2017/5/28

生徒にみてほしい映画(18)  一般

 今回の作品は『ヒアアフター』(2010)。テーマは「人の死と死後の世界」。以下そのプロフィール。[シネマトゥデイ]より。

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 クリント・イーストウッドがメガホンを取り、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めた死と生をめぐる感動的なストーリーをつづるヒューマン・ドラマ。死を身近で体験した3人の登場人物が悩み苦しみ、生と向き合う姿を真摯(しんし)に描いていく。主演は、『インビクタス/負けざる者たち』でイーストウッド監督作品にも出演したマット・デイモン。ほかに、『シスタースマイル ドミニクの歌』のベルギー人女優セシル・ドゥ・フランスや映画初出演のジョージ、フランキー・マクラレン兄弟が共演。彼らが見いだす生きることの素晴らしさが、ズシリと心に響く。

 霊能力者としての才能にふたをして生きているアメリカ人のジョージ(マット・デイモン)、津波での臨死体験で不思議な光景を見たフランス人のマリー(セシル・ドゥ・フランス)、亡くなった双子の兄と再会したいイギリスの少年マーカス。ある日のロンドンで、死に取りつかれた3人の人生が交錯する。


 例によって某巨大ネット通販サイトのプライムビデオで面白そうなものはないかと探していたら、以前選択科目の「ワールドスタディーズ」で生徒に見せた『インビクタス』以来、なかなかええ味を出しとる俳優やないかとお気に入りの一人となった「マット・デイモン」が出演しているこの映画を発見。迷わず鑑賞した。

 いつものように鑑賞した後、ネットで映画のことをさらに調査したが、監督が「クリント・イーストウッド」と知ってかなり驚いた。なぜなら自分ら世代(50代後半)にとって「クリント・イーストウッド」と言えばなんといっても「ダーティー・ハリー」シリーズで、サンフランシスコを舞台になんたらマグナムをぶっぱなしながら悪党を懲らしめるアイルランド系アウトサイダー的刑事ハリー・キャラハンを演じたのが彼だった。シリーズ5作すべてを鑑賞した自分としては「ハリー・キャラハン」のイメージが強すぎて、いかに俳優から監督に転身したとはいえ、今回のような繊細でどちらかといえば地味な映画を彼が作ってるなんてと思わざるを得ない。

 サンフランシスコの工場労働者「ジョージ」はマジな霊媒者だが、そのことを「呪い」としか思えず苦悩している。パリの女性ニュースキャスター「マリー」は同僚で恋人とのバカンスの地で大津波に遭遇、臨死体験をして以降、突然フラッシュバックして脳裏に浮かぶ光景が忘れられない。ロンドンに住む少年「マーカス」は双子の兄を交通事故で無くし、その後、養育能力のない母親から離れて里親のもとで生活するが、その兄となんとかしてもう一度話したいと願っている。

 これ以降の話はネタバレになるので控えるが、「霊媒者」や「呪い」、「臨死体験」と聞いて、うさんくささや怪しさを連想するかもしれないが、この映画に登場する3人はそういったものとはいっさい無縁の純粋な人格として描かれている。幼児期の手術で「霊媒者」になってしまったジョージは、そのことを「才能」ではなく「呪い」としてしか認識できず、意識しあった女性ともうまくいかない。臨死体験ゆえのフラッシュバックでキャスターの仕事を失くしたマリー、最愛の兄を不慮の事故で失くした双子の弟マーカスは心を閉ざし、もう一度兄に会いたくて里親の手を焼かせるなど、三者三様の苦悩が誠実に描かれている。

 ゆえに見終わった後、理由はよく分からないが、癒された、心温まる気持ちにさせてくれたように思うのだ。

(追記)

 例によって社会科教師ゆえの疑問点&注目点。

(1)映画冒頭、フランス人ニュースキャスターのマリーが大津波に遭遇した場所。画面から察するに「南国」「青い海」「リゾートホテル」、そして現地の人間と思われるホテルのフロントや土産物屋の女性などの人相から、南太平洋ポリネシアの旧フランス植民地、または現在もフランス領の例えば「タヒチ」と勝手に思っていたが、ネットで調べてみると「インドネシア」らしい。

 「インドネシア」といえば、2004(平成16)年12月26日、マグニチュード9.1の「スマトラ島沖地震」が発生。地震およびその後に発生した大津波により「22万6千人」が死亡するという大惨事があった。クリスマス後、新年前ということで、海岸沿いのリゾート地に多くの外国人観光客が滞在中で、フランス人も95人死亡した。

(2)映画冒頭の大津波のシーンは当然CGを使ったものだが、その真に迫る描写は津波の恐ろしさを教えてくれる。この映画の日本公開は2011年2月19日。その後、3月11日の東北大震災と大津波の被害を考慮して、3月14日に上映中止となった。

