2017/1/22

女バス 新人戦4回戦  クラブ

女子バスケ部は、昨日、北千里高校にて新人戦4回戦でした。相手は北地区の強豪校のひとつである星翔高校でした。序盤は両チームとも固く、なかなか得点が入りませんでしたが、前半残り数分で柴島のミスが続き、点差をつけられる展開でした。後半は柴島の守り方を変えて流れを作ろうとしましたが、相手の守備が強く、うまく攻められないまま40対78で敗退しました。
今週の土曜日からは、東西南北地区のベスト8が戦う中央大会になります。この敗戦を生かした試合ができるよう頑張りますので、引き続き応援お願いします。

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2017/1/22

今年度最後のPTA会合  PTA

 昨日、今年度最後のPTAの学年委員会と実行委員会があった。

 12:00 役員会
 13:30 学年委員会
 15:30 実行委員会

◎役員会=会長1 副会長3 書記4(うち3名は教職員) 会計2(うち1名は事務長)
 その他慣例として会計監査委員長や会計監査委員も出席。

◎学年委員会

 各学年より選出された正・副委員長6名と、各クラスから選ばれた2名の学級委員42名、各担任からなり、学年のことについて懇談。学年委員会主催で「文化祭アートソープ」「卒業式コサージュ」などが行われた。

◎実行委員会

 上記役員と、各学年から選出された「広報委員3」「文化3」「保健体育3」「人権3」「厚生3」「施設3」からなる。

 まずは学年委員会。校長先生の挨拶の後、各学年に分かれて懇談会。特に修学旅行を目前に控える2年生は、修学旅行の説明や質問などでほぼ時間を費やしたそうだ。

 学級委員の皆さん、お忙しい中、出席していただいてありがとうございました。

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 学年別の懇談会はだいたい40分ぐらいで終了。その後、希望された保護者の方と共に校内をめぐり、PTA会費で購入した花苗やプランターの説明をさせてもらった。

 本来なら花が咲き乱れ香りを放つ春に案内したかったが、寒風が吹く冬枯れの中、これだけの花を咲かせることができたのもPTAの皆さんのおかげと感謝します。

 来年度は夏の水やりなどを考えてガーデニングの規模は縮小、特に正門左右のハンギングバスケットは、水やりなどの世話が地植えやプランターと比較して相当困難なことが判明したので、体育祭終了後にすべて撤去して生徒ロッカー室周辺に飾れないかと考えています。

 上記のように、その他の正門や正面玄関付近のプランターも生徒が使用するロッカー室前に集中して、少しでも水やりの利便性を高めて生徒も一緒に水やりができたらと計画しています。

 その代わりに校内での施設拡充などを目指したいと思っています。

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 最後に実行委員会。昨日はなんやかんやで言うのを忘れてしまったが、この1年間、役員、実行委員の皆様には、お忙しい中何度もお集まりいただきありがとうございました。

 校内を花で飾り、長椅子の前に小型の長椅子を置けたこと、体育祭では飲料の差し入れとテルテル坊主、更衣室の劇的な改善、文化祭ではアートソープとPTA活動の展示、落語家さんの話を聞いた人権講演会、ピンポンマムを使った文化講習会、PTA新聞の写真撮影と原稿づくり、学校保健委員会の出席、京都への社会見学、来るべき2月4日のボーリング大会、などなど、本当にお世話になりました。この場を借りで厚く御礼申し上げます。

 PTA活動で「第2の青春」を過ごしてもらうこと、そしてお子様が3年間を過ごす柴島高校を少しでも理解していただき、教育環境の改善につながることを目指していきたいと思いますので、来年度もよろしくお願いします。

 役員や3年生の保護者の方は、本当にお疲れまさでした。卒業式にて記念撮影をしますのでご期待ください。

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2017/1/22

速報 美術部 芸文祭入賞!!  クラブ

大阪府高等学校 芸術文化祭(通称:芸文祭)の美術部門で、美術部、部長のT.T君が、「優秀賞」を受賞しました。

応募総数300点のうち、10点に選ばれました!!

