エンデューロライダー たいちぇんのブログ

2013/11/22  13:45

私のバイク履歴11  過去のバイク

かなり間が空いた私のバイク履歴シリーズ久々にいきます(^^)

03,WR250F
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当時4ストの最新エンデューロマシンがヤマハからリリースされ次にホンダのCRFやハスクバーナのTE250など周囲では2ストから4ストに乗り換える人が多かった時代。
自分自身も多分に漏れず、ガスガスと交換トレードで手に入れたWR。
XR600のフィーリングしか知らなかったので、4ストの最新エンデューロマシンは初めてで驚きでした。
とにかくアクセルレスポンスが良く扱いやすくて高回転域のパワフル感にびっくり、トラクションがいいので北エンでRMXで出した自己最速ラップをいとも簡単に更新、主にツーリングメインに使用して林道ではフロントの接地感が抜群で片手運転してもコケる気がしない、自分の中では林道ベストマシンです。


トップ雁やなりれいさんと熊本の雪中林道ツーリングで埋まりそうになったり、samさんやKGBご一行と京都の山では夜に遭難しそうになったり、ビックガンのサイレンサーが爆音仕様であまりにうるさいため山で尊師に木の棒を突っ込まれたこともあったっけ(笑)

そして次のマシン購入のためにしぶちょ〜にドナドナしました。
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2013/8/22  18:02

ワタシのバイク履歴H  過去のバイク

お盆過ぎてもめっちゃ暑いですねえ、最近晩御飯の量が少なくても大丈夫なのは夏バテなのか?単に食が細くなったのか?

まあ、秋になれば食べ物が美味しくてモリモリ食べちゃうと思うんですけどね(笑)

肩の方はしっかり稼働域も有りもうすぐバイク復活出来ると思うと嬉しくて待ち遠しいです。とりあえず来月のフリーマンジョイアスの泊りツーリングから復活出来たらいいなと思っています( ̄+ー ̄)


バイク履歴の続きです…
KTMでエンデューロライフが楽しくなってきたが、乗りっぱなしでメンテしなかったので車両の痛み具合が半端なくて代わりのエンデューロレーサーを探していたところ、佐賀大和で行われた九州男塾の走行会で当時の輸入元のARROWさんにGASGAS EC250を試乗させてもらうとCRMのように癖がなく乗りやすかったのでYZとKTMをドナドナしてダートバイクZIMで03モデルを初の新車購入。

03,GASGAS EC250
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この頃よさりのラリーに出るためにHIDキットをモトスペースEAさんから取り寄せて夏場は塾長達と林道ナイトランの練習に明け暮れた。
ZIMてふはセッティングしたHIDがちゃんと動作するか、光軸の向きは良いかテスト走行の時に確かめに来てくれていいショップに巡り会えたと思った(ヨイショっと)

しかもこの時買ったHIDは未だノントラブルで現役続行中、いい買い物したなと思っています。


96’RMX250R

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毎週毎週ハードなプレイでGASGAS EC250がボロボロになってきていたので練習車として購入。
コレならなにも気にせず投げられる…と思いきやどうしてどうして、自分にマッチしていたようで頑丈な車体に加え、コントロールしやすいフラットなトルクに粘りのあるエンジン特性に非常に助けられてWONETシリーズ戦で大活躍、2004年の最終戦雨のトライエンデューロでは塾長の一番弟子の赤鬼との2時間に渡るバトルの末、助Pに次ぐ2位入賞して年間ランキング6位になり念願の固定ゼッケンを手に入れて、年始にチャンピオン獲得宣言して臨んだ北九州エンデューロ選手権でも年間チャンピオン獲得出来たし、翌年の広島テージャスで行われた中国トレールエンデューロでは初参戦初優勝出来て私を育ててくれたまさに あげまんバイクだったのだ( ^ω^ )
その時もやはり大雨でグチャグチャマディだった(笑)

これはカラカラドライの05’サバイバルin広島
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しかし当時の北九州エンデューロはオマケ制度(40歳以上のおじさんオマケ5歳刻みでプラス1周ずつ、ミニモト、レディースなどの条件によって周回数をさらにプラス)があったので速くて巧い当時まだ40代のスーパーオヤジ軍団に勝つのは至難の業だった。

オマケ付きのスーパーオヤジ軍団に勝つためにスポーツジムに通い、自転車でひたすら持久力を上げ、レースがスタートしたら失敗しないようにひたすら走り続け(自分なりにね)

雨が降ると火山灰土質の黒土はヘビーマディで埋まったり滑ったりと大変な思いをする一方、あちこちでスタックするマシンをかわしながらのレースで経験値がグンと上がり、マディのレースが大好きになりその後のレースにおいて自信を得ました( ^ω^ )

そしてその後の北九州エンデューロではマーシャル業務を仰せつかるようになりました。


この頃はもう明らかにレースに対する練習がメインになってきてツーリングの回数はぐっと減ってきてたけど、前の日記で書いたFOCを脱退したメンバーで作った林道職人というクラブでは定期的にアタックツーリングやBBQ、忘年会など行いさらに人の輪が増えていってました。