 単に津波に流されるだけではない。途中で家屋や電信柱にぶつかったり、倒壊する家屋や車の下敷きになったりして、マリーが意識を失い沈んでいくシーンがある。あまりのリアルな描写に、東北の大震災ではこんな悲劇が各所であったのかと思うと、上映中止もやむなしかと思った。

(3)ジョージが仕事が終わってからイタリア料理の教室で講習を受けるシーン。講師がいかにもイタリア系らしい陽気な男で、まずはイタリア産のワインで受講生徒全員で乾杯。そしてBGMにイタリア民謡を流して、「料理は感覚がすべて」「香り、見た目、味、音」などと訴える。生徒のやる気を引き出すのにひと工夫しているところが、参考になるかもしれない。

(4)教会でのマーカスの兄ジェイソンの葬式のシーン。イギリスなのでキリスト教、それも「イギリス国教会系」かな。祭壇らしき場所に兄の棺桶がある。教会の聖職者が「死は終わりではなく始まりです」「神のご加護を受けてジェイソンは天国へ」「天使たちに囲まれて皆を見守っています」という。その後、兄の棺桶は驚くべきことにエレベータ式の機械で下にいき、聖職者曰く「遺灰の受け渡しは教会の裏で」とマーカスに告げる。

 このシーンは興味深い。ヨーロッパやアメリカの映画の葬送シーンから、キリスト教徒は遺体を棺桶に入れたまま「土葬」するものと思っていた。その後、教会の裏で金色の容器をマーカスが教会関係者から受け取るシーンがある。なんと教会の下に火葬場があり、そこで「火葬」したのち、遺骨や遺灰を容器に入れたということか。なんと手回しのいい教会なんだろうか。

(5)次もその教会のシーン。兄ジェイソンの簡単な葬式の途中、すでに出入口に次のメンバーが待っている。「出入口ぐらい閉めたれや」と思うが、遺影やメンバーの先頭には「ターバン」を巻いた立派なあごヒゲの老人。明らかにインドの「シーク教徒」で、わずか十数秒のシーンに釘付けになった。

 「ヒンドゥー教」が74%、「イスラム教」が12%をしめるインドで、「シーク教」は2%といわれるが、インドの人口が「約13億人」なのでその数「約2600万人」ぐらいか。大阪府の人口の3倍ぐらいはいることになる。インドや世界各地に住んでいる人を含めて、なんと世界で5番目に信者数が多い宗教でもある。

 「シーク教」の詳しい教義は難しいので遠慮するが、「ヒンドゥー教=多神教」に対して「シーク教=一神教」で、16世紀にインドで始まった宗教だ。 

 「シーク教」はインドでは圧倒的に少数派だが、富裕層が多く貿易などで社会的に活躍している人が多い。神戸にも多くの「シーク教」のインド人が住んでいる。

 その「シーク教」の男性は「ターバン」が戒律上義務付けられている。髪の毛とヒゲを剃ってはいけないからだ。ところがいつの間にかその「シーク教徒」の男性の姿が、「ヒンドゥー教」が大半を占めるインド人男性の一般的なイメージとなってしまった。ここは生徒諸君もおさえておいてほしい。

 このシーンもむちゃくちゃ興味深い。イギリスの「シーク教」社会では、葬式をする宗教施設はないのだろうか。いくら同じ「一神教」とはいえ、「キリスト教」の教会で異教徒が葬式をすることってあるのだろうか。

 日本はその点、非常に便利な施設がある。「○○会館」などの冠婚葬祭の会社では、おそらくありとあらゆる宗教に対応しており、日本ならではのサービスが提供されているはずだ。

 また、マリーが気もそぞろに参加しているテレビ局の編集会議のシーンでは、「右寄りの新聞がシーク教徒の暴動に批判的記事を」「混乱の原因は政府筋でシーク教徒は利用されたという説もある」というセリフを司会者にしゃべらせている。

 要するに、こういうシーン、こういうセリフを通じて、イーストウッド監督だけでなく、映画の監督は、自分の信じること、訴えたいことを映画で描いていると思われる。こういった「隠されたメッセージ」を読み解くことも、映画を見る楽しみのひとつだ。不特定多数のあらゆる年齢層がみるかもしれないテレビドラマでは、この手の描き方は非常に難しい。

(6)イギリスのロンドンに住むマーカス。死んだ兄がかぶっていた帽子を常にかぶっており、小学校での授業シーンで優しそうな女性教師に「脱ぎなさい」と注意されて素直に従う。同じ机には「ビジャブ」を頭にかぶっている女子生徒がおり、目の前のマーカスが「脱ぎなさい」と言われても別に動じるわけでも脱ぐわけでもなく冷静に見ている。その机には黒人の女子生徒もいる。むしろその机は白人のマーカスが少数派である。

 このシーンをみてイーストウッド監督は何を言いたかったのだろうと思う。「ヒジャブ」はイスラム教徒がその戒律から頭からかぶるもので、最近、ユニクロがイスラム教徒の日系イギリス人デザイナーとコラボして話題になった。

 マリーのフランスでは、公共の場での「ビジャブ」の使用を「宗教的シンボル」として禁止しており、公立学校でも禁止しているという。

 フランスは北アフリカの旧植民地「モロッコ」や「アルジェリア」からの移民やその子孫が多く、第2次世界大戦で荒廃したフランスの復興を彼らが安い人件費で下支えした歴史がある。その子孫たちの代表がフランス・マルセイユ生まれの「ジダン」で、なんと移民の息子がサッカーのフランス代表キャプテンとなり1998W杯ではフランスを優勝に導いた。

 フランスのイスラム教徒は470万人で人口の「7.5%」を占める(2010年)。例えば柴島高校の生徒数で想定すると、「約840人×0.075=63人」で1クラスに3人は在籍している計算になる。

 マーカスはロンドンの小学校に通っているのでイギリスでの比率を調べてみると290万人で「4.6%」。柴島では「39人」で、1クラスに必ず1人か2人はいることになる。

 この映画の撮影が2010年。その5年前の2005年7月7日に「ロンドン同時爆破事件」がおこり56人が死亡、後日イスラム過激派のアルカイダが正式にテロの関与を認めた。その後、フランスにおけるイスラム教徒の移民は増加してその数は500万人以上となった。そして、2015年11月13日におこった「パリ同時多発テロ事件」をはじめとするイスラム国によるテロ事件で、130人が死んだ。

 テロのたびごとに、ヨーロッパ各地に住むムスリム(=イスラム教徒)は、いつ自分が嫌がらせを受けたり差別されるのではないかと肝を冷やす思いだろう。現在、ロンドンの小学校ではイスラム教徒の女子生徒がかぶる「ヒジャブ」はどういう扱いになっているのか、気になる。



 「ヒジャブ」「黒人の女子生徒」「シーク教徒」、マリーの後釜に座ったアジア系の女性キャスターなどなど、何かマイノリティに対するイーストウッド監督の思いをこの映画で感じた。そのイーストウッド監督が、バリバリの共和党員で今回のアメリカの大統領選挙ではトランプを正式には支持しなかったが、現状を打破できる人物と評価していた、朝鮮戦争やベトナム戦争、イラク戦争などアメリカが世界各地の戦争に介入することに反対してきた、などを知るにつけ、やや訳が分からなくなるが、さらにイーストウッド監督のことが知りたくなってきた。


 ここ30年ほど外国に行ったこともないのに「世界史」や「ワールドスタディーズ」「観光学」を教えなければならない社会科教師としては、これらのことが気になって仕方がない。気になれば即調べる。これこそ自分が生徒諸君に最も訴えたい、特に「卒業論文」に取り組んでいる3年生に伝えたいことである。

2017/5/27

水泳部  クラブ

 今日は第17回大阪市障がい者スポーツ大会がありました。場所は大阪市舞洲障がい者スポーツセンター(アミティ舞洲)です。本校水泳部の自立支援コース生が昨年に続いて2種目に参加しました。結果は、おそらく自己ベストだろうと思われるタイムで、8月の大会につながるものとなりました。

 この大会は、肢体不自由、あるいは視覚、聴覚、知的、精神障がいのある方々が参加する大会で、今回は137人が申し込みました。

 障がいに応じて、スタートや入水などでの補助があります。合図棒、水中スタート、車椅子、介助者など。プールの1コース側は水を張ったスロープになっていて、車椅子で水中に入っていけます。

 このスポーツ大会は「障がいのある人がスポーツを通じ、体力の維持、増強と能力の向上を図るととともに、積極性と協調性を養い、自立と社会参加の促進に寄与することを目的に」しており、別の日や会場では、アーチェリー、卓球、陸上競技、フライングディスク、ボウリングもあります。

 また、市民啓発の推進という目的もある大会です。本校の生徒について言えば、アミティエ生との学校生活をきっかけにして、こうした校外の、また社会での共生にも目を向けていけたらと思います。

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2017/5/27

進学マネープラン説明会  進路

 本日10時から、本校視聴覚教室で「進学マネープラン説明会」が実施されました。ファイナンシャルプランナーの方を講師としてお招きし、大学や専門学校への費用準備、奨学金や教育ローンの利用について、ご説明いただきました。

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 進学に向けての資金計画について、ご家庭でもしっかりと話し合っていただければと思っています。

2017/5/27

5月26日 金曜日の風景  学校紹介

 目下「生活見直し週間」継続中。5月22日(月)〜6月2日(金)まで行われる。

 我らが軽音楽部も朝の挨拶に取り組んでいた。

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 体育祭が終わって3週間後に前期中間考査が始まる。考査に向けて、気持ちの切り替えが大切な時期。2・3年生対象の期間外考査は6月5日(月)から始まる。

