2016/7/8

『OKU NO HOSOMICHI』 第7回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜

1986 OKU NO HOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)

国語科 副島勇夫

第7回「おばあちゃんのパン〜後編(黒磯、殺生石、栃木県)」

 その日は黒磯という町に宿をとることにした。JRの駅を中心とした小さな町である。

 この辺りは黒羽、黒磯、黒田原と黒の字のつく町が多い。それが白河の関を越え福島県に入ると白坂、白石と白ばかりになる。降雪量とも関係があるのだろうか。

 駅前の小さな商店街はすぐに途切れてT字路にぶつかるとそこに小さな旅館があった。二階建て木造のその小さな宿の玄関の扉、ひび割れたガラス戸に白いペンキで「梅屋旅館」と書いてある。古ぼけた、そして安そうな宿だ。ここに決めた。

 お世話になりますと中に入ると、にこにこと七十才を越えたぐらいのおばあちゃんが出てこられた。夕食は済ませてあったので素泊まりで一泊することにした。朝食はと尋ねられたが、駅前で見たハンバーガーの店が久しぶりだったので、明日の朝はそれを食べようと決めていた。食べずに出ますと答えると、宿のおばあちゃんは食べて行けばいいのにという表情を笑顔の中に浮かべたが、そのまま奥に戻られてしまった。

 代わって出てこられたおじいちゃんが部屋まで案内して下さり、しばらく話し込んでいかれた。一人息子が大きな街でホテルを経営していること。この旅館は自分たちが、ずっと経営しており、誰も継ぐ者がいないこと。あと何年もすれば宿も畳まなければということなど、お茶を飲みながら淡々と語っておられた。部屋に鍵もなく、テレビなどもちろんないその部屋だったが、旧式の扇風機、柱時計、黒ずんだ柱の一つ一つに老夫婦の何十年という日々が感じられるようだった。

 翌朝、目覚めると6時だった。旅館の向かいに剣道場があり、子供達の朝稽古の声が聞こえていた。出発の仕度を済ませ、7時過ぎに下に降りると、おばあちゃんがもうお立ちですか尋ねられた。朝食は本当にいいのかと繰り返し言われたのだが、私の頭の中には久しぶりのハンバーガーのことがあったので遠慮した。

 おばあちゃんに礼を述べた時、そのカウンターのような所に白い紙袋が一つ置いてあった。おばあちゃんはにこにこ笑っておられる。私は玄関のガラス戸の方へ向かい、もう一度ふり返って礼を述べた。

 その時、ガラス戸から差し込む朝の光が白い紙袋を照らした。少し濡れているためか袋の中身が光で透けて見える。それは菓子パンと小さなパックの牛乳のようだった。老夫婦の朝食だろうか。それも何だか妙だ。もしかすると私の朝食では、そう思うと何とかして確かめたかったのだが、もし違っていたらと思うと切り出せない。おばあちゃんは相かわらず笑っておられる。白い紙袋はますます中身が透けて「牛乳」の赤い文字が見える。私は諦めた。本当はそこで尋ねるべきだったのかも知れないが、もう一度礼を述べその宿を出た。

 その日、私の頭の中からは白い紙袋のことが消えなかった。街に出ればいつでも食べることができるハンバーガーにこだわった自分が馬鹿だった。もしかすると、私は何よりの朝食を食べ損なったのかも知れない。そう思うといまだに悔やまれてならないのである。

 次回は、第8回「おばあちゃんのトマト〜前編(白河の関、福島県)」です。

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