DTPの授業作品をさらに深めた作品で、冬休みや放課後にマルチメディア室にこもって制作していた彼です。

芸文祭の美術部門はコンクール展で、一次審査に通らなければ作品を展示して貰うことができません。明日、二次搬入で明後日から大阪市立美術館(天王寺)にて展示されます。

以下、本人撮影の作品写真。賞を取る気なんて、さらさら無かっただろう写真です。反射してますね。後日、展覧会場の様子とともに再度アップ致します。

ほんま、おめでとう!!

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2017/1/22

水泳部報告  クラブ

今日はまた水泳部で守口スイミングにお世話になりました。
冬場の練習を温水プールでできるのは貴重です。卒業生が1名サポートに来てくれました。
2年生は修学旅行が近づいています。
体調を整えてください。

2017/1/22

バドミントン部 公式戦  クラブ

1月7日から、大阪高等学校バドミントン選手権大会が行われています。

7日、8日、21日、22日と女子シングルス2部の試合が行われました。
柴島高校からは4名がエントリーしています。

今日は勝ち上がった2名の試合がありました。2人とも1試合目は硬さがありましたが、無事に勝つことができました。
2年生の部員は、自分から大きく崩れることもなくプレーできていたとおもいます。残念ながら2試合目は負けてしまいましたが、良いパフォーマンスでした。
1年生の部員は、少し自分のミスが重なり2試合目で負けてしまいました。精神的にもっと強くなってほしいと思います。

来週はダブルスが始まります。応援よろしくお願いします。

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2017/1/22

卒業式コサージュのピンは「縦」「丸が下」  PTA

 3年生全員&3年生担任の先生方に告ぐ。卒業式コサージュのピンは「縦」で「丸が下」で左胸につけること。

 昨日、今年度最後のPTA学年委員会と実行委員会が開催されたが、それに先立ち、学年委員会の正・副委員長の保護者の方が4人、昨年12月に作成したコサージュの最終微調整をしていた。ほんまにお忙しい中ありがとうございます。

 材料購入からデザイン、そして当日初めて参加された保護者の方への指導など、卒業式で卒業生が胸につけるコサージュの手造りは、学年委員会中心の本校PTA伝統の行事である。

 その保護者の方からお聞きして「目からうろこ」だったのが、写真のようにピンは「縦」&上向き(丸い接合部分が下)で、左胸につけるそうだ。要するに左胸に下から針をさしてピンをつけるということ。

 そういえば今まで「水平」でさしていたような気がする。外観がどんなデザインかは当日のお楽しみ。装着方法を間違わんように気を付けられたし。

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2017/1/22

『OKU NO HOSOMICHI』 第25回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜

1986 OKU NO HOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)

第25回「白い神、赤い神」(月山、湯殿山、山形県。1995年、夏)

副島 勇夫(国語科)

 前任校であるS高校27期生、346名を乗せたバスは、ほぼ予定通り、午後4時に蔵王国際ホテルを出発した。今から20年ほど前の2月のことだ。

 宮城と山形の県境に連なる山々を右手に見ながら、バスはチェリーランドで30分の休憩を取り、月山の南から鶴岡市を目指して再び走りはじめた。修学旅行の実質の最終日。1月30日から始まった旅は、3日間のスキー講習とその総仕上げに当たる蔵王山頂の樹氷原スキーツアーを無事終了し、あとは夕食を取り、夜行列車で大阪まで帰るだけだった。バスの中ではビデオが流されていた。皆はその「マネキン2」を見るともなく眺めていた。後ろの席ではかろうじて元気な数名が騒いでいた。何名かの生徒がインフルエンザの症状を示していた。

 今回の修学旅行は、約50名という、S高校修学旅行史上最多のインフルエンザ患者を出した旅だった。皆疲れていた。次第に日は暮れ、どこをどう走っているのかわからなくなりつつあった。しかし、ここからが私にとっての最後の楽しみなのだ。バスの運転手の後ろの席から私は雪の積もる夜の道を見つめ、その場所を探していた。時刻は7時半を過ぎ、月山、湯殿山の麓を回りこむように続く道は、バスのライトに照らされた場所だけが見える状態だった。

