やって来ました、とうとうまたこの季節。
春と秋の年2回。
それは、ケイたろとぶしゅぶしゅの歯の定期検診の日。
さて、こちらをずっとお読み頂いている方々には記憶に
まだ残っているとは思われるのですが、
うちのぶしゅぶしゅにとって、
歯医者は天敵の一つである。
昨日の朝、子供達を起こした時、
「今日は歯医者さんの日だからね。
学校からそのまんま行くから、覚えておいてね」と言ったら、
ぶしゅぶしゅがただでさえどす黒い顔色を更に土気色にして、
布団に突っ伏してしまった。
「ええ〜〜〜、ぶしゅぶしゅ、あそこ嫌いー」
・・・そらそうだろうがよ。
そら、あんたの立場であそこが好きなんて言うたら、
お母ちゃん、その丸い頭に飛び蹴り喰らわせてんで。
と、言うのも、過去2回、彼女は定期検診の度に大きな虫歯を
作っている所を発見され、その治療費に莫大なお金を
かけてきたのである。
(根性のある人は過去ログから探して読んでね?)
最初の一度目で、ケイたろはチック症状が出る程に
その治療費の高額さに驚いて、以降、歯磨きに余念なかったが、
ぶしゅぶしゅの呑気な性格は、喉元過ぎればなんとやら、で、
治療も終わり、支払いも終ったら、直ぐ様糸をしない
生活へ逆戻りをしてしまっていた。
よって、二度目の検診でも
「糸さえしていれば防げた筈!」とドクターを言わしめた
虫歯を作ってしまい、またもやアホみたいな金額を
あの丸顔ぶしゅっこに支払わねばならなかったのだ。
もう、うちはぶしゅっこの虫歯治療と引っ越しで
破産寸前、ってな感じであった。
だから、私はその請求書をぶしゅっこの鼻先に突き付けて、
説教をした位である。
そんなこんなな経緯があったので、あの子供は歯医者へ
行くとなると、途端に自信がなくなってしまうのである。
「きちんと毎晩磨いていたら、虫歯になんかならへんよ」
「ええー、でも、ぶしゅぶしゅ、ちゃんと磨いてるよ」
「ほんだら、心配せんでも大丈夫やろが」
「ううーん・・・」
学校へ子供を迎えに行くと、すっかりぶしゅぶしゅは
歯医者さんの事は忘れていた様だ。
ケイたろも拾って、
「さぁ、今から歯医者へ行くよ」と言うと、
ぶしゅぶしゅは
「ええっ!?」と衝撃を受けた様な顔をした。
「朝、言うたでしょ?」
「うう〜ん、でも、ぶしゅぶしゅ忘れてたからさぁ〜」
・・・だからどないやっちゅうねん。
私はそんなぶしゅぶしゅの戯言にはそれ以上耳を貸さず、
どんどん車を運転して歯医者へと向かった。
ぶしゅぶしゅの悲しい事には、歯医者は学校から
もの凄く近い事だった。
彼女の心の準備が出来上がる前に、私達は歯医者さんの
扉の前に立つ事となる。
アメリカでは歯医者も小児科と普通とで分かれており、
私の行っている歯医者さんは、14歳になるまで子供を
診てはくれない。だから、子供達の下二人は小児歯科へ
行く事になるのだが、そういう訳だから、待合室も子供が
喜ぶ様に色々と工夫がされていて、ゲーム機があったり、
大きなブラズマテレビには毎度毎度子供向けの映画や
アニメが延々と流れているのである。
だが、我が息子、娘は、今から運命の判定を受けるかの如く、
緊張を体から漲らせて、ゲーム機に近寄るどころか、
待合室のどこからでも観られる映画やアニメでさえ
観ようともしない。ただただ不安げに診察室へのドアを
見続け、体を凝固させているのである。
そんな二人を見ていると、
私の子供の頃とは随分違うなぁ、と思ってしまう。
私が子供の頃なんて、痛さや怖さの為に凝固していたが、
この子達は、痛みや怖さの為ではなく、
自分が「はい、虫歯ーーーーー!」と宣告を受けた時の
治療費の高額さに打ち震えているのである。
特に、締まり屋の次男に至っては、あの高額さは精神的にも
打撃を与えたに違いなく、その後、誰も何も言わなくとも、
潔癖性かお前は!とツッコミを入れたくなる程に
歯磨きに精魂を傾ける男に変身した事がそれを物語っている。
やがて、子供達の名前が呼ばれて、二人は治療室の中へと
消えて行った。私は一緒には入らない。
待合室で雑誌を読みながら、二人を待った。
程なくして、ぶしゅぶしゅが出て来た。
顔色は未だ土気色のままだ。
「どうだった?先生、虫歯があるよって言った?」と
聞くと、「何も言ってなかったよぉー」と言う。
「ほんまかいな?」
「うん。ぶしゅぶしゅには何も言わなかったよぉー」
しかし、これで安心は出来ないのを、私以上に知っているのが
ぶしゅぶしゅ本人である。前回も前々回も、ドクターは
子供には何も言わず、私を呼んでから盛大に
虫歯の有る無しを発表したからである。
その内にケイたろが出て来て、
「ママ、先生が呼んでるよぉー」と言う。
ではでは・・・、と3人でまた治療室へと戻る。
二人の顔がさっきよりも更に数段緊張している。
先生はニコニコと私の方へ近寄って来た。
満面の笑みとはこの事を言うのであろう、という笑顔である。
だが、騙されてはいけない。
ここの先生は親子で小児歯科をやっているのだが、
親子揃って笑顔できっつい宣告を下すので有名なのだ。
今日は息子の方の先生である。
「それでは先ず、お兄ちゃんの方からだけど・・・」
レントゲン写真を見せながら、
「虫歯はありませんでしたーーー!
