2017/1/23

美術部 芸文祭 受賞☆  クラブ

昨日、速報でお伝えしました通り、
美術部の2年生T君が芸文祭で優秀賞を受賞しました。

芸文祭に10年ぶりに出展した柴島高校でしたが、とても価値ある賞を頂き、本人も顧問も感激しております。

日曜日に行なわれる受賞式、本人は修学旅行中の為、出席できませんが、今後も彼の活躍を期待したいと思います。

本日、無事二次搬入を終え、明日より展覧会が行われます。書道高校展と同じ会場ですので、是非お立ち寄り下さい。


会場 大阪市立美術館
会期 1月24日〜1月28日

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2017/1/23

☆大阪府高等学校書道展☆  クラブ

今年もこの季節がまいりました。

天王寺にある大阪市立美術館。
大阪府の高等学校が90校ちかく出品する書道展が行われます。

柴島は毎年かなりの出品数を出しています。今年は選択科目も減ってしまい、例年よりは控えめですが約100名の出品、作品数にすると230点ほど展示しております。

書道部員は午後より公欠をとり展覧会会場で搬入作業をしました。壁面の上の方まで展示するので、専用の脚立にのぼり作業をしました。1年生は不慣れではありましたが、頑張ってくれました。3年はこれで部活おさめになります。お疲れさまでした!!

各学校の色がでる展覧会です。3年はテスト期間中、2年は修学旅行と重なりますが、無料で観覧できるので行ってみてください。

期間:1月24日〜30日
時間:9時半〜17時


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2017/1/23

平成29年度 年間キャッチフレーズ決定!  学校行事・生徒会

 こんにちは、生徒会執行部です。
先日、H29年度の年間キャッチフレーズが決定しましたので紹介します。

 後期生徒会執行部は、『先輩・後輩の関わりや、同学年同士の関わりが深まるような学校づくりをしていきたい』という思いの基、日々活動に励んでいます。次年度の年間キャッチフレーズを考えるにあたり、そんな生徒会執行部の思いをベースにした言葉を生徒の皆さんに公募しました。
 そして、皆さんから挙げて頂いた言葉を基に以下のキャッチフレーズに決定いたしました!ご協力ありがとうございました。


H29年度 年間キャッチフレーズ
『絆奏(ばんそう)
 〜輝ける舞台へ〜』


 『ばんそう』という言葉は『伴奏』と変換することができます。伴奏とは、「音楽において主旋律とその他の楽器で音色を豊かにすること」「主要なパートを支持するための他の楽器の補助演奏」を意味します。この意味を学校生活・行事に置き換え、例えば体育祭では、「競技中の生徒を周りのみんなが支え応援し、それがチームの動力になる」ということ。文化祭では、「クラス・クラブのみんなが団結し協力をしてより良いものを作り上げて欲しい」という思いを込めキャッチフレーズを考えました。
 しかし、伴奏は主旋律がなければ成り立ちません。主旋律と伴奏とが合わさって音色が豊かなものになります。学校生活では、主旋律と伴奏の両方がとても大切です。そこで、本来の『伴奏』の意味をさらに深めた、『絆奏』という言葉を考えました。この言葉は本来の『伴奏』の意味に加え、「一つの目標に向け、クラス・クラブ・団など1つ1つにおいて全員が寄り添って助け合う」「クラスの仲間やクラブの仲間、先輩と後輩と学年関係なく絆を固く結んで欲しい」という意味を込めています。字のとおり、絆をみなさんと奏でていきたいと思っています。
さらに、1人1人が行事を通して自分の色(個性)を見つけ出し、その色の力を発揮して欲しいという願いを込めて『〜輝ける舞台へ〜』とサブテーマを付けました。

 来年度は、この言葉をキャッチフレーズにし、一人一人を大切にし、お互い協力できる、そんな柴島高校にしていきましょう。


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2017/1/23

観光学フィールドワーク  授業・HR

 本日、観光学久しぶりのフィールドワーク。最高気温5度ぐらいの冷気の中、大阪の第3ビル21階にある沖縄県と熊本県の事務所を訪問した。

 受講生19人を2チームに分け、沖縄県と熊本県を交互に訪問。あらかじめこちらの質問事項や興味あることを事務所に連絡して、1班約25分前後、両県で50分も丁寧に対応していただいた。お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございました。