 私はこの修学旅行の5年前の夏、月山、湯殿山から下山し、やっとの思いで辿り着いた場所、旅の日記を書いている途中に土砂降りの雨に打たれた、その場所を探していたのだ。そして、そこから後にこのバスが走る道は、恐らくすべて私が5年前に歩いた道のはずだ。記憶は5年前に遡る・・・。

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(以下庄内観光コンベンション協会が提供する無料画像より)

 月山山頂付近

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 月山山頂

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 月山登山

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 月山 弥陀ヶ原

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 冬の月山 [庄内使えるギャラリー]より

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 1995年8月2日。少しあやしくなりだした曇り空を見上げ、私は荷物を背負い、再び歩き始めた。私は山形県の霊峰月山の6合目にいた。6合目といっても車も通る舗装された道路で、山道らしくなるのは8合目からだ。振り返ると眼下の遠くに、緑の水田に浮かぶように町が見える。2日後には着くであろう鶴岡の町だ。

 「奥の細道」を歩く8回目の旅のこの日が初日だった。6合目で休憩を取っていると次第に周囲が白くなっていった。ガスがかかり始めたのだ。麓の眺望はなくなり、寒くなってきた。あっという間に前方30メートルが見えなくなる。急ごう。何とか夕方までに、8合目の月山御田ヶ原参寵所に着かねばならない。

 月山は標高1984メートル、夏でさえ雪の残る山である。日が暮れた後のことなど考えたくはなかった。「7合目合清水(ごうしみず)」と記された茶色い標識がガスの中に浮かんでいる。あと1合だ。目の前の道は白いガスの中に吸い込まれるように消えている。山頂どころか自分が今いる場所から上の眺めがほとんどない。そもそも月山の山頂を見たことなど一度もなかった。月山があるはずの方角を見ながら歩いた前回の旅。月山の麓まで辿り着いたその最終日。そして今日といい、月山の山頂は常に雲の中だった。この道はどこに続いているのだろう。白いガスの中で私は一人不安だった。

 1時間ほど前に1台の車が私を追い越していった。その1台のハイラックス・サーフが私の支えだった。寒い。そして水滴が手や足を伝った。1時間ほど歩くと前方に人影のようなものが見え、上り坂が平らになる。広々とした空間に出た。駐車場のようだった。私が人影だと思ったものは月山8合目のバス停であった。皆、車でここまで来たのだろう。大勢の人が8合目にはいた。高山植物が保護整備された通称「御花畑」の中を通り、今日の宿の月山御田ヶ原参寵所に着いた。

 部屋は教室3つ分ぐらいの大部屋で、奥の方には明治大学スキー部が数日前から泊まっていた。最悪の状況だ。消灯後は静かに眠ることができるのだろうか。深夜のどんちゃん騒ぎ。一般客とのトラブル。そんなことを考え、気が重くなった。私の隣は、左が尾花沢から来られた老人。隣といっても自分の布団を敷くだけのスペースが与えられた場所だ。この老人は自称「アマチュア修行僧で、各地の名山に登っては気に入った場所でビニールシートを敷き、座禅を組むそうだ。右隣りは定年退職後、百名山を登ることを目標とされている名古屋からの2人の男性。他にも老夫婦など全部で8名が対学生連合チームだった。誰もが十数名の大学生の挙止動作を意識していた。

 私はその場にいる気になれず1階に降り、外に出た。夕方の5時過ぎだというのに辺りは暗く、白く濁っていた。そして湿った寒さがさらに私の気を重くした。身体を暖めようと風呂に行くが、浴槽の湯は少なくなっていて、シャワーも湯があまり出なかった。外は雨になったようだ。かなりの雨音が聞こえる。私は情けなくなった。夕食を済ませても午後6時半。部屋に戻ると皆布団を敷き床に就いている。私も毛布を被った。寝てしまおう。雨音と学生の話し声だけの広い部屋。明日は山頂に着くことができるのだろうか。夜はまだ八時だった。

 バイトの高校生の声に目を覚まし時計を見ると午前4時、スキー部の学生は寝ている。心配していた事態はなかったようだ。見回すと何人かの人が荷作りを始めていた。5時半に朝食。同好の士同士で話がはずんだ。参籠所の外に出ると雨は上がっていたが、一面のガス。気温は2、3度ぐらいか。地面では100匹以上の蛾が羽をバタバタさせている。夜に明かりを求めて集まるそうだ。もがき苦しんでいるようで、あまり気持ちの良い光景ではなかった。ここは霊場だという思いが強まった。

