今朝は早くから準備をして、果物狩りに行って来た。
お目当てはレーニエ・チェリー。
ついでにビング種のチェリーも狩って来よう。
果樹園が群れるようにある町は、
我が家から高速道路を幾つか乗り継いでも、
たったの3、40分の所にあった。
そのたった30分の距離は、風景をワイオミングの
80号線に変える。私にとっては、本当に退屈な眺めである。
子供にとっては、もっと退屈極まりに違いなく、
携帯のゲーム機で一心不乱にゲームをしている。
さくらんぼは木で熟した物だから、とても美味しかった。
それを安いのにかまけて合計で8パウンドも収穫して来た。
果樹園に入る前に、大抵の場合が名前と住所を書いて
サイン・インしないといけない仕組みになっている。
低い所にある果樹はもうほとんど取られてしまった後なので、
高い所の物を脚立を使って収穫しなければならず、
なんとなく事故と隣り合わせな感じがなくもなく、
また、広い果樹園内で怪我なんかされても、
果樹園側が責任を取れる筈もなく、
そこらへんの所在をはっきりさせておく為に違いない。
2つ目の果樹園に入る時、受付には年取って太ったおばさんと
細くて若く、髪と目の色が黒くて肌の色が白い女の子の二人が
番をしていた。私が自分の名前や住所を書いている間に、
しかし、その若い女の子の方がもう一人別の太ったおばさんと
交代してしまった。
その交代の時、中年をはるかに過ぎた二人の女性は、
その若い女の子を代わる代わるハグして、
口々に「今晩は楽しんで来るのよ」と言った。
「早く帰って用意しなきゃ、ね?」
私はそんな短いやりとりを聞きながら、
思わずその女の子の生活を想像せずにはいられなかった。
今晩、その女の子はどこへ行くのだろうか?
今から準備して、一体どこへ行くのだろうか?
映画?17マイル先の町に出て、誰かとディナーでも
食べるのだろうか?それとも、ダンス?
時は学期末、プロム・ダンスがあるのだろうか?
彼氏が迎えに来るのかな?
それから、私はそこから見える通りを見渡して、
その町のあまりにも退屈な有様に溜息が出た。
見えるのは、桃畑にさくらんぼ畑。
トマトの広い畑の隣に苺の畝が整然と続く。
誰も彼も、町の人間と思しき人達は、
ユタの私の住んでいた町の西側に住んでいた人達を
彷彿とさせるウエスタンな出立ちである。
私達の今住んでいる町からたったの30分、
サンフランシスコからでさえほんの1時間、
しかし、彼女がこの夕方からボーイフレンドと
その都会町へ食事に出かけるとは到底思えず、
私はなんだか不思議な気持ちになってしまうのだ。
元々、都会生まれでベッドタウンのごちゃごちゃで
育った私は、本当の田舎生活を知らない。
まるで何かの真似事の様にユタでその触りを体験したが、
今にして思えば、その通算5年半は「生きていた」という
実感がほぼない。
トトロの様な、原風景に憧れはするが、
私は到底そこには住めないのである。
何故なら、ネオンがないのに我慢が出来ても、
空を行く飛行機の低い海鳴りのような音がなければ、
夜の道路を彩るポツポツとした白やオレンジの光の粒が
なければ、私はもう安心して寝られない気持ちになるのだ。
「今晩、楽しんで来るのよ」
二度目に二人目のおばさんが言った時、
私はとても他人事とは思えないつまらない気持ちになった。
私は42歳で、サンフランシスコ近郊の町に住んでいて、
真夜中の1時半に飛行機の音が聞こえて、
何時になっても光のツブツブがどこまでも見える所に
住んでいて、毎日が退屈でなくって、
本当に良かった・・・、と思ったのだった。
瞬間、「大きなお世話よね」と思う自分もいたけれど、
だけど、本当にそう思ったのだ。
田舎の光のない暗闇の空一杯に、
まるで万華鏡をぶちまけた様に星が広がるのも
良いのかもしれないが、
私は、地上のアスファルトの上に居て、
東京の群青色の夜空に高層ビルの光の粒が
どこまでも昇る様に光るのを見る方が余程ワクワクする。
大阪の道頓堀のネオンに、
法善寺横町のお店の黄色い灯りに、
私の胸はワクワクする。
さくらんぼはとても美味しい物だけれど、
私はここに1年に一度、遊びに来るだけでいいな、と
つくづく思ったのであった。
レッドウイングブラックバードが、
そんなどうでも良い他人事に考えを巡らす私を嘲笑うかの様に、
ツイーーッと飛んで行った。
いかにも、どこまでも、のどかな午後である。
「早く帰って、飛行機を見よう」
そう思うだけで、私の胸はワクワクしたよ。

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