05’秋 林職佐賀北部ツーリングにて
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2013/8/8  17:35

ワタシのバイク履歴G RMXとKTM  過去のバイク

98,RMX250S
2001年の秋、DTを焼きつかせてしまい、代替機として購入。
トレールバイクの中では1人乗り仕様なサスペンションが良くてパワーもあり山遊びの最初の一歩となったバイク。
これでオートポリスで行われていた伝説のトライエンデューロのトレールクラスにエントリー。
当時のライバルはDRに乗っていたY尋くん。彼が谷地に捕まってる間に逃げ切り優勝した。

トライエンデューロで念願のクラス優勝出来てなんだか気が抜けてしまい、レースはまたまたもういいかな…と思っていたが、そのレースに出ていた人が言った悔しい一言で再びレースを頑張って見返してやる!と思うようになった。


其の後トライエンデューロのみならず、尊師の作るコースのお手伝いにボディクラフトさんに連れて行ってもらいそこで見た達人達を見てまだまだ上には上が居る!と思い知らされた。

オーバーヒートしてラジエタークーラントの代わりに尊師にポカリいれてもらったこともあったなあ(笑)
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そんなレースに出ているとそんな人が集まる場所に行ってみたくなるのはごく自然な成り行きで、この頃から北九州のダートバイクZIMにお邪魔するようになる。
今では日本を代表するエンデューロライダーに成長したタイスケはまだ中学生だった。




99,KTM250EGS
RMXをドナドナしてとうとう外車を手に入れた。クリックすると元のサイズで表示します

正立サスペンションにセンタースタンドが付いていたモデル。
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前の持ち主は九州で初めてISDEに行った(?)リーチさん。

一緒に林道ツーリングした当時のリーチさんの林道の速さは駆け出しの自分には衝撃的だったし、KTMのヒルクライムの楽さ加減と言ったらホントに目からウロコだった!

ISDEスペイン大会から持ち帰ったというこのバイクには最初からマリオチャンバーがついていてパワーの出方も現行モデルより強烈で身体が置いていかれる位の加速力だった。

そのバイクでトライエンデューロのエキスパートクラスにエントリー。

当時の九州のゲロエンデューロ界ではWONETランキングというエンデューロレースのランキング付けがあり、年間ポイントスタンディング9位までが固定ゼッケン(腹黒ゼッケンとも呼ばれていた)と呼ばれ当時KING西原さんが全盛期で塾長XR600と真っ向勝負していてそれを後ろから虎視眈々と狙うNR王子や赤鬼がいた。落ち武者トップ雁はシグナルグランプリでXR100に負けたという不死鳥号セローで笑いを取っていた(笑)


自分はというとKTMの加速についていけず木にビターン!と張り付きアクセル全開のままバイクは木を支点にグリっと回ったりウゴウゴしていた(^_^;)
トライエンデューロでリーチさんや元さん、なりれいさんに勝てたのが懐かしい思い出。

しかしその頃の自分にはどの人も雲の上の上の存在のようで話しかけることも出来なかったなあ…。


KTMに乗り出したことで練習の頻度も増え、知り合いも増えてレース会場に居ても会話が増えてきて楽しいことこの上ない。

轍に強いKTMに乗ればレースのリザルトが五つ上がると言われていたがそれはホントだった。

限りなく下のほうだったリザルトは上昇カーブを描き、モチベーションがグイグイ刺激されて林道8割、レース2割な生活も林道とエンデューロレースが半々に変わっていったのでした…。



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2013/8/3  7:14

ワタシのバイク履歴F YZとXRの巻  過去のバイク

御所の初エンデューロでコテンパンにやられ・・・その年の秋に足指の裂傷・・・さらにはくるぶしの骨折もあり年末年始は入院したりと30歳を迎えた2001年は細木数子が言うところの大殺界に突入


くるぶしの怪我から復帰して、コレではイカン!と思い立ちリハビリと体力作りにプールで泳ぎ始め、10年吸ってたタバコをやめた。

平泳ぎが出来ずひたすらクロールで25m泳ぐのがやっとでプールから上がると肩で息をしていたがしばらく通い続けていると肩幅がガッチリしてきて持久力が明らかにUPしているのが分かった。


でもしばらくレースはいいや…と思っていたが気になるバイクが現れた!


それはYZ125。当時職場の先輩の息子が全日本モトクロスに出ていてそのお下がりを買い、初めてのレーサーしかもモトクロッサー。パワーに振り回されつつヘタクソなりに佐賀大和やデンタンサーキットで練習していた。

99’YZ125(画像はサンプルで00’か01’)
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キャブセッティングもよくわからず砂浜で全開で走ってプラグ溶かしたりモトクロス場でハイサイド喰らってハンドルストッパーが折れたりもしたな〜。そして次のバイク買うのにZIMにドナドナされていったのだった。


それともうひとつはXR600R。
当時たまに行ってたフリーマンジョイアスの林道ツーリングでカッコよくフロントと高々と上げて走るXR600!

