2005/4/10

Mig25事件の残したものの巻  プラモデル

★函館に”着陸”したMig25ベレンコ機ですが結局米軍技術部隊(通称ミグ屋)と自衛隊の手によって分解調査の上その年のうちにソ連の貨物船に積まれて祖国に帰って行きました。パイロットのベレンコさんはアメリカに亡命がかないました。残された日本政府はといいますと防空体制の強化充実に大騒ぎ。結局レーダー背中に積んで空を飛ぶ早期警戒機のE-2c導入とかF4EJファントムに替わって米国の最新鋭機F15イーグルを奢る事になりました。画像は翼端の形状が違う試作型のF15イーグルと後にプラモの金型自体が修正され発売された量産型F15イーグル。
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■量産型F15の箱
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■試作型F15の箱
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2005/4/10

突如 昭和51年9月6日の函館の巻  プラモデル

★あのさ〜きのう ソ連の飛行機ミグが函館に着陸したんだって!(え〜ほんとほんと????)でさータイヤがパンクして車輪カバーが飛んでさー、そいで空港の係の人が飛行機に近寄ったら威嚇射撃で空に向かって腰の拳銃でパンて撃ったんだ!うん そいで驚いて...(棚尾小学校の昭和51年9月7日の朝、ある児童の会話)
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あったですよねぇ。(うんうん)あれから30年も経ってしまいました。当時テレビで流れるニュースにはブルーの戦闘機がシートをかけられ映し出されていました。(もっともこの時ブルーにみえたのは空のブルーが機体に映っていたらしいけど)赤い★がピンと張った二枚の垂直尾翼にありました。その後 我が社が一番だ!という新聞見出しで 飛行機のハセガワから 緊急発売(だとおもう)されたMig25模型の写真が紙面をにぎやかしました。
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■この事件についてはこの歳になってから妙に当時の大人達の慌てぶりと言うか知りたくて気になって古本等を探したい欲求が高まってます。当時の報道フィルムも何とかデジタルデータ方式で手に入れたいんだけれども 極たまに 昭和を紹介するニュースの中で”空色のミグ”をちらっと見るのだけれど...Mig25に乗れるぞ〜 高度25,000m マッハ2.4!!!スーパージェッターの流星号には及ばないが(マッハ15は無理無理)本物に乗れまっせ!
希望者は後で職員室まできなさい!(笑)猫が洞は全く責任は取りませんよ。

http://www.ctn-japan.com/Tracon/Sky/mig25.htm
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