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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2006/7/16

横井小楠と 維新の群像  風の里・西原村のイメージソング

 また一つ、横井小楠のイメージソングができました。

 作詞・作曲は、『夢運来風(ムーンライフ)』を作っていただいた古家建雄さんです。

 歌詞を紹介します。

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    横井小楠と 維新の群像 (朗読)
 春 夏 秋 冬

 阿蘇の山から 吹き抜ける風
 満々とたたえ 流れる川の音
 四季が織りなす 移りゆく
 自然の景色に身をゆだねる
 日々に友と語らう酒くみ交わす

1 燃ゆる青春 夜明の風よ
  竜馬四海の 鎖を解く
  動かぬ山よ 怒涛の地鳴り
  大河の如し 勝海舟
  開化の足音 今ぞ聞く
  横井小楠  富士の峰

2 吾が身 低して 誰憚らず
  春嶽公は 教えを乞うた
  耕す民に 勇気と誇り
  意識与えし 護久公
  実学唱える四時軒の
  大志有道の 常ならん

 (朗読)
   尭舜孔子の道明らかにし
   西洋器械の術を尽くす
   なんぞ富国に止まらん
   なんど強兵に止まらん (小楠)

3 末を憂いて 武士たてり
  時節流れの 変革もとめ
  地球の未来 新世紀
  天の意志を 体現し
  大義を四海に布かんのみ (小楠)

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 横井小楠は、明治維新を民主主義革命の方向に導いた思想家として、知れば知るほど大きな役割をはたした人だということが分るのですが、残念ながら知名度としてはまだまだ低い。

 この歌は、そもそも横井小楠とはいかなる人物か、という基本的知識を与えてくれる入門編の歌ともいうべきです。最近、千葉城町のNHK熊本放送局の近くの高橋公園にできた、春嶽・護久・海舟・龍馬と小楠の群像の銅像をイメージした歌ともいえましょう。
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2006/7/16

津世子さん  村のあちこち村おこし


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2006/7/16

太刀を受けた脇差  村のあちこち村おこし

 小楠記念館に展示されている、凶刃を防いだ脇差を見て、そのあまりの小ささに無念を感じさせられます。

 駕籠を守る従者たちが必死に防ぎますが…30センチの物差ぐらいな長さしかない、切腹をするのにちょうどいいぐらい。扇子より少し大きめ。

 文武両道を推進してきた肥後の藩校・時習館の居寮長となるには、武道についても最低2科目で免許皆伝にならなければならなかったとか・・・しかし、6人を相手に駕籠を背中にしながらも、小刀ではいくらなんでも太刀打ちはかなうものではありません。どうして長刀を持っていなかったのでしょう。無念です。

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2006/7/16



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2006/7/16


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 右下に降りていく、軽自動車がやっと通るような細い道が、疱瘡坂(ほうそうざか)と言われる西原村日向の道です。

 18年も西原村に住んでいて、議会報告など全戸配布を繰り返してきた私でさえ、この道を通ったのはほんの数回しかありません。

 しかし、あらためて肥後藩で初めてシーボルトから西洋医学や、中でも天然痘の予防注射を習って帰って種痘を行ない、横井小楠に学び、すぐ近くの鳥越の道沿いに住んでいた竹崎茶堂・順子夫妻や内藤泰吉(沼山津)らとともに、熊本洋学校をつくり北里柴三郎もそこから育った・・・という、歴史的に大きな役割をはたした高橋春圃先生が開業する医院への道には、『疱瘡坂』という名がつけられて親しまれていたのですが、そのような由来を示す標柱も説明文も何も、どこにも掲げられておらず、淋しい限りです。

 この小さな坂道を、横井小楠も歩いたし、婦人参政権運動やワシントン軍縮会議で民間を代表して平和を求める演説をした矢嶋楫子が、若き日に歩いたのです。もちろんおしどり夫婦のお手本ともいえる竹崎夫妻を偲ぶことができる道でもあります。

 子どもたちに語る『村の民話』を作るなら、歴史の香る道・疱瘡坂のエピソードは欠かすことができないと思います。

 この坂をゆっくり歩いてみると、江戸時代からまったく変っていない雰囲気を感じる事ができます。木陰の涼しさと眼下に広がる谷筋の田畑を見下ろすと幕末・明治の情緒を味わうことができます。
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