ちょぼ焼藍庵さんとの出会いだった。縁あってその600を藍庵さんから手に入れることが出来て(ZX9Rは購入資金調達の為ドナドナ)とうとうオフ一色になっていった。


98’XR600R。
四国ツーリングでは意気揚々と駆けた(^ω^)
あ〜この頃はTECH8はいてたな
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XR600というバイクはホントに懐の広いバイクで林道でのライディングは3速に放り込んでおけばオートマのようにとてもラクで且つ速く走れておまけに頑丈でした。


塾長のマネして山に持ち込んだら重量車ゆえにトラクションがすごく、グイグイ重戦車の如く突進してくれる反面、ヒートした状態でこけてエンストしたらデコンプ引いてアクセル全開空キック20連発が待っていた(笑)

キックし過ぎて足が攣って悶絶したりダイエットマシーンとしても活躍してくれた(^_^;)


タイヤの減りやチェーンの伸びが早いとかライトが暗いとかマイナスなところもあるけど、後ろから蹴っ飛ばされそうなトルクを味わったらそんなのどうでもよくなる位いいバイクでした。

必ずエンジンはかかったしとても信頼がおけて今までで乗った中でも印象深いバイクです。

5年間散々乗り倒し、熊本の人にドナドナした。


林道ツーリングでは福岡オフロードクラブという団体に友達数人で入会。


佐賀北部や熊本の人吉地方などあちこちの林道に連れて行ってもらいました。このツーリングクラブで廣輪さんや他のメンバーとも仲良くなれて友達の輪が増えた(#^.^#)


このクラブの会長が山登りする人で泊まりツーリングの際は登山のようにリーダーを決めて行動。テント無しで駅の軒下で自炊してビバーグすることもあったな。

五木〜人吉ツーリングにて
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普通は30歳を迎えて結婚したりして生活がおとなしくなっていくのだろうが、自分は全く逆で当時付き合ってた彼女とも別れてモトクロス練習や林道ツーリングにどっぷりな日々、一年のうちバイクに乗らない週はないくらいにのめりこんでバイクに乗るのが一層楽しくなって幸せでありました。



つづく
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2013/7/28  2:06

私のバイク履歴E〜初エンデューロ参戦!  過去のバイク

KDXで林道が楽しくなった頃、職場の先輩達と遊びに行った長崎Safariのモトクロスコースでの倒立フォークのしっかり感が気に入りDT200WRを職場の人から85000円で購入。(この頃は人のおさがりばかり乗ってたな)

この頃になると林道や佐賀大和などのコースに自走でよく出かけるようになり、KDXの頃より少しは走れるようになってきていた。

そんな時、林道ツーリング帰りにオフ用品店のファクトリーに立ち寄った際、しゃっちょうさんから一枚のチラシを受け取った。

エンデューロレース(熊本のT田さんがやってたグリーンフィールドED)の案内と申し込み書だった。

少し速くなれてると思ってた自分は自分の技量がどの辺りにあるのか試してみたくなり友達数人で申し込み。

しかしエンデューロの事は全く知らないズブの素人集団、わからないなりに準備はするのだが全部裏目に出てしまい凹む。とりあえずタイヤだけはマディ用の新品に交換してレンタカーで4tのアルミバントラックを借りてそれに五台積み、先輩のランクルの2台男女6名が分乗して御所オートランドに向かった。

ところがレース前日はものすごい大雨になり会場入口の橋は川の水が増水して完全に冠水。


会場では明日はリヤタイヤ空気圧0.3キロ位かな〜とか言ってる人が居たけど0.3キロが何を意味するのか想像すら出来ない程無知だった。


前夜祭では主催者が振る舞ってくれたかっぽ酒が効きすぎたか、トラックの荷台でよろめいて熱湯を足にぶちまけてしまいひどい水ぶくれと火傷のためロクに寝れずレースに望んだが、前日からの雨で御所のヘビーマディな路面に翻弄されまくりな上に何度も轍に捕まりスタックそしてエンスト。


こんなはずじゃ…もっと走れるはずだったのに…ガラガラと根拠のない自信は崩れ落ち、目の前には深く刻まれた轍とピーピーとクーラントを吹いてるDTがあるのみ…。

俺ヘタクソ…雨に打たれながら自覚するには充分なほどのダメダメぶりだった。


転んでエンストする。キックペダルを踏み下ろす度に火傷した足裏に激痛が走り、おまけに終盤クラッチレバーをへし折り、心も折れそうになりふらふらでゴール。


リザルトは後ろから数えた方が早かった。(この時の優勝は2スト部門NR王子、4スト部門は名島亭の大将だった)


なんとも悔しい初めてのエンデューロだった。レース後三日間は筋肉痛が取れず大変な目にあったし、コースにコテンパンにヤられて一緒に行った女の子はゴールするなり号泣するといった過酷なコンディションでしばらくはもういいかな…とさえ思ってました(笑)

しかしこのレースに出たおかげか副産物もあり、アタックツーリングでは失敗してもあきらめないココロがいつの間にか芽生えていた…。


2000年の梅雨の頃のお話でした。


剣山スーパー林道にて。
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91,DT200WR
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