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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2005/11/23

韓国人はひょっとしてローマ系?  

 韓国の国民性は、ラテン系というか、陽気そのもので知れば知るほど好きになりますね。
この前『現代自動車』一行35と、バーベキューやキャンプファイアで35人と交流したのですが、歌と踊りとゲームが好きな陽気な人たちでした。

 飛躍しますがひょっとして『新羅』とは、新ローマという意味は含まれていないのかな、中国語でローマは羅麻(ルオマア)?
 その人懐っこい陽気さから、シルクロードをはるばる東漸してきた古代ローマ人の影がかすかに映るのですが。日本人はそれほど陽気ではなく、自然の中に融和する方ですから違いがありますね。
それと、歌を始める時の、『準備!』。『ハナ・トゥール・センネ』という、号令のように勢いある掛け声からは、軍隊経験の匂いが感じられましたね。


      座布団を一枚
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2005/11/23

ブログランキングに登録しました。  健康

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という表示が、今日からついたことにお気づきのことと思います。

 これは、たまたまあちこちのブログを閲覧したりコメントを書いたりして回っている時、あるブログでランキング登録サイトを発見して、早速私も登録したという次第です。

 せっかく書き込みをするなら、できるだけ多くの人に見てもらい、お互い交流をしたり意見や情報の交換ができるようになることだと思っていましたので、ブログランキングに登録できたことで、どの程度アクセス数が伸びていくのか、楽しみになりました。

 また、アクセス数が多いブログに書き込みをすることによっても、私のブログに興味をもってアクセスしてくる人が増えるということも考えられます。

 西原村の情報を大いに発信することによって、西原村に少しでも興味を持っていただけると、風が吹けば桶屋が儲かるということわざじゃないけれども、結果として合併しないでもやっていける活力になると思うのでね。

クリックお願いします。→ 
上の表示を簡単に入力できるようにする工夫として、私は、記述を四等分してそのそれぞれにク・リ・ツ・クという文字で単語登録しました。クリックと入力しさえすれば、アイコンが出てくるという次第。
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2005/11/23

日比谷で結婚した孫文と宋慶齢  隣国との友好と平和

 孫文の革命運動を、宮崎とう天とともに陰から支援した人に、梅屋庄吉がいます。日活の創始者でもある長崎県人で、その資金力を、会社が傾くほど投じて支援していたとか。
 来年3月から、『孫中山と九州朋友』という映画の撮影に、中国から熊本に来ることは、私のブログでも話題にしましたが、宮崎・梅屋の両人が、孫文とともに重要な登場人物になります。
梅屋庄吉は、検索してみると、東京日比谷公園にある有名な楼の所有者だったようで、孫文と宋慶齢との結婚式も、意外にも中国ではなくその楼でだったんですね。

◎ 大正時代には、モボとモガがカレーを食べにいく場所
◎ 日露戦争後に結ばれたポーツマス条約に反対して起きた、日比谷焼き討ち事件
◎ 戦後も沖縄返還にからんだ騒動で焼失
◎ ベアテさんが憲法草案の参考書として近くの日比谷図書館からも本を借り出した。

 歴史の舞台によく登場する楼で、今度の中国映画にも、結婚式のシーンの撮影があるのではないでしょうか。
 上京の機会に界隈をそぞろ歩いて感慨にふけりたいものです。



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2005/11/23

孫中山の神戸での演説  隣国との友好と平和

 今夜、『くまもと・9条の会』1周年記念講演会に県立劇場まで行きましたが、3階席までぎっしり詰まっていました。

 中国の封建体制を廃止した辛亥命の立役者・孫文は、一番の日本人理解者だったと小田実氏が述べました。
 それは、熊本・荒尾出身の宮崎とう天ら、たくさんの日本人が彼を支援していたからだと、ソファにもたれて語り掛ける小田氏。
 神戸女子校での有名な演説は、孫文の日本人に与えた、渾身からの忠告で、いわば遺書だとして知られています。数ヵ月後には中国で亡くなったからです。

 そう言えば益城町在住のシンガーソングライター・うらた剛さんの『宮崎とう天ここにあり』という歌にも、『2人の遺書は、我が国の進む道を今なお示す』とあります。
 『大アジア主義』か『小アジア主義』か。『霸道』か『王道』か。日露戦争後、西洋の真似をしてアジア侵略の道に乗り出そうとしていた日本の行く末が見えていたのではないでしょうか。

 『霸道』の限りを尽くして敗北し、反省の誓いとしてついに『王道』に辿り着いたのが憲法9条だと、小田実氏は強調されました。

来年の桜咲く3月頃から中国から九州に映画『孫中山と九州朋友』が撮影に来るといいます。
 おそらくは孫文と宮崎とう天の生き方と(遺書)が語り掛けるものを、もう一度考えてみましょうということでありましょう。
つまり、歪曲歴史教科書問題や靖国参拝に見られるような、過去の日本の霸道を正当化しようとする最近の動きを暗に批判して・・・
日本側から言えば、中国革命の歴史に日本人は、否定的な役割を果たしただけでなく、反対に積極的に貢献した部分にも光をあててほしいという気持ちがありますし、同時に経済発展している中国人の、九州に対する認知度を高めて観光客誘致にもつなげたいという期待もあります。

まさしく平和憲法を守りぬくことが経済にもプラスになるという訳です。


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