2018/10/26
株式会社タカハシ 空ビ人形 ウルトラマン プラモデル

▲ 「ウルトラマン」当時もの 空ビ人形を買って見ました。

▲今回は このタグにグッと、当時の印紙が綺麗に残っている。

▲株式会社 タカハシ とある。てっきりタカトクかと思ったら違う。

▲空気を吹き込むのに さすがに直接口をつけるのは抵抗があったのでコンビニでもらったストロー(プラスチック)で膨らまして見ました。

▲ちゃんと膨らみました。膨らましてストレスを与えても と考えこの程度の膨らみ具合にしてます。

▲胸張って ヒーローポーズ ネロンガの 高圧電流攻撃を余裕で受けてるシーンを思い出します。
▼過去記事はこちら。
「ウルトラマン 空ビ」プラモコレクターの憂鬱(猫が洞の第二格納庫Autopage版 改題)
2018/10/18
5円引きの怪獣ブロマイド プラモデル

▲幼い頃 近所には駄菓子屋があって小学校に上がる前によく5円引きの怪獣ブロマイド引いてアルバムに貼って集めていました。
もう50年前の話だ。
「ウルトラマン」のこの辺りはアルバムに貼っていた記憶がある、そのアルバム 実は近年まで残していたが破損と落書きがひどく断捨離してしまった、それほど酷いコンデイションだった。

▲この辺りは 近所のお兄さんが持ってた怪獣カードの部類になる。「ウルトラQ」人工着色が子供心にこっちの方が値打ちがあると感じていた。ケムール人の異様さ と ペギラ・パゴス・ゴーガーの呑気さ 猫顔の トドラ
幼いころの刷り込みが50年経っても 誤った行動を取らせる。
たちの悪い 絶版プラモコレクト という趣味だ、憂鬱だわ。

▲言われて見たら 色味 が違いますね。
2018/10/12
マルサンカラーで初めてプラモに色塗りました。(当時) プラモデル

▲マルサンカラーの箱が気に入ったので買いました。
イラストの梅皿が素敵。年上のお兄さんの部屋にありそう。
プラモ専用用品も出てない当時は 塗料の濃度を調節するのにも梅皿を使ったのですな。

猫が洞が初めてプラモデルに色を塗ったのは 多分 マルサンから発売されていたプラカラーだと思う。戦艦大和の喫水線下の赤を塗りたかったのだが発色が悪かったので塗り重ねに塗り重ねそれこそナイフで削ることが出来るぐらい厚塗りしてしまった。エナメル?系に強い匂いがしたがマルサンカラーの匂いを知ってるみなさん、実際にはどうだろうか?
もちろん 昭和50年代にはマルサンは消滅していたのだが売れ残りを模型店の隅で見つけたのであった。
10年前にはまだマルサン怪獣が売られていたのだ。たった10年前なのに

▲こちらは 「海洋堂クロニクル」から 中国の工場でフィギュアに筆塗りする工員さんの写真。
六本の筆を使って彩色する女子工員。中国ですから 流石に梅皿は使ってない。
2018/10/10
バンダイ・モノグラム フェアチャイルドA-10 プラモデル

▲三連休中 暇にあかせて 「特にいらないもの」ばかり入札していましたが その品物が届き始めました。

▲フェアチャイルドA-10 これ 当時のホビージャパンでも作例が紹介されてて
モノグラムとは思えない出来の悪いキットで特に段差がひどいと酷評されていたのが印象的でした。
しかしA-10のそのエンジン配置やスタイルから 未来を感じたものだった。

中身はモノグラムの本国版と当然 同じ金型

▲しかし同封されたミニカタログが雄弁に当時を語る。B-52爆撃機 1/72 は圧倒的な大きさだった。多分当時をして世界最大のプラモデルではなかったか?

▲この辺りは買わなかったな

▲F-82 ツインムスタング 発売をまだかまだかと待っていたが’ とうとうバンダイ・モノグラムでは発売されなかった。改造すればP-51Hにできたかもしれないのだから 当時は本当に期待して待っていたもんだ。

▲世界の戦闘機 あまりこの辺りは興味がなかった。

▲F-15とかF-14は あまり見ないなあ。F-14は 多分 オーロラの金型を完成させてモノグラムが発売したんだと勝手に思っている。実際当時 組み立てたが 形状が野暮ったかった、多分 実機は完成していなくてモックアップを参考に設計されたんだろな?F-15は翼端が量産型の形状になっている。

▲Mig15 付属のパイロットフィギュアの彫刻が秀逸とホビージャパンのライターが記事にしていたのできっとそうなんだろう。

▲ドルニエDo335 1/48 変態機愛 炸裂のプラモ。模型屋で モノグラムのカタログを穴のあくほど見つめて 店主に仕入れてくれるように懇願した。だから当時 店番のオカミさんからは「ドルニエの子」と呼ばれていた。国内流通の問屋にはあるはずもなくどうやらモデラーから一個分けてもらったものがおかげで一個だけ店に入荷した。
いざ入荷したものの\1 ,800 が出せず ある日 店に行ったら 目の前で同年代の子供に買われていった。Do335以外にも複数買っていたその少年のプラモチョイスからいまでいう”コレクターだったに違いない”と思う。その後 こうしてバンダイのカタログに載ることになるがバンダイ ・モノグラムではとうとうDo335は発売されなかった。
78年新製品ガイドとあるから上記のように語った思い出は1977年のいつかだろう。その10年前は1967年だ。問屋にはまだ売れ残りとしてマルサン、ミドリ、イマイのプラモデルがザクザクあったのだろう。ああ何もかもみな懐かしい。
2018/10/4
DAICON III 女の子(海洋堂) プラモデル

▲ あったあった 見つけました、まさかの海洋堂製。



▲海洋堂は嫌いだけれど この本は別。いまだにまともにページが開けられないのです、あの頃の記憶が蘇り
正気ではいられなくなるからです。(いい意味で)

▲これですわ

▲「海洋堂製のパワードスーツと戦わせる」ことを前提に造形されており

▲これができるんだわ〜
さて 肝心の海洋堂製のパワードスーツは持っていたっけ 確か断捨離してしまったと思うが 一個や二個はまだ残っているだろう。しかし衣類ボックスに収納してしまってひろげる場所がないので 多分 永遠にパワードスーツとの組み合わせはないだろうなあ。家族が出ていけば寝室とタンス部屋を潰してコレクションのスペース作るんだけどな。