私の幼少時の話しをすると、
多くの人は波瀾万丈の人生ですね、と言う。
当の本人の私は、「あら?そうかしら?」と思う。
私の長女でさえ、「私の母は、苦労の多い人生を過ごして来た」
と、言う位だから、赤の他人の方々には特に、
そういう風に思われるのかもしれない。
だが、私の風貌からは、そんな事、微塵も伺い知る事は
出来ないそうである。
ある人は、
「なっんにも苦労しないで、ここまで大切に育てられて、
お嬢様で来たのか、とお話するまではそういう風に見えた」
と言われた事がある。
「でも、話したら、大阪の人って感じだし、それでも、
せいぜい大阪の下町で育ったのかな、って思う位だった」と
言われた。
もちろん、今は我が侭一杯、『私を中心に世界は回ってます』
とばかりに、家庭生活を切り盛りしているので、
そういう風に見えるのかもしれないが、
いえいえ、私の過去にはまるで手垢にまみれた人生の苦労の
縮図のような出来事も数々刻まれている。
もちろん、私の選択のしようもなく訪れた苦労もあるが、
自分自らそこへ足を運んで蒙った苦労の方が、
断然断然その数は多い。
無駄な事の、恥ずかしい事の多い人生である。
だけれど、私はそれをしなければ、今の自分には到達しなかった、
と、そういう風に、今になってみて思ったりもするのだ。
その私の過去を知る人の中には、
その過去からのみ未だに私をジャッジする人もいる。
それを、私は知らないフリをしながらも、
もの凄ーく強烈に感じたりする。
そういう人は哀しい人なんだな、と思う。
あなたは、じゃあ30年前からちっとも変わっていないのね、と
そんな風に心の中で皮肉に思ったりもする。
父親が死んだ時も、多分、見た目で立ち直りが早かったのは、
一番私だと思う。私はそういう風に出来ているのだ。
父親が死んでも、従兄弟達が集まってくれるのは嬉しかったし、
カメラを向けられると、笑わずにいられなかった。
そんな私を「バカだ」という肉親もいた。
今でも、心の中に傷となって残っている。
一人で父親の写真を見ながら、「何で死んだん?」と
何度も何度も何日も何日も泣いた事をその人は知らない。
私の見た目で、私は時々アホみたいに扱われる。
何を言っても、文句一つ返せない様に見えるし、
何の苦労もせずにやって来た様に見えるし、
私の過去は確かに、アホ三昧で成績も芳しくなかったからだ。
だが、そう見えるからと言って、
『私は苦労しました』という風に顔に出すべきなのか。
『不幸のどん底にいます』という風に顔に出すべきだったのか。
私は私で良い、と今は思う。
「出して下さい」と言ったって、誰が出すか、と思う。
私は子供の時、それ程自分が大切だとは思わなかった。
自分に色々な可能性があるとも思わなかった。
また、自分が誰かから愛されているとも思わなかった。
それ故の失敗選択もあったなぁ、と今は思える。
だから、今はその時の分も含めて、自分を大切にしたいな、と
心から思う。自分で自分を愛したいな、と思う。
ならば、苦労の皺刻まれた自分よりも、
「たららぁ〜、そんな事もぉ〜、あったかしぃらねぇ〜」と
知らん顔して前向きに生きて行く自分の方が良いと思うし、
好きだな、と思う。
だから、他人からどう思われたって、絶対に顔に出すかぁっ!
と、思うのだ。
アホやと思う人はアホやと思いよし。
結構、結構。大いに結構。
私の思うツボなのだ。

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