 特に沖縄県では、今週末に出発する修学旅行を前に、現在の気候やなにかと話題の成人式の話などを聞き出したようだ。明後日の授業で話の内容を聞くのが楽しみだ。


 いつもなら体育館下に集合して崇禅寺駅側の通用門から出るが、さすがに今日は教科担当者である自分も寒いので、ストーブのある食堂を集合場所とした。

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 途中、大阪を訪問した外国人観光客の人気スポット、梅田スカイビルをのぞむ。

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 前期観光学のフィールドワークでも立ち寄ったJR大阪駅にある祈祷室。同じような施設が関空にもあるという。今後増えるであろう外国人観光客や労働者、特にインドネシアやマレーシアからやってくるイスラム教徒などを主たる対象としていると思われる。

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 沖縄県&熊本県の大阪事務所にて地元出身の事務所の方と懇談や質疑応答が始まった。


 沖縄県事務所にて

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 熊本県は徹底して「くまモン」押し。全国にあまた存在する「ゆるキャラ」「マスコットキャラクター」の中でもトップクラスの人気を誇り、こうしてみると王者の余裕さえ感じる。

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 熊本県山鹿(やまが)市の「山鹿灯篭祭り」で、女性が頭にかぶって踊る灯篭(とうろう)を頭につけた「くまモン」。

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 紙で作られた熊本城天守閣。あまりの精巧さにしばし仕事を忘れる。

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 同じフロアにある大分県事務所。

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 山梨県事務所

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(追記)なんやかんやで忘れてしまったが、沖縄県で自分が質問しよかと思っていたのが以下の内容。2年生諸君は修学旅行の民泊でその家の人に聞いといてほしい。

「大阪ではたいていの家にたこ焼き器がありますが、沖縄では三線(さんしん)はどのくらいの割合で家にありますか?」

2017/1/23

在校生からのメッセージ 陸上部  クラブ

 陸上部はほかの部活に比べたら人数は少ないです。でも人数が少ないからこそ上と下の仲がいいです!

 陸上部に入ると体育祭だけでなく、冬の嫌な持久走でも大活躍。どこの部活に行くか迷ったら陸上部へ!! おまちしてます。

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2017/1/23

在校生からのメッセージ 水泳部  クラブ

 水泳部部長です!

 受験勉強頑張ってください!そして僕達と一緒に泳ぎましょう!

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2017/1/23

『OKU NO HOSOMICHI』 第26回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜
1986 OKU NO HOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)

第26回「そして南へ?自転車少年と無人駅のぬいぐるみ」(鶴岡、酒田、女鹿、山形県、秋田県。1995年、夏)

副島勇夫(国語科)

 旅を続けている中で、住んでみたいと思う町に時々出会う。私にとってその第1位は山形県の鶴岡市だ。鶴岡は山形では5、6番目の規模の街である。といっても都会というほどのものではない。高槻や吹田と比べ、2回り、いやそれ以上小さい。駅前や繁華街のたたずまいは似たところもあるが、ビル街はすぐに途切れ、住宅地もしばらく行くと途切れ、広大な田畑、庄内平野が広がっている。飛行機から眺めると鶴岡の町は、夏は田畑の緑、冬は雪の白さの中に浮かぶ島のようで美しい。最もこの辺りの町はすべてこのように見える。

 鶴岡 [やまがたへの旅 観光画像より]

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 鳥海山

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 そんな緑の中に浮かぶ町の東端に赤川が流れ、はるか北には最上川、その北に標高2237メートルの鳥海山が見える。東には羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山。南にも数々の山が連なる。歩いて7、8時間、車なら1時間の距離に数多くの名勝、温泉があり、日本海も近い。米が旨く、人情も深いと良いことづくめである。私は庄内空港が近いこともあって、奥の細道の旅の最終日はこの地で過ごすことが何度かあった。人口も多すぎず、ちょうどいい街という印象だ。