 ほかの人々とともに朝6時に出発。白いガスと足元の高山植物の中、前だけを見て歩く。雨天用のレインポンチョを着てはいるが寒い。月山を少し甘く見ていたようだ。9合目の山小屋を過ぎたところで3分ほど陽が差す。雪渓の白と植物の緑、黄色や薄紅色の花が鮮やかで、斜面を登っていく人々の背負った荷物がそこだけ浮き上がって見える。小学4年生ぐらいの男の子とその父親らしき人が元気に登っていく。その前方のおばあちゃん3人組も健脚だ。山頂付近は大小の石が散在し、歩きにくい。雪渓と寒風の吹きつける中を8時20分頂上到着。山頂には簡素な神社が石垣の中に建っており、白いガスの中、次第にその輪郭を鮮明にしていく。今回の旅の最大の目的はここなのだ。

 自分の話になるが、この年の冬に第一子の誕生を控えていた。初めての子だった。私はこの2000メートルの高さにある月山神社で、安産と我が子の無事な誕生、その後の健康を願おうと決めていた。もちろん松尾芭蕉もこの山を登っているのだが、今回ばかりは生まれてくる子供のための登山だった。入り口で300円を払い、人の形をした小さな紙をもらう。それで身体を何度もなでた後、その紙を水にうかべ社の前に立つ。私は信仰もなく、日頃手を合わせることもないが、このときばかりは感動していた。強い風と寒さもあって身体が震えていた。願うという気持ちをこれほど素直に感じたことはなかった。

 山頂の山小屋で熱いお茶をすすり、見ず知らずの人々と話す。わたしの服装はこの山を登るには軽装だったようで、何人もの人から指摘された。わたしはレインポンチョの下は半袖のTシャツに短パンだったのだ。足や手に鳥肌が立っていた。芭蕉も「息絶え、身こごえて頂上に至れば」と記している。

 あたりは相変わらず白く、日が暮れていった前日と比べ、朝である分だけ明るかった。休憩を取るだけ身体が冷えていく。靴のひもを結び直し出発する。まだ午前9時にもなっていない。石ばかりの道を下り始めると膝がガクガクする。下りのほうがはるかにつらい。前方には小学生の集団、担任の先生か保護者らしき人が盛んに檄を飛ばしている。小学生に笑われてはいけないと軽い足取りを演じ山道を下るが、内心はもう一杯一杯だった。

 彼らの姿がガスの中に消えたところで思わず座り込んだ。腕に寒冷じんましんが出ている。しかし、こんなところでバテているわけにはいかない。この先にはまだ金月光(かながっこう)、水月光(みずがっこう)という難所があるのだ。鍛冶小屋を過ぎ、牛首まで来て慎重になる。ここは山頂の分岐点だ。数日前ここで道を誤った夫婦が遭難している。前後にはあいにく人がいない。標識を確認して歩き出す。浄身川、施薬小屋を過ぎた辺りでようやくガスが消え、眼下の景観が開ける。

 天気は曇りのようだ。10分ほど下ると金月光の標識。落ちるような急坂に鉄のハシゴが掛けられ、鎖を持ちながら後ろ向きになって降りる。それが30メートルほど続くのだ。登山というよりアスレチックのようだ。背中の荷物が重く、はしごを降りるバランスが崩れる。

 金月光を過ぎるとすぐに水月光に出る。これも急坂ではしごを掛けるほどではないが、足下を絶えず湧き水が流れていく。なぜここを登山道にしているのだろう、水のないところは降りられないのかという憤りがこみ上げてくる。タイミング悪く、小雨が降りだした。膝はガクガクで、レインポンチョの外も内も濡れている。難所はさすがに難所である。芭蕉の頃は鉄のハシゴもなく、坂に這いつくばるようにして下ったのだろう。

 湯殿神社 本宮(庄内観光コンベンション協会が提供する無料画像より)

