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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2006/11/30

県公民館大会 県立劇場へ。吉田道雄熊大教授講演。名画【蝶】  村のあちこち村おこし

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 公民館審議委員として、社会教育委員の数人と一緒に、熊本県公民館大会に参加してきました。

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 報告は私が代表して行なうことになっています。

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 吉田道雄教授も、パワーポイントを駆使して大ホールいっぱいの聴衆を前にして、大画面に表示された投影板書を指し示しながら話をされました。
 毎日のようにホームページを更新されているとのことで、今後パソコン画面で末永くおつきあいすることが可能な方であるようです。

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2006/11/30

小谷さんはあと出しジャンケン  村のあちこち村おこし

 楽しく脳を活性化する簡単なゲームを、小谷桂太郎さんは紹介して下さいました。

 それは後出しジャンケンとでもいえるもので、

 『私がグー・チョキ・パーを出しますから、みなさんは私が出したものを見た後で必ず勝って下さい』

 グーを出したらパー。パーを出したらチョキ。チョキを出したらグーを出せばいいのですが、大勢の中には同じものを出す人が一・二必ずあり、爆笑を誘いました。クリックお願いします。→ 


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2006/11/30

小谷桂太郎さんによる村歴史と文化の講演会  村のあちこち村おこし

 西原村の構造改善センターで行われた、11/29日の寿生大学の講師は、西原村教育委員会所属の学芸員で愛媛県今治市出身の小谷桂太郎さんでした。

 小谷さんは考古学的な知識が豊富だということで、熊本県の肝煎りで十数年前から縄文遺跡の宝庫である西原村に派遣されてこられていた方です。

 しかし、端から見ていてどちらかといえば本来の学芸員としてよりも雑用的な仕事が多く、知識と経験が十分には活かされてはいなかったかとのではないのかなと懸念していました。

 今度初めて学芸員としての肩書きで【西原村の歴史と文化】を講演されるというのですから、何はさておいてもと駆け付けたわけのでした。

 構造改善センターのスクリーンいっぱいに、パソコンから投影する電気紙芝居
 百人を越える高齢者のみなさんが楽しく学ぶことができました。

 この写真では聴衆はおらず小谷さんがひとりでしゃべっているように見えますが、ご年輩の方々は三尺下がって師の影を踏まずという教えを守っているからでしょうか?きれいに前三列の椅子に座る人はひとりもおられず、四列目以降からぎっしりでした。

 『西原村には何万年前から人が住んでいたでしょう?』と、四択方式のクイズで手をあげさせましたが、ほとんどの人が六千年前などと間違える中で、3万年という答えを聞いてみなホーッと声を上げました。

 当時は今よりも平均気温が7度も低く、北海道のような氷河時代の西原村でした。

 朝鮮半島とは陸続きで、寒冷化にともなってたくさんの動物や人がシベリアから押し出されて南下してきたというのです。
 以前、NHK特集で日本人の遺伝子のかなりな部分はバイカル湖周辺の人々と共通していると言っていたことを思い出しました。
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 南阿蘇の中で西原村は、さまざまな石が運ばれる通路にあたっているらしく、韓国のプサンや、佐賀でみつかる石も見つかっているとか。古代の『石の道』が交差していたという説明は、新鮮な感動でした。何しろ遺跡が久木野や高森などのカルデラの中よりも二桁も多いという圧倒的な数が、そのことを裏付けているというのですから、古代における西原村の地勢学的地位は想像以上に高かったようです。狩猟・採集の当時、食生活は豊かで虫歯が大変多かったというのは意外でした。西原村のような内陸部に魚をつかまえる時に使う網の重りがあったとは……不思議です。
 また、出土品の中には人を殺したり戦争のための道具は全くなく、平等な再分配社会で、キム・ジョンイルみたいな独裁者もいない社会だったようです。
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 やはり郷土資料館が西原にないということはおかしいと考えさせられました。今、村では村史の編纂をするという方針で動いていますが、厚い本の形にすると村民はかけた費用が多額であるのに比較して効果としてあんまり読まないのではないかという心配もあります。それよりも、インターネット書籍の形にした方が印刷代も紙代もいらず安上がりではないかと思い、浮いた分を郷土資料館にあててはどうでしょうか。
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2006/11/29

簿記にも熊本検定にも挑戦です。いずれ熊本も外国人に案内するレベルになりたいと思います。  村のあちこち村おこし

 簿記に挑戦しながらも私は韓国語の勉強は握って離さないつもりです。

 それは、西原村議としての村の活性化につなげるという結果を出さないといけないと思うからです。また、韓国語の勉強に勢いができてきて、超難関と言われている外国語案内資格にあと歴史一科目を残すだけになったと、ある東京の人からメールが届
きました。

 東京に住んでいる人はいいなあ。
 歴史的な場所に直接足を運んで確認できますから、歴史の勉強には有利でうらやましいです。

 私も、先日長野市で行われた精神障害者家族会の全国大会に参加途上、皇居を一周して自分の脚で広さを確認でき安心しました。

 お濠の水鳥を眺めながら、『江戸城総攻撃』という文字と徳川慶喜や勝海舟、そして西郷隆盛の面影が頭に浮かんでは消えました。

 歴史は年号だけでなくできごとも 江戸時代の元禄以降の元号の暗記法も、私流で作ったものをブログにアップするなど、できるだけまとめて覚える工夫をしています。

 外国語で地域を案内する資格試験が、東京と京都にはできたという知らせがあり、熊本検定と同様、これもいずれ熊本にも及んでくることでしょう。またそうさせなければなりません。