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 前日に出羽三山を下山した私は鶴岡に1泊し、次の宿泊地である酒田を目指して歩いていた。小雨が降ったり止んだりの空模様で、本来なら見えるはずの烏海山の美しい山並も見えなかった。

 歩き出して2時間ほど経ち、川沿いの道を北上していると、荷物を左右に振り分けた、自転車の高校生が私を追い越して止まった。「こんにちは」と挨拶をする日焼けした顔が逞しい青年だった。互いにどういう旅なのかを説明し合い、彼は自転車を押しながらしばらく同行してくれることになった。高校生と高校教師ということや、私が大阪から来たということに興味を持ったのか、話は弾んだ。彼は北海道の釧路から宮城県の松島まで、一日100〜140キロを走行する、テント持参の旅の帰りだそうだ。

 釧路での2度の地震の話から阪神大震災の話、釧路は夏でも30度を越えず、クーラーのある家は珍しい、冬はマイナス25度で、吐く息が服にかかるとそこから凍るという話、大阪のタコ焼きは本当においしいのかから、大阪には阪神ファンしかいないのかと素朴な疑問まで、会話の途絶えない1時間だった。大阪弁が珍しいのか、何を言っても面白がってくれる。なかなかできた人物である。

 去っていく後ろ姿を見ながら、この高2の青年の計画性、実行力を頼もしく感じた。自分が励まされたように思えた。旅を続けていると、時々こういう同士に出会う。さすがに歩いてという人には会ったことがないが、自転車、バイクの旅行者とは挨拶を交わし、どちらからともなく旅の話になる。それもこの旅の喜びの1つだ。

 午後3時頃、酒田市に到着。酒田は港町だ。ロシアからの船が着く。街の中の至る所でロシア語の文字が目に入る。ロシア人と思われる人も多い。地元の女子高生と記念写真を撮っている2人組もいる。街の規模は鶴岡と同じかそれ以上だが、なぜか人が少ない。どこか寂しい感じがするのは、ここが以前、大火で焼けた街だからかもしれない。私は街見物もあまりせずに翌朝、酒田を出発した。

 次の目的地は「奥の細道」最北の地、秋田県象潟(きさかた)である。酒田から36キロ北にあり、何とか1日で到着できる距離ではあったが、今回の旅ではすでに月山、湯殿山という2000メートル近い山を登下山しており、足腰ともにいっぱいいっぱいの状態だった。途中、酒田の10キロ北にある「十六羅漢」という名勝で寄り道をしたこともあって、この日の象潟到着は困難に思われた。

 午後に入り少し薄日が差すようになったが、相変わらず晴れ間の少ない空の下、私は歩行者のほとんどいない国道7号線を歩いていた。左には曇天の下の青暗い日本海。右は民家か山裾という道である。前方右には晴れていれば鳥海山が見えるはずだった。夕方になり次第に日没が近づく。あとのことを考え小さな食堂で夕食をとる。どこに泊まろうか。地図を広げて思案する。1時間ほど前、温泉宿を通り過ぎてしまったことが悔やまれた。その時は先に進めば何とかなるだろうと思ったのだった。

 天候が悪いこともあり、8月5日はあっさりと日が暮れてしまった。今晩をどう過ごそう。私はこれまでの約10年の旅を振り返った。見ず知らずの方の御宅で泊まったこと、交番の椅子で眠ったこと、野宿。野宿だけは避けたかった。雨でも降れば悲惨である。そして蚊や蛾の襲来に眠るどころではなかった。駅のホーム。その手があった。一度無人駅のホームで寝たことがあった。虫よけスプレーを手足にかけ、ついでに周辺の壁にも振りかけ眠った。自販機やトイレもある安心感は野宿よりはるかに快適だった。

 地図を見ると近くにJR女鹿(めが)駅があるはずだった。恐らく無人駅だろう。私は痛み始めた足を引きずり、駅舎らしいものを探して歩き出した。ところがそれらしきものが一向にない。線路すら見えない。右も左も林ばかりで、時折左の視界が開け崖下に日本海が見える。右の竹やぶの切れ目に木製の立て札がある。文字を読むと「JR女鹿駅入口」と書かれている。そこから林道が頼りなく続いていた。まさかという思いと不安が込み上げ、足が止まってしまう。意を決して、駅に続くとは思えないその道を歩き出した。道はうねうねと曲がり最後に下ると、小さな倉庫か公園のトイレぐらいの大きさの建物があった。壁に墨で「女鹿」と記されている。どうやらこれが駅舎らしかった。

 中に入ると木製の古びたベンチと台があり、中央のストーブが冬の寒さを想像させる。カレンダーだけが新しく今年の8月を示している。ホームへ出てみると周囲の暗さの中に常夜灯の明かりが等間隔で浮かんでいる。少し気味が悪かった。虫の声しか聞こえない林の中である。私は駅舎に戻りほこりだらけのベンチに座った。壁に掛けられた時刻表を見て驚いた。何とこの駅には上り下り合わせて1日に5本しか電車が停車しないのだ。上りの酒田行きは朝に2本、下りの秋田行きは昼、夕、夜に1本ずつなのである。

 時計を見ると夜の8時過ぎだった。この駅に停まる電車は明日の朝の6時31分までなかった。私は次第に不安になっていった。窓ガラスにあたる蛾の羽音、虫の声、時々聞こえる烏の声に私は過剰に反応していた。目の前の古い本棚に古い雑誌とノートが置いてある。よくある旅の雑記帳というやつだ。それによるとこの女鹿駅は小さな無人駅として有名らしかった。深夜に到着した自転車旅行の大学生が一泊している。皆この駅に驚いているようだ。私も不安を紛らわすために3ページほど書いた。内容は自分の旅ノートにも控えてあるが、あまりも青臭い文章なのでここでは記さない。

 本棚の上に古いウサギのぬいぐるみが2つ置いてあり、「こんにちは!女鹿駅のマスコットです。可愛がってあげて下さい。JR東日本」と書かれた紙が立て掛けてある。その赤と白の2匹のうさぎの間の抜けた顔を見ているうちに私は笑いが込み上げてきた。何故か無性におかしかつた。そして笑い終わったときには私はすっかり落ち着いていた。どうとでもなれというような覚悟ができたようだった。

 夜9時を過ぎ、何もすることのない私は寝ることにした。この経験を楽しもうと思っていたのだが、今にして思えば無理をしていたのだと思う。夜中に通過する列車の音に何度か目が覚め、その度に間の抜けたぬいぐるみを見ては目を閉じた。私はこの2匹に救われたのだと思う。

 翌日、やはり曇り空の下、今回の旅の最終目的地象潟を目指した。女鹿から16キロ、約4時間の距離である。歩き出して10分もすると女鹿の集落があった。旅館などはないが、昨晩の悪戦苦闘を思うと、なあんだという感じである。背負った荷物が重く肩が痛い、足もつらい。心の中で、「キサカタ」と何度も唱えながら歩いた。象潟は「奥の細道」の旅の最北地である。つまり折り返し地点、南下の旅の出発点なのである。

 実際は象潟までの道のりより、そこから日本海に沿って新潟、富山、石川、福井、岐阜と歩く後半の方が距離はあるのだが、何と言っても東北を目指した旅の終わりなのである。歩き始めて10年、8回目の旅で象潟までようやく来たという思いを味わいたくて私は次第に足速になっていた。

 午後1時30分、JR象潟駅に到着する。駅前の観光案内板を参考に私は住宅地を抜け、古来よりの名勝、歌枕の地である象潟の中心を目指した。芭蕉が訪れた当時この地は東西2.2キロ、南北3.3キロの陸地が陥没した入江で、九十九島、八十八潟があった。つまり入江に無数の島が浮かぶ浅い海であった。鳥海山を背景とする風光美をうたわれたのである。宮城県松島を規模を小さくし、島の密度を高めた感じだ。ところがその後、文化元年(1804年)の大地震で隆起して、入江は陸地となってしまった。今はかつての島が、点々と散らばる松の茂る小丘として、田畑の緑に浮かぶようである。私はその水田地帯を通り抜け、なるべく全景を眺めようと低い山へと続く道を歩いていった。20分ほど丘を登り、全景とは言えないまでも数多くの小丘が見渡せる所で腰を下ろした。相変わらず雲の多い空だったが、私は感無量だった。

 ここは秋田県なのだ。10年前、ふらっと東京へ行った最初の旅。暑さのためにクラクラした初日。あれから10年経ったのだ。今では旅装も計画性もすっかり変わっている。1日で歩く距離を定め、1時間毎に休憩を取り、歩きやすい服装、靴、荷物の詰め方、背負い方も考えている。すっかり旅慣れた。そして10歳分年を取った。私はこの10年で何を得て、何を失くしたのだろう。

 次回の旅はここを起点としようと思った。今までとこれからの10年を考えて歩くのだ。ここから南を目指す旅の始まりである。このまま北を目指したい、東北という土地を旅していたい、その思いをもって南下しよう。来年の夏、東北に別れを告げ、越後路へと踏み出す旅となる。しかし、期待感と高揚感に衝き動かされて東北を目指したこの10年の旅は、20歳台ということとも合わせて特別なものになるのだろう。

 翌日、庄内空港を出発した全日空762便は、夜の8時過ぎに大阪伊丹空港に到着した。機内から眺めた大阪の夜景は、途中に見えた名古屋の100倍ほど明るく華やかで、ビル街のネオン、高速道路、一般道の車、人家の無数の明かりに溢れ、そしてどこか苦しそうだった。

次回は第27回「鳥海山との再会」(象潟、温海 秋田県、山形県。1997年夏)です。

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2017/1/23

カラープランターが加わる!!  PTA

 かなりイケてるプランターを[園芸ネット]で発見。さっそくプランターの3色を意識した花苗と共に購入して寄せ植えした。

 プランターは「アートストーン3色」「1944円×3」。鉢底石の要らないタイプで、水のやり過ぎや乾燥から苗を守る給水システムを持っており、なんといっても色の渋さに魅せられた。以下花苗のプロフィール。

(A)アネモネ:凛々花(リリカ) 518円×2×3(赤、ブルー、白)

 世界初!アネモネの完全な八重咲品種です。埼玉県の石河氏育成品種で、1輪の花に200〜250枚もの花弁がつき、大輪の花となります。見ごたえ抜群!1株にたくさんの花を咲かせ、冬から春まで楽しめます。耐寒性が強く、冬の花壇やコンテナガーデンにぴったりです。

タイプ:キンポウゲ科の耐寒性多年草 開花期:11〜4月

(B)プリムラマラコイデス 78円×3

 中国雲南省、四川省に分布するサクラソウの仲間。某ホームセンターで激安価格に魅せられて購入。

(C)チェッカーベリー 199円×3

 これも激安価格に魅せられて購入。北アメリカの東部に分布。寒さに強く、6月〜7月に白い釣り鐘形のかわいらしい花を咲かせ、冬の間は赤い実が観賞できる常緑の低木。

(D)アリッサム:イースターボネット ホワイト 4株セット 800円×2

 冬から春にかけての寄せ植えや花壇の縁取りの定番。寒さに強く長期間にわたって開花、春らしい香りも楽しめる。アブラナ科の耐寒性多年草で、開花期は10〜6月。

(E)クローバー ティントヴェール3株セット 792円

 可愛すぎる葉っぱに魅せられて購入。丈夫で耐寒性が強く、葉の中心がダークグリーンで周りの淡い色合いとのコントラストがすっきりと鮮やかな品種。生育が早く丈夫で育てやすい。普通のクローバーと同じ白い花を咲かせる。マメ科トリフォリウム属の常緑耐寒性多年草。開花期は3〜6月。

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 文化祭のテーマ「十人十色」にちなんで購入した10個のカラープランターもほぼ同じ価格帯。ホームセンターなどで白の廉価プランターを購入してペンキで塗る方法もあるが、どちらが費用対効果があるかは10年後になってみなければ分からない。

 その10年後に、生徒を中心に運営された校内緑化組織がPTA会費を有効利用して、各所に満開の花が咲き乱れている柴島高校になったらいいなと思う。



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