2007/12/1

集落  

安倍川上流に所在する集落で、戸数30軒程の小さな村で文政12年(1829年)に
現在地に移住したと伝えられている。
それ以前には、この村より1.5キロ程遡った場所に日陰沢金山の金鉱跡が残っているが、
そこに住んでいたようだ。 山を背にして日当たりが悪く、又土地も狭く住みにくかった
ので、現在地に移り住んだ。
現在地は大谷崩がくずれた時に土砂が押し流されて出来た島ゆえに新田となずけられた。
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