「ダイビングしなくてもいいから、
ペリリュー島に行きたい!」
と言ったのはイノーヴのパートナー。
ペリリュー島? パラオでダイビングより興味深い島?
どれどれ…とガイドブックを見て
納得。
何を隠そう
(いや、もう既にココで暴露しちゃってますが)、イノーヴのパートナーはオタクです(以下、面倒なのでヲタ夫と称します)。
模型好きが高じて軍事(兵器)ヲタになったとのことで、部屋には飛行機や戦車のプラモデルの箱が山と詰まれています。リビングには作りかけのプラモとともに『アーマーモデリング4月号』(←“ミリタリーモデラーの専門誌”と書いてある。いやぁ、まったく、どんな分野にも専門誌ってあるんですね…)『日本海軍航空隊のエース1937−1945』なんて本が普通に散らばってます。
沖縄やサイパンなど太平洋の多くの島々と同じように、パラオにも太平洋戦争の傷跡が今なお残っています。なかでも南部のペリリュー島は激戦地となった島。ヲタ夫はその島に行きたいと言うのでした。
宿のあるマラカル島からボートで1時間ちょっとのペリリュー島には、数多くの戦跡が残されていました。
←ヲタ夫
ボートで飛ばす。
つかまっていないと振り落とされそうなすごいスピード。
が、イノーヴはかなり楽しかった。隠れスピード狂?

「あんたがガイドかい?」とツッコミたくなる勢いで、身振りを交えて熱心に解説するヲタ夫。イノーヴは「ふーん」「へぇ…」と相槌を打つだけ。
日米両軍の戦車や飛行機(零戦、ヘルキャット)のほか、日本軍指令部跡などの建造物も緑に埋もれて眠っていました。
建物跡ではなぜかカメラを構える気になれなかったため、画像がありません。ごめんなさい。

↑左手前の階段を上っていくと、展望台へ。
展望台からブルーコーナー方面を望む。↑
米軍が建造したBloody Nose Ridge Monument(ブラディ・ノーズ・リッジ・モニュメント)は展望台になっていて、島全体やブルーコーナー・ブルーホールあたりまでも見渡せます。この緑の島でたった60年前に激しい戦闘が繰り広げられていたとは…。
初めに寄った博物館には、戦争にまつわる様々なものが展示されていました。
今でも時々、新たに発見されたものが持ち込まれているようです。
この博物館の最後のコーナーに、ペリリュー戦60周年記念の横断幕がありました。パラオのブルーの国旗を挟んで星条旗と日の丸が配されたその横断幕を見たとき、イノーヴは不覚にも涙

を浮かべていました。
「出会う人と仲良くする、道ですれ違うだけの人に対しても心の中で笑顔をおくる」…小さなことですが、平和のためにイノーヴが毎日実践できることはこれだ、と強く感じました。

↑米軍の最初の上陸地点・オレンジビーチ。今では穏やかな白浜。
島内ではダイビングサービス
Peleliu Diversの日本人ガイド・ナオミさんのお世話になりました。ありがとう、ナオミさん!
「シュノーケリング&体験ダイビング」へ続く

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