崎に加入した初めての韓国人選手だが、準優勝の表彰式で首にメダルをかけてもらいそこに居並ぶ大会運営者たちと握手するとき、右手に片方の左手を添えて深くお辞儀しながら握手していた。

 今から十数年前の韓流ブームの時、韓国のドラマや映画をみる機会があったが、必ず年上の先輩にお酌をしたり握手するときに片方の手を添えているのを見て、「儒教の国やなあ」とつくづく思ったものである。

 こんな習慣のある韓国もさすがに今の若者の間では徐々になくなりつつあると何かで読んだが、久しぶりにその姿を見て新鮮だった。
 
 ちなみにチョン・ソンリョン選手は、韓国の南に位置する済州島(さいしゅうとう/チェジュ)出身。地域格差がある韓国で、チェジュ出身の代表選手なんてそうはいないだろう。済州島は朝鮮半島に住む人々から、「流刑地の子孫」と差別されてきた。そんなこともあり、もしかしたら彼は地元の英雄かもしれない。また、大阪に住む在日コリアンの多くは済州島にルーツを持つ人が多い。

 済州島は火山島で、火山活動に由来する地形が多く残され2007年に世界遺産に登録されている。

 日本の統治から解放された1945(昭和20)年以降、朝鮮半島では、アメリカ側(資本主義)とソ連側(社会主義)を支持する勢力が対立していた。済州島では「島のことは島民で決める」と考えた人々と、アメリカ側につく南朝鮮(現在の韓国)の対立が激しくなり、蜂起した済州島の島民を、南朝鮮から送られてきた勢力が弾圧して、1948(昭和23)年から1954(昭和29)年の間に、島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺されたといわれる。

 これを「四・三事件」と呼ぶが、この事件をきっかけに多くの済州島の人々が逃れるように日本にやってきたことは、重要な戦後史の一つとして生徒諸君にも知っておいてほしいと思う。

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2017/1/1

2017(平成29)年 明けましておめでとうございます!!  学校紹介

 2017(平成29)年 始動!!

 1月1日 午後2時 天皇杯 鹿島vs川崎F 注目!!

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