Edward Kennedyが亡くなった。
とうとう、Rose Kennedyが生んだ子供は、これで
全員天国でreunionなのかな?
それで、テレビでTed Kennedyのメモリアルがやっていて、
甥っ子が話していたので、思わず聞き入ってしまった。
多分、白髪になっている彼自身の若い頃の話しだったと
思うのだが、そこに登場するTedの話しには、
何の縁も所縁もない私とて、涙を流してしまった。
彼は叔父の事を
「絶対に諦めない人だった」と言った。
そして、
「たゆまず自分の関心と愛を注ぐ人」でもあった、と言った。
その話しを聞いていて、
私は先日読んだNewsweekのEdward Kennedyの記事を思い出した。
その記事の内容に関して、私は私の思う所があったけれど、
だが、その記事から感じたTedその人自身の人となりは、
まさしくその甥が表現したTedに他ならなかった。
だから、涙が出たのかもしれない。
私達は、あまりにも金銭的に感覚の違う人と話しをする時に、
「あなたの様に恵まれた人に何わかる?」という思いを
時々胸の中に抱いたりする。
そして、そういう人とは相容れないな、と結論したりもする。
経済的に不安を抱える人の事はそういう人が一番わかっている。
Newsweekの記事もそういう感覚を私に与えた。
もっと先に改革し、改善しなければいけない事が
他にあるのではないか、と考えた。
だから、Ted Kennedyは片手落ちなのではないか、とも思った。
「本当にお金のない人の事を理解はしていないな」と思った。
だけれど、Tedがそういう境遇に生まれたのは、
決して彼のせいではない。
彼は、彼の立場の中で一生懸命に弱者に対して考えていた、
という事実は否めはしない。
それが大切なのだ、と思った。
裕福な家庭に生まれた多くの人は、Ted Kennedyの様には
考えもしなかったのだから、それは本当に凄い事だ。
色々と若い時にはあったかもしれないが、
それでも、時と共に成長して行った彼の人生は、
素晴らしいものであったと思うし、
また、私達人間の全てが優劣無しに学べる事が沢山あった。
一人の人が出来る事には限りがある。
彼の様に、また彼以上に裕福であっとしても、
全てを網羅する事は難しい。
ならば、出来る事を思いつく限りやる事が肝心なのではないか。
それは、小さな事かもしれない。
例えば、困っている知人にお見舞いの電話をかける、
もしくは、気にかけている事を伝える、
そんな些細な事さえ出来ない人は、
私を含めてとても多い。
でも、Ted Kennedyはそんな事を出来た人だったのだ。
それ故に、あの記事を、今際の際に書けたのではないだろうか。
今頃は、懐かしい家族と再会を果たしているのかしら。
心より、ご冥福を祈ります。

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