イエイーーー!よくやったねぇー、ケイたろくーん〜」
みるみる顔色が戻るケイたろである。
その隣で、面白くなさそうに、ぶしゅぶしゅがどす黒い顔で
立ちすくんでいる。
「ケイたろ君、もう乳歯が完全になくなりましたね。
永久歯だけです。虫歯作んない様に、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
ここまでは、まぁ、私的には想定内の事である。
いよいよマルッコぶしゅっこの番である。
「ええ〜と、それから、ぶしゅこちゃんなんだけど・・・」
うう〜む、この間がやだなぁ。
ぶしゅぶしゅも緊張の面持ちである。
「あれ?カルテがないなぁ、どこ行ったかなぁ。
ねぇ、ちょっと、ぶしゅこちゃんのカルテどこ〜?」
せ、せ、先生。めっちゃごっつい演出やぁ〜。
「ああ!あった、あった!
ええとね、ぶしゅこちゃんは・・・」
どんどこどこどこどこ・・・・・・・・・・
ああ、胸の内で太鼓がなるよぉ〜、
ぶしゅぶしゅは下唇を噛み締めて、
その部分だけが白くなる程である。
「はい!ぶしゅこちゃんも今回は虫歯なしーーー!
イエイーーー!!!やったーーーーー!」
ハァ、ハァ、ハァ・・・せ、せ、先生、間、持たせ過ぎ。
「やったーーー!ついに虫歯なしか!」と、
私が思わず言うと、先生も「本当、本当!ついに!だよね!」
とぶしゅぶしゅの頭をなでてくれた。
ぶしゅぶしゅのどす黒い顔にも赤みがさし、
今までこの歯医者では見せた事のない満面の笑みを称えている。
「ですがね、お母さん、ちょっと気になる歯もあるんです」
先生はそう言うと、ぶしゅぶしゅに向かって、
「はい、開けてーーー」と日本語で言った。
だが、「開けてーーー」は「開かてーーー」に聞こえる。
しかし、絶好調に戻ったぶしゅぶしゅは元気よく口を開けた。
「ほら、こことここね。ちょっと経過観察がいる歯が
あるんです。これって、酸によってこうなるんですけど、
胸焼けを起こす様な食べ物とか炭酸系のジュースを
やめてもらって、しばらく様子を見ましょうね」
「はいっ!ありがとうございましたっ!」
まるで体育会系の様に、大声でガッツ溢れる挨拶をして
歯医者さんを後にした私達であった。
治療室から待合室に出ると、ケイたろがすかさず言った。
「ねぇ、ママ、今日で幾ら位かかったん?」
「今日はぶしゅぶしゅが虫歯なかったから、
保険が全部払ってくれるん。そやからタダや!」
ケイたろ、みるからに嬉しそうである。
ぶしゅぶしゅが言う。
「ねぇねぇ、ママ、ぶしゅぶしゅはジュース飲めないの?」
「うん。飲まれへんで」
「ええーーー」
すると、すかさずケイたろが言う。
「ぶしゅぶしゅ、それ位我慢しろよ。
あんなに何千ドルも虫歯にお金かかる事思ったら、
牛乳を飲んだらおしまいなんだから」
「ええーーー、でも、ランチどうするの?」
「これからは牛乳を持って行くんだよ、イッヒッヒッヒ」
「ええーーー」
この子供はなかなか学ばない。
今虫歯が無いからと言って、次の半年後に無いとは限らない。
これからも、もっともっと歯を磨いて貰わねばならんのだ。
「歯を磨く」と言う事は、心臓が音を刻むと同じに、
生きてる限り、終る事のない作業の一つなのだよ。
「ジュースくらい、我慢せえっ!
あんた、忘れたらあかんで。あんたは働く様になったら、
ママとダディに3000ドル位、歯医者治療代を
支払わなあかんねんからな。
これ以上、借金を増やしたくないやろ〜?」
ぶしゅぶしゅの丸い顔がむくれて更に丸くなる。
外はそろそろ陽が傾き始めて、空の色が黄色くなっている。
そこをラグーンからの風がビュウビュウと吹き渡る。
ぶしゅぶしゅは話題を変えて、車に乗った。
「あのさぁ〜、最後にさぁ〜、クチュクチュさせられたのの
味、ケイたろは何にしたぁ〜・・・」
ケイたろはそんなぶしゅぶしゅの問いには答えず、
「開かてーーーーー」と先生をミミックした。
黄色い空に「開かてーーーーー」が飛び跳ねる。
ぶしゅぶしゅもついには、ゲラゲラと笑うのであった。
はぁーーー、何はともあれ、
今回だけは、めでたし,めでたし・・・!!!

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