テレビが映ってる!  家族

既に46インチの地デジ対応の大型テレビがある名誉會長夫妻宅、7/24の正午前から會長部屋にあるブラウン管のアナログテレビの前で歴史的瞬間を二人チョコンと並んで待っていたらしい。


ところが、12時の時報が鳴っても、見れる 見れる!
「あら〜??」

地デジのチューナーをつけたわけでもないし。

見れなくなるのがわかってる。
いつもの口癖で「あと何年生きれるかわからないから...」
だから買った。
32インチの地デジ対応のテレビは明後日来る。
金は払ってない。

慌てて、何日後かに我が家に電話を掛けてきました。

「テレビが見えなくなった!!!」
     ではなく

「テレビがまだ見れるのよ!!
  32インチ、キャンセルしようと思ってるの!」


地域のCATV会社が回線工事済みの集合住宅に、非契約でも無料で2015年3月までデジアナ変換というサービスをしていたそうです。

そんな事、知らなかったよね〜 名誉會長。

結局、キャンセルしてしまったらしいです。。。
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旧友からの電話  

新潟のS條から昨日の昼、オニギリ食べてたら、携帯に。
何でも仕事で東松山に来ていて、新潟にトンボ帰りしてる最中だと。

昔を思い出した。
團の練習で二人一組でやる柔軟体操や、ハードな練習はいつもS條と組んでた。S條は新潟県S市の出身で、講道館のそばの学生寮に大學時代、いた。

その學生寮は戦前、戦時中は病院だったらしく、幽霊が相当出没していた。ワシも10回以上は泊めてもらったけど、見えなかった、大丈夫。

よくS條と下級生時代、歌舞伎町とかで遊んだなぁ。DX劇場(??)のステージに交代で上がった時もあった。S條は当たりだったけど、ワシの時は急にBGMが民謡に変わって...(後はご想像にお任せします)いつも「嗚呼!花の應援團」に出てくる世界だった。。。。

また来週来るので、今度は泊りで飲めるかなっていう話でしたが、とても今の労働状況では、公休日前じゃない限り不可能。ごめんな、S條。

S條が社会人になってからは、新潟を案内してくれた。
実家の牛も紹介してくれたし、寺泊、弥彦山、古町の夜。

所沢の実家や、舟渡の祖母のところで、ほんの少し世話してあげただけなのに。


また会おう!
お互いの両親の健在に喜び、通話終了のボタンを押しました。
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地震速報機が鳴った!  家族

今朝、3時50分頃、階下で大音響で1分間、鳴ってました。
小尼がテレビつけっ放しでソファで寝てるのかと思った。

本当にすぐに地震がありました。恐かった〜。
嗚呼、これはヤバイなと思いましたが、津波が無くて良かった。

そのまま1時間位、考え事をしてから、ウォーキング&ジョギングに出動しました。

名誉會長宅にも地震速報機を寄贈し、設置までしたんですが、何も言ってこない事をみると、電源を切ってるな?
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タグ: 地震速報機




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