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 家庭園芸 超牧歌的風景

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 ランニングコースの途中にある「果樹コーナー」。その地面に植えた「マツバギク」がそろそろ満開を迎えそうだ。苗自体はプニプニした多肉で見た目もあまり可愛くなかったが、こんな可憐な花を咲かせるなんてなあ。ランニング途中の目の肥やしにすべし。

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2017/5/27

3年生進路説明会  進路

 5月25日に、3年生の進路説明会を行いました。今回は41期初の試み。学校を飛び出して説明会を実施しました!会場は天満橋のOMMビルです。

 4時間目が終了して、すぐにバスに移動。トラブルなく予定より早く揃って出発することができました。すばらしい。

 会場に着くと、広いホールが30を越える学校のブースで埋まっていました。そこから、それぞれの希望する学校の話を30分×3校聞きました。

 体育祭のときは真剣に楽しんでいる姿がたくさん見られましたが、今回は、真剣に話に聞き入る3年生でした。

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2017/5/27

第43回体育祭 写真部作品集(4)   クラブ

 撮影者 2年生

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2017/5/26

アミティエ理科 図書館で動物について調べてみました  授業・HR

今日のアミティエ理科は、図書館で調べ学習をしました。
興味のある動物について調べてもらいました。

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恐竜に興味があるようです。

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自然野生の授業で紹介した危険外来生物「カミツキガメ」に興味を示していました。

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本を使って、それぞれの生徒が興味を持った動物について、個々にゆっくり話ができた楽しい時間でした。

2017/5/26

第43回体育祭 写真部作品集(3)  クラブ

 撮影者 3年生

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2017/5/25

一年生 書道T 高大展に向けて  授業・HR

 本校の3階を歩いていたら、奇妙な集団に遭遇!

 廊下で字を書いてます!

 なかなかの大作、教室内で制作するのが難しかったよう。話を聞くと1年生!私はてっきり、2・3年生の選択授業かと思っていました。そりゃぁ、30人超えの授業でこの大きさは教室はみ出るよね。

 高大展(全国高校大学生書道展)とやらに出展するらしい。いい結果を待ってるぞ!

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2017/5/25

過去ログ 在校生・保護者の皆さんへ  PTA

【1】年間行事予定変更あり!!

(現 行)12月 9日(土) 保護者向け進路講演会 PTAコサージュ
     12月16日(土) 第2回オープンスクール

(変更後)12月 9日(土) 第2回オープンスクール
     12月16日(土) 保護者向け進路講演会 PTAコサージュ

 ホームページの「在校生・保護者の皆さんへ」で掲載している「年間行事予定」はまだ変更していませんが、以上のように変更しますのでよろしくお願いします。

【2】メルマガ登録よろしく!!

 現在登録数555(2017.5.19 現在)。本校教職員も含まれますので、保護者の方の登録はまだまだです。

 台風や電車事故などで学校の始業時間が遅れた場合、その日の変更内容などをメルマガで発信します。メルマガでの情報発信が、保護者の方の安心につながり、学校側も問い合わせが減ることで大いに助かります。

 登録方法は[メルマガ登録]をクリックしてください。

※メルマガの維持費(2160円/月)はPTA会費からです。有効利用しましょう。

2017/5/25

第43回体育祭 写真部作品集(2)   クラブ

 撮影者 3年生

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2017/5/24

生徒会 体育祭片付け  学校行事・生徒会

体育祭からアッと言う間に一週間。少しずつ片付けをしています。

今日はビブスの洗濯〜!生徒会室だけでは干しきれず、HR教室もお借りしました。

片付けは、来年への準備でもあります。次年度のためにも丁寧に進めていきます。

後期生徒会執行部の任期ももう少し。ギリギリまで頑張ります!

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2017/5/24

観光学フィールドワーク 初夏の京都 下見報告  授業・HR

 Y&Sの2つの講座でそれぞれ実施される「初夏の京都フィールドワーク」の下見報告。授業で配布されたフィールドワークのプリントを参考に、とにかく当日までにルートをしっかり頭の中に入れておくこと。

 当日( )時( )分 体育館下集合 通用門より出て崇禅寺駅へ。

 片道400円。京都方面行き普通電車に乗車。

 次の淡路駅で下車。その後にやってくる河原町行きの特急に乗り換える。

 終点の阪急河原町駅で下車。進行方向一番前の階段を上って改札を出て待機。

 その後、点呼を受けて全員で移動。

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 A=四条大橋 B=祇園(新橋) C=懐古庵 D=イオン E=夷川発電所 F=飛び石
 G=三条大橋(終点) H=寺町商店街 新京極商店街

 推定歩行距離 約3km 履きなれた靴が一番いい。

 阪急河原町駅「出口1A」を上がって、森鴎外の小説『高瀬川』でも有名な高瀬川をこえて東にある四条大橋へ向かう。

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 四条大橋から北をのぞむ。さっそく鴨川右岸に京都鴨川名物の「納涼床」「川床」「ゆか」が出ている。

