2005/4/8

黎明期のジェット飛行機の巻  プラモデル

★猫が洞が飛行機の中でひかれるのは黎明期のジェット機(ドイツ)です。今では飛行機の動力としてはジェットが実際に実用となって使われだしたのは第二次世界大戦の中〜終盤において。研究の萌芽は1910年にまでさかのぼり理論の完成を下敷きにして研究試作自体は1930年代から英独米が開始、そして日本もドイツからの資料を得て第二次大戦中には国産ジェットエンジンの実用化に成功しています。結構初期のジェットエンジンを搭載した機体というのはゲテモノ趣味のものが多く猫が洞的にはその飛行機の秘められた性能以外にも際立つ個性にひかれるのです。(^^)

■世界最初のジェット機 ハインケルHe178 V1
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■第二次大戦半ばから終戦にかけて独では多様なジェット戦闘機/爆撃機が設計または製造されました。

プロペラ機で600~700km/hの時代に800km/h~1000km/hの戦闘機が存在したのです。まさに超兵器です。またスタイルもプロペラがない分自由なデザインを試みる事が出来てエンジンを背中に背負ったものや両翼につり下げたもの、そのために偶然 後退翼を(高速の飛行機に便利)持って思わぬ高性能を発揮したものなどSFメカに通じるデザインのものもたくさん現れました。中には薬液の化学反応を利用したロケットエンジンを装備したものまで出現しまさに何でもありの状態でした。
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ようやく実用化した頃には戦争の行方はせめてくる敵(連合国)に防戦一方で生産工場ごと敵に占領される等して実際の働きはうまく行きませんでした。占領した連合国側にもジェット機組み立て工場から得たエンジンの新技術がだんだん広まって行きます。ところで レーマーゲン鉄橋の奪回戦(映画 遠すぎた橋の実話)でもアラドAr234ブリッツ(電光)等のジェット機が橋の破壊に参加しています。
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▲画像は現代の巡航ミサイルの元祖と米B-2爆撃機のような無尾翼形式の飛行機の いわゆるご先祖。(Hawk社V-1飛行爆弾、パイオニア2社 Go229)
英国はまさにV-1飛行爆弾とV-2ロケットの両方の攻撃を受けました。
V-1飛行爆弾は高速な戦闘機による対処が可能で箱絵はまさにスピッとファイアによる迎撃の模様です。
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■日本でも欧米に遅れながらもジェットは噴進ロケットの名前で基礎研究がされていました。そこに潜水艦でドイツからMe262やMe163といったジェット機ロケット機の資料がもたらされ開発は加速する事となります。結果 終戦までに橘花(ジェット)や秋水(ロケット)と行った機体がつくられました。戦争という非常時の中で技術者達が本当に短い時間で設計から試験飛行までこなしてしまった事実は日本人として誇れる事だと思います。
ロケット機の秋水についってはDVDがでておりまして涙なくしては見られません。まさにプロジェクトX です。↓
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秋水と橘花の模型それぞれ。初飛行に成功はしたものの終戦により開発が頓挫。戦後 米国に送られ今も保存されています。秋水が日本に里帰りしたときに猫が洞も見に行きました。
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