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 午前11時、月山を下った尾根続きの湯殿山中腹にある湯殿山神社に到着。ガスと雪渓の中を歩き続けた白の神域は、これより赤茶の巨岩をご神体とする赤の神域へと移る。湯殿山神社に到着した私は雨とガス、汗で濡れたレインポンチョを脱ぎ、拝観料を払い中に入った。空は雲こそ多いが青空だ。

 山頂にある月山神社と比べ人が多い。入り口で人の形をした紙で身体をなで、水に浮かべるのは同じだ。違いはその後裸足になり石の敷き詰められた道を歩く点である。そうして歩いていくと少し開けたところに巨大な赤茶色の岩がある。小さな丘のような形と大きさだ。そしてその岩の上のほうから熱い湯が流れ出している。つまりここは温泉の源泉なのだ。

 岩の周囲には湯気が立ち、岩肌はぬるぬるとした光沢がある。その岩を足を滑らせながら登り、一周することが参拝することなのだ。私は月山神社と同様に我が子のことを願ったが、正直言ってこの神社の特異さに対する興味と滑りやすい足下のために集中はできなかった。写真撮影も禁止されている。私はこの不思議な光景を目に焼き付けようと、30分ほど赤茶色の巨岩を眺めていた。

 その後、「熊、出没注意」という恐ろしい立て看板を何枚も見ながら麓の田麦俣まで下山した。民宿が1軒あり、泊まろうか次の集落まで行こうか迷いながら歩いていると、観光バスの通る大きな道に出た。ガードレールの向こうは建設中のダムがある。下山したとは言ってもまだまだ山の中だった。私は腰を下ろし地図を広げ、次の集落を探した。まだあと数時間の道のりだった。田麦俣の民宿に引き返すことにして、私はその場所で荷物の中から毎日書き記している旅日記を取り出した。

 起床4時の長い1日だった。白いガスの中を彷徨うように歩き、山頂の月山神社に着いたのが8時過ぎ。寒く白い山頂での出来事。金月光、水月光の難所。湯殿山神社の赤い巨岩。そんなことを書いているうちにノートにポツリと雨が落ちた。どしゃ降りになった。あっという間だった。私は慌てて荷物をまとめ、田麦俣の集落に向かった。

 S高校27期3年4組を乗せたバスは、小雪の降る暗い夜の道を鶴岡市街を目指して走っていた。右手に湯殿山、左手に深い谷。私が探していたその場所はまもなくのはずだ。車内の話し声。流れるカセットの音楽。隣の座席では副担任のK先生が目を閉じている。初日の宮城県松島では仙台銘菓「萩の月」を買うために、大量の生徒が店を訪れ、バスの出発が遅れ、このお菓子を事前にあまりにも宣伝した推薦者として冷や冷やした。とにかく、ふわふわの生地の中のカスタードがトロリとしてなくて美味なのだ。

 初日の大浴場事件。続出するインフルエンザ。夜の雪合戦。露天風呂で某先生がまいた湯のために階段が凍り、そのために全裸で滑り落ちてできた尻の傷。厳寒の中の樹氷スキー。それに加え、5年前の月山、湯殿山。12年前の松島を再訪することができ、個人的には二重の喜びの修学旅行だった。その後、柴島高校に転勤した今でも、約20年前の日々が懐かしく思い出される。

 次回は第26回「そして南へ? 自転車少年と無人駅のぬいぐるみ」(鶴岡、酒田、女鹿、山形県、秋田県。1995年、夏)です。

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2017/1/22

女子バレ 新人戦  クラブ

本日、女子バレーボール部は河南高校にて大阪高校新人大会 第2次予選に参加しています!

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2017/1/22

過去ログ 1月21日 PTA関連について  PTA

10:30 各学年 学年委員長&副委員長 第1応接室

12:00 役員会 第1応接室

13:30〜15:00 学年委員会 図書室にて

 ○各クラス2人の学級委員のみなさん、よろしくお願いします。

 ○その後、各学年に分かれて懇談会 (1年:図書室 2年:図書室 3年:第1応接室)

 ○だいたい14時15分ごろから校内見学

  ※PTA会費より購入した花苗・プランターなどの紹介をします。

  ※PTA会員ならどなたでも参加できます。

15:30〜 第5回実行委員会 図書室にて



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