 担当者曰く「鴨川を渡るとき、必ず橋の真ん中あたりで北をみよ」「どんなに暑くても風を感じることができる」

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 この辺は歌舞伎発祥の地。右の建物が「南座」。「四条通」の向こう端(東)に「八坂神社」がある。「祇園祭」はこの神社の宗教行事である。

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 江戸幕府が誕生した1603年に「出雲阿国」がこの地で「かぶき踊」を始めた。彼女の像が写真の奥に見える。当時は当然鴨川の両側にある護岸壁などなく自然堤防。川の端にできた砂地みたいなところに木材か何かで作った舞台の上で、多くの聴衆の度肝を抜くような服装で踊ったと思われる。

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 横断歩道を渡って少し北上。白川のせせらぎの音が聞こえる木陰でいったん集合して点呼。

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 その近くに2つコンビニがあるが、大阪と違ってどんな工夫がされているか注目すべし。

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 各所に着物のレンタルサービスあり。祇園界隈を舞妓さんの姿で歩いている女性を見かけることもあるかもしれないが、中には観光客が即席の舞妓さんになっていることもあり、その違いは歩き方を見れば一目瞭然にわかる。

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 授業の冊子で取り上げた「祇園新橋伝統的建造物群保存地区」。大人が食べ物や酒を楽しみ、舞妓さんがもてなす「お茶屋」がずらっと並ぶ。この地区では景観を守るために、どんな決まりがあるか勉強したはずだ。

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 京都の伝統的家屋によくある「格子(こうし)」。デザインだけでなく、外側からは中が見えにくいが、中から外がよく見えるという視覚効果もある。

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 写真の格子は部屋の中が明るくなるように上部があいており、一般的に「糸屋格子」という。写真の格子は「太い・細い・細い・太い」のリズムがあるが、同じ「糸屋」でも細い本数で、「織屋」「紐屋」「呉服屋」の区別があるらしい。

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 7月に入ると「祇園祭」が本格的にスタートするが、これは祇園祭で販売されている「粽(ちまき)」といい、玄関先に吊るして疫病災難除けのお守りとしている。食べ物の「ちまき」ではない。

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 新橋地区で数少ない「紅殻格子(べんんがらこうし)」。防腐対策として酸化鉄を原料とする塗料を塗った格子。塗り始めの頃はどんな鮮やかな紅色をしていたのだろうか。

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 京都市内各所で発見できる「路地(ろーじ)」。

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 テレビドラマのロケ地でも有名な「辰巳大明神」。ここで解散して10分程度自由見学する。神社の周りを囲む「瑞垣(みずがき)」にみんなも知っている有名人の名前があるので見つけるべし。

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 以前はここから白川沿いを歩いて「東大路」に出て、京都の伝統的なふろしきを現代風にアレンジして人気のある「京都掛札」や、名取裕子主演の『京都地検の女』のロケ地で有名な「一本橋」や「古川通商店街」を訪問していたが、今回は時間の関係でコースから外した。

 下の5枚の写真はFW本番では訪問しません。

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 「一本橋」近くにある鎌倉新仏教・浄土宗の総本山「知恩院」の山門。この写真では授業で取り上げた「借景」の意味を考えてほしい。もしも向こうの山に巨大な鉄塔が立っていたら、この風景はどうなっていただろうか。

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 山門から見た東山の風景。この日は格別に新緑が映えて美しかった。

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 祇園の新橋界隈から一路北上して10分ぐらい。「三条通」に出ると、世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の「外国人に人気の日本の観光スポットランキング2015」で超有名な観光地を押さえて堂々8位にランクインした「サムライ剣舞シアター」を発見。

 今回は前を通り過ぎるだけだが、興味ある人は一度覗いてみたら。

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 5分ぐらい歩いて「懐古庵」に到着。京都によくある昔ながらの「路地(ろーじ)」の長屋を、長期滞在ができるように部屋を改築、口コミで外国人観光客から絶大な人気を誇る宿泊施設だ。「路地」の各所に伝統的なグッズが所狭しとあって、これを見るだけでも価値がある。「懐古庵」の公式ホームページに各部屋の様子が紹介されているので、見てほしい。

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 犬矢来(いぬやらい)

 湾曲した竹を組み合わせて、雨が壁を汚すのを防いでいる。

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 お竈さん(おくどさん)

 いわゆる「かまど」で、米や野菜を煮炊きするのに使用した。レンガ造りの重厚な「おくどさん」に、今風のネットワークの機械が置かれていた。

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 長屋の住民が共同で使用していた井戸。

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 「路地」の一番奥には必ずと言っていいほど「地蔵」がある。平安の昔、「院政」で有名な白河天皇が子供を守る「地蔵菩薩」を信仰していた影響で、京の町で人気が出たという。

 京都では8月下旬に、子供たちにとっては「夏休み最後のイベント」である「地蔵盆」が各所で開催され、「地蔵」前に置かれたテントや縁台に町内の子供たちが集まり、大人も参加してお菓子などを食べながら子供たちと交流する。最近のアンケートでは、8割の町会が実施していると答えたそうだ。

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 「懐古庵」をあとにした我々は、両側に京都らしい古い家並みが続く道を5分程度歩いて「二条通」に出て「イオン」でアイスクリーム(別に他のでもいいが)休憩。残念ながら近くにコンビニはない。

 他のお客さんに迷惑にならないよう、代表者が何人か分のお金を集めてレジで並んでほしい。

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 「イオン」の前に大人数が休憩できる場所はなし。よって、アイスクリームは開封せず2分ぐらい歩いて、大きな池のある場所にて休憩する。

 毎年8月16日、京の夏の夜空を焦がす京都の名物行事「五山の送り火」が行われるが、この池からは五山のひとつである「如意ケ嶽」の「大文字」が見える。

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 ここは「夷川(えびすがわ)発電所」といい、今は関西電力が管理している。明治以降、京都は近代化を図るべく、琵琶湖から水を引き込み「琵琶湖疎水」を作った。そして「蹴上(けあげ)」や「伏見」などの水力発電所に続いて、1914(大正3)年に作られたのが「夷川発電所」。

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 鴨川へと流れる疎水はかなり急流。「ゴーッ」という轟音を都会の真ん中できけるなんて「さすが京都」とうなるしかない。春爛漫の頃、疎水沿いにサクラ並木が続くこの道は、絶好の撮影ポイントになるだろう。

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 鴨川の左岸(東)に到着。

 鴨川に5か所ある「飛び石」の一番南にあるやつを渡る計画。その奥にある建物は、おそらく京都ではトップクラスの格式を誇る「ザ・リッツ・カールトン京都」。

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 初老のY&Sが難なく渡れたので君たちも大丈夫だ。ただし、天候によったら中止します。

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 授業中に配布した「鴨川の野鳥」を参考にして、バードウォッチングしてください。

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 鴨川右岸(西)の河川敷に到着。その後、南下して「二条大橋」「御池大橋」の下を通り、ついに「三条大橋」に到着。授業中に配布したプリントをみて、この橋のあたりでだれが処刑されたか、『東海道中膝栗毛』の弥次喜多の像がなぜあるのか、「池田屋事件」の時に新選組が刀傷をつけた「擬宝珠(ぎぼし)」、などなどに注目。

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 鴨川でデートするなら「鴨川右岸(西)」で座るべし。なぜなら東山の連山がみえるから。一番高いのが北にあるが、これが「比叡山」でその頂に「天台宗」の総本山「延暦寺」がある。

 しばらくすると、この2人を中心として両側5m間隔で恋人たちが座るのだろう。

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 「三条大橋」のすぐ北に「スタバ」の「川床」を発見。

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 「三条大橋」付近で解散。その後、「先斗町」を歩いて「阪急河原町駅」から帰宅するもよし、対岸にわたって「京阪三条駅」から帰宅するもよし、西へ歩いて「新京極」や「寺町」の商店街を覗くのもよし。そこまで行ったらな是非とも「錦市場」を訪問してほしい。

 
 祇園と並ぶ京都の「花街」のひとつ、「先斗町(ぽんとちょう)」。ご覧の通り、幅の狭い道の両側に飲食店などが並んでいる。三条大橋のすぐ近くに「先斗町歌舞練場」があり、そこは舞妓さんたちの練習場や踊りの発表会などが行われている。

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 酢屋 京都における坂本龍馬の活動拠点。

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 池田屋 幕府側の新選組が大活躍した「池田屋事件」の舞台。

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 四条通に向けて南北に「新京極」と「寺町」の2本の商店街がある。どちらかと言えば落ち着いているのが「寺町」。むかしはさびれていたが、最近は多くの外国人観光客が訪問しているようでにぎわっていた。

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 関西一円にボランタリーチェーンをもつ「力餅食堂」創業の地。今もなお、このような形で創業の地を残している「力餅食堂」の皆さんに敬意を表したい。

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 生徒諸君が愛用しているTシャツの英語の中に、写真の漢字Tシャツを笑えないのがあるかもしれない。アルファベットや漢字をデザインとして楽しむのはいいが、時と場合によってはその文字の意味で物議を醸すことになる。注意されたし。

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 近年、四条通の両側の歩道が拡張され、観光客などにとっては非常に歩きやすくなった。そのかわり、車線が減った影響で渋滞がすごいらしい。悩ましいところだ。

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 四条河原町交差点の北東に「行列のできる店」を発見。どうやら生徒諸君の興味関心を一心に集めている「抹茶」関連の店のようだ。

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 なんとその店の前に「中岡慎太郎寓居之地」(なかおかしんたろうぐうきょのち)の石碑を発見。幕末のヒーローである坂本龍馬とともに、ここからすぐ近くの「近江屋」で殺された中岡も、まさか自分の家が「抹茶屋」さんになっているとは想像できなかっただろう。

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 前回のフィールドワーク以来、半年ぶりにこの地を歩いたが、なぜか「薬局」が増えているような気がした。もしもそうなら、なぜだろうか?

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(追伸)

 過去に「初夏の京都FW」を実施したとき、必ずと言っていいほど「抹茶のおいしいところはどこ?」の質問が出る。今年度の担当者であるY&Sは共にそういったことにまったくの無関心であり、その質問に対してまともな答えなどできるはずがない。

 よってその手の質問をするのはやめて、自分でスマホなどで事前に調査することを推奨する。往復800円の交通費を有効利用して京都を十分楽しんでほしい。


(追記)

 せっかく往復800円で京都まで行くのだから、「G 三条大橋」の下で解散後、それぞれが興味あるところを訪問して見聞を広めてもらいたい。以下それ関連の地図。

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★A 四条大橋 最初に鴨川を渡った橋。
★G 三条大橋 この下で解散。

★「近江屋跡」

 1867(慶応3)年11月15日(太陽暦では12月10日)、ここ近江屋にて坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された。坂本はほぼ即死、中岡は2日後に死亡。犯人は幕府側の京都見廻組とする説が有力だが、自分的には、坂本らが奔走して実現した平和的な「大政奉還」ではなく「徹底武力倒幕」をめざす「薩摩&長州」が、坂本のことが邪魔になってやったという説に興味がある。

★「中岡慎太郎寓居跡」

 上のブログでも紹介した。ここに「行列のできる抹茶関連の店」がある。

★「H1」=新京極商店街 「H2」=寺町通商店街

 ともに修学旅行生や外国人観光客でにぎわっている。「寺町」の地名は、豊臣秀吉が1590(天正18)年に京都を改造する際、防衛のためにここに寺院を移転させたことに始まる。

 「本能寺」もこの界隈にあるが、1582(天正10)に織田信長が明智光秀の謀反で自害した「本能寺の変」の「本能寺」はこの地ではなく、1km以上離れた堀川通沿いの「京都市立堀川高校」の近くにあった。

★「錦市場」

 平安時代に京都御所に新鮮な魚を納入する業者が、豊富な地下水をもとめて集まってきたのが起源というから、約1300年の歴史を持っている。

 東西390m、道幅約5m以下の商店街に、約130もの店舗が所狭しと立ち並んでいる。生徒諸君の多くが持っているであろう「グルメ」への欲求を、かなり満たしてくれる場所であることは間違いない。

 「新京極」や「寺町」から「錦市場」に入って、そのまま西に向けてつききったら阪急河原町駅の次の烏丸駅が最寄りなので、そこから電車に乗るのが一番いいだろう。

2017/5/24

最優秀マスコットとダンス部で遊んじゃいました!! ラスト  学校行事・生徒会

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2017/5/24

『OKU NO HOSOMICHI』 第32回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜

1986 OKU NOHOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)

第32回「平家物語と昭和の花咲爺さん」(倶利伽羅峠、富山県。2002年)

副島勇夫(国語科)

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 今から300年以上前の元禄2年、俳人松尾芭蕉はどのような思いでこの峠を越えていたのだろう。越中と加賀、つまり今の富山県と石川県の境がこの倶利伽羅峠(くりからとうげ)だ。

 芭蕉がこの地を訪れる約500年前、源頼朝の挙兵に応じて兵を挙げた頼朝の従兄弟木曾義仲は3万の軍勢で陣を張り、この峠で平維盛率いる平家7万の大軍を待ち受けた。私が今歩いているこの標高277メートルの峠に計10万の兵たちが、息を潜めていたのかと思うと落ち着かなかった。800年以上経った今と比べ、芭蕉は300年分はこの兵たちの息づかいをより感じていたはずだ。しかし冒頭に記した芭蕉のこの峠に対する思いはそれだけの理由ではない。

 平家の総大将平清盛が「あっち死に」と呼ばれた熱病で没した時から一族の滅亡ははじまった。その前年に富士川で、水鳥の羽音に驚いて敗走した大失態は滅亡へのプロローグだったのだろう。清盛が没した2年後、木曽義仲はこの峠で「火牛の計」という奇策を用い、自軍の倍以上の平家軍を撃破する。それは数百頭の牛の角に焚松を縛りつけ、平家軍に向けて放つというもので、虚をつかれた平家の軍勢は谷底になだれ落ち、義仲の大勝利に終わった。