 だからしっかり韓国語は勉強したいと思います。

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2006/11/29

韓国ドラマに関したセンターになるようにテーマソングの楽譜を寄贈しましょう  村のあちこち村おこし

 これから頻繁に阿蘇一の宮に行くことになりますから、例の韓流ドラマのミニチュア・セットを展示している家入さん宅に、冬ソナの関連グッズを寄贈したいと思います。

 ある人から、韓国KBS放送局から買ったヨン様のポスターを託されました。私宅からは、『冬ソナ』や『美しき日々』などの楽譜を寄贈させていただこうかと思います。

 ピアノが置いてありましたので、そこに楽譜さえ置いてあれば、少しピアノレッスンしたことがある人が訪問した時に、ちょっと演奏することが可能になるのではないでしょうか。

 これも、西原村は関係のない話ではなくて、阿蘇市の集客力が向上すれば西原村にもよい影響が期待できるのです。

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2006/11/29

魚も食べていた古代西原人   村のあちこち村おこし

 今日の寿生大学での小谷桂太郎さんの話では、土器を発明したのは日本人だという話もありました。
 必要は発明の母と申します。ドングリはいかにして食用にできるか。あくを抜く工夫をし、貯蔵を考えなければならなくなったことが土器の発明に至ったのであろうというのです。氷河時代には、保存には都合がよかったかもしれませんが、九州まで下ってきたことで土器を発明して貯蔵を始めたということでしょう。
 世界で一番早く土器を発明したのですから、数万年前の大陸と地続きであった時代からテクノ立国だったとみえます。

 お池さんの近くで、何と性器を描いた土器が発見されていたとは初めて知りました<。小谷さんがパワーポイントを使って、男性器が描かれた土器の写真をはっきりと>せて下さいました。
 でも私の目には元気なく垂れ下がっているように見えましたけどね。
 ともかく、西原村が縄文時代の交通交易の十字路であったという話には、誇りを感じました。

 しかし思いますのは縄文土器に絵が描かれたものがあるということは非常に珍しい、いわばそれ自体が国の宝・県の宝だと思いますね。縄文土器といえば縄目で模様を描いたというのが常識ですが、ひょっとして縄というものがそれほどポピュラーだったということは、残ってはいないけれども縄文字というものを文化としてもっていたのかもしれないなとは、私の夢想です。
 ともかく、縄目の代わりに絵を画いたということは、独創性の発信源が西原村にあったということを示しており、数万年前から西原村は芸術家を育てる磁場が存在していたということにはならないでしょうか。

 井沢元彦氏の逆説日本史という本には、しきりに古代から日本人の精神性の中に怨霊を怖れるということがあり、それを元に色々な歴史的できごとを解明してありますが、小谷桂太郎さんの講演の中でも、縄文人は、大人が死んだらお化けになって出てこないようにと、大変怖がっていたということを話されました。

 面白いのは、大人が死んだ場合には厳重に壺の中に押し込めたような埋葬方法ですが、子どもが死んだ場合には全く正反対とか。

 なにしろ家の玄関先に埋め込んで、お母さんが出入りをするたびにまたいで、いつかまたお母さんの股の間から生まれ変わって出て来てほしいと願っていたという話には、私にも流産した息子がいただけに、身につまされました。孫の代でもいいから、私とともにこの国をよくするために生まれてきてほしい・ー・ー

 縄文人とはウッホッホとゴリラみたいに叫んでいたのではないかという思い込みがありましたが、その心に触れることができたようなで気がして親近感を覚えました。

 鳥子の弥生遺跡は、古閑向遺跡と言います。同時代の河原の谷頭遺跡よりはるかに鉄が多いのだそうです。

 製鉄技術なら朝鮮半島から伝来していますね。しかし、元をたどればヒッタイトでしょう。鳥子はトルコと発音します。鳥子地区の一族は、製鉄技術を日本に伝えた人たちの子孫ではないでしょうか?位の高い神社もありますし、どうも古代オリエントに起源がありはしないかと想像していますけれども。

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2006/11/29

韓国の人にも伝えたい羽ばたく折り鶴   村のあちこち村おこし

 それにしてもユーチューブとはイギリスの地下鉄を連想させる名前ですね。きっとU字溝がある地下鉄は、U字形にロンドンの地下を走っていて、その車窓には走り去るトンネルの壁にパラパラアニメの要領で動画が写し出されているのかもしれませんね。

 さて、憲法9条を守るキューチャンと名づけられた羽ばたく鶴の折り方のことです。

 ひげもじゃのワードおじさんは今頃鹿児島でしょうか。

 おじさんは失礼かな(._.)_イギリス青年ワード君は、折り鶴を手渡しながら憲法9条を守ろうと全国行脚の旅路にあります。

 羽ばたく様子をユーチューブで紹介するワードