2016/2/29

飛鳥橋 橋脚跡  学校紹介

 例によっていつもの1929(昭和4)年の学校周辺の地形図。

○点線で囲んだところが現在の柴島高校で、「A」が阪急京都線の飛鳥橋踏切。「B」がライフ側の大宮橋踏切。目を凝らしてよく見ると、橋と川が表現されているのがわかる。

○これも目を凝らしてよく見ると、地図の上から「国次町淡路庄」「山口町」「濱町」という町名がある。

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 現在も正門から崇禅寺駅に至るコースの途中に、写真のようなコンクリートの構造物があるが、これはどう考えても「飛鳥橋」の橋脚とちゃうかと思っている。

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