 その後、一気に京都に攻め寄せ、平家一門はあわてふためきながら都落ちし、一の谷、屋島の合戦を経て、壇の浦の合戦で1185年春、滅亡する。この峠で7万の平家軍が自分たちの半分以下の敵に屈した時、滅亡への歯車はさらに大きく動いたのだ。それを思うと、この木ばかりの山中の道は重苦しく感慨深いものがあった。芭蕉は何を思いこの道を歩いたのだろう。

 芭蕉は1694年に大坂(今の大阪)で客死したが、遺言でその墓は滋賀県大津市膳所の義仲寺にある。そして木曽義仲の墓に並んで眠っているのである。この寺の草庵である無名庵に芭蕉が滞在したのは「奥の細道」の旅の後だが、この峠を越える時、芭蕉は後の因縁を感じなかったのだろうか。それとも、もうすぐ金沢だという安堵感で一杯だったのだろうか。

 麓から1時間半ほどで峠の頂上に到着。かつて平維盛が布陣した猿ケ馬場は整備され公園のようになっており、そのブナ林の中に「源平古戦場猿ケ馬場」の碑が高く立つ。少し先に2頭の火牛の像まである。このあたりはのどかな雰囲気が漂う。腰を下ろしガイドブックを取り出す。

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 この峠一帯は「加越の吉野山」と呼ばれる八重桜の名所でもあり、それは「昭和の花咲じいさん」こと高木勝己夫妻の25年にわたる努力の結果だという。1年に500本、計7000本の桜苗を植えて守り育てた。木曽義仲と昭和の花咲じいさんという取り合わせが面白かった。京都に攻め入った後のその無法な振舞いにより、同門の義経軍によって挙兵からわずか3年で滅ぼされた義仲と25年の地道な努力。その賜の7000本の桜の下に7万の平家の兵が眠る。平家一門の約20年の栄光。そういった数字的な対比や一致が不思議な縁を感じさせる。

 そういえば北海道か青森だったか忘れたか、ゴミ捨て場のような状態だった池を一人でコツコツと清掃し続けた結果、何年にもわたる努力が実り、ツルが飛来するようになったという話を聞いたことかある。桜といいツルといい、なかなか良い話だ。17年間で14回目のこの旅もあと数年で終点の岐阜県大垣に辿り着く。その時に何が待っているのか、どのような心境になるのか楽しみだ。

 長めの休憩を終え、ようやく腰を上げ出発する。桜の季節ではないのでどれがそうなのかわからないが、心なしか緑が柔かく、夏山の深い緑とは異なるようだ。まったく人に会わない、時折、車が通り過ぎていくが、ただそれだけのことだ。東北地方を歩いていた頃はよく対向車や追い越していく車のドライバー、特にトラックが手を振ったり、声をかけたりしてくれたものだ。福島、宮城、山形あたりで特にそう感じた。

 それが南下し、西に向うにつれて、ほとんどなくなったように思う。時代が変わったのかも知れないか、この旅の最大の魅力である「人」との出会いは東北地方がハイライトだったのだろう。今はひたすらゴールに向けての旅といった感じで、それか少し寂しい。終わることのない旅のように感じていたあの頃に比べ、今は確実に終盤、帰路なのだ。

 本当にクマと出会う恐怖を感じながら山道を歩いた宮城や山形、この富山でも一応クマよけに木や缶を叩いて歩きはするが緊張感はあまりない。しかし、「クマに注意」の看板がここでもあるように、人間の身勝手な生態系の破壊によりクマは里に下りるようになってきたのだ。用心するに越したことはない。

 1時間ほどでJR倶利伽羅駅を囲む小さな集落に到着。鄙びた小さな無人駅だ。勝手にホームに入ってみるが誰もいない。蝉の声しか聞こえない駅。ベンチで10分ほど横になる。そう言えば今までもいろいろな所で腰を下ろし、いろいろな所でごろりと横になった。川の堤防、海岸、山の中、無人駅。ゴールか近づくにつれ、そういう場所もなくなっていく。

 今回の旅もこの倶利伽羅峠越えの1日だけが人目の少ない道であって、残りは街または町の道なのだ。店も自販機もふんだんにある何も困ることのない、それでいて面白味のない道。山中で草をかき分け、ヒルに血を吸われた道や3時間誰にも会わなかった道、どこからか現れた2匹の犬とひと山越えた道やクマに会った道がとても懐しく思われた。倶利伽羅を過ぎると津幡、そして金沢と街から都市へと道からの風景も姿を変えていく。

 芭蕉は金沢に10日間滞在している。加賀百万石の城下町で兼六園はじめ見るべきところの多い都市だが、芭蕉の頃は兼六園も殿様だけのものであり、この名園を見たはずもない。それでは芭蕉に代わってのんびり見てやろう。奥の細道らしい旅はまた来年、今回は観光でまったりしよう。遠くにかすむ金沢の街を眺め、そんなことを企みながら山道を下っていった。

 金沢城 撮影:筆者

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 次回は、第33回「番外編「OKU NO HOSOMICHI」サイドストーリー」です。



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