2016/8/3

『OKU NO HOSOMICHI』 第9回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜

1986OKU NOHOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)

国語科 副島勇夫

第9回「おばあちゃんのトマト〜後編(白河の関福島県)」

 その日の宿泊地は10キロ先の白河の町だった。トラックばかりがビュンビュン通る山の中の道を北に向かって歩き始めた。先ほどの山の中の一本道と比べ車が通るのは心強かったが、白河の関から遠ざかるにつれ、次第に民家がなくなっていった。

 道は何度も峠を越え、次第に夏の日は夕方に移りつつあった。1軒の農家の畑からおばあちゃんが呼んだ。「トマトいらねえか。」私は自分が朝から何も食べていないことを思い出した。「頂きます。」おばあちゃんは畑からトマトを2つもぎ取って、水道の水で洗い渡してくれた。形は悪いが大きなトマトだ。かぶりつくと予想外の甘さが広がった。

 「美味しい。」私がそう言うと、おばあちゃんは大層喜んで話し始めた。私と同じ年頃の孫がいて思わず呼び止めたということだった。2つ目のトマトを食べ終え、先を急ぐ私はおばあちゃんに礼を述べた。するとおばあちゃんは私にトマトを持っていけと倉庫の中に入っていった。

 しばらくするとおばあちゃんがうんうん言いながら何かを引きずってくる。見るとトマトの詰まった段ボール箱だった。おばあちゃんは「持ってけ」と言う。心の中では「おばあちゃん、こんなに持って歩けまへんがな。」とツッコミを入れながらも、そこは大人なので、にっこり笑って箱からトマトを4、5個取り出し、2つを手に持ち残りをデイパックにしまった。おばあちゃんに見送られるのは、県境のおばあちゃんに次いで今日2度目だった。

 手にしたトマトを食べながら山道を歩いた。しまってあった分も食べ、残り1つになった時、このトマトを食べてしまうのが惜しくなった。しばらく手に持ち歩いていたが大阪まで持って帰る名案は浮かばなかった。そこでガードレールの支柱の上にトマトを置き、ウエストポーチから油性マジックを出すとそこに落書き(?)をし、写真を撮った。

 真剣な顔でトマトを撮影する私を、通り過ぎる車のドライバー達は何と思っただろうか。あれから29年、あのガードレールの落書きはもう消えてしまっただろうか。

「TOMATO1987・8・4 福島・白河の関付近にて」

次回は第10回「本当の空の町、安達ケ原の鬼姿、喋る電話ボックス」(二本松、安達太良 福島県)の3本立てです。


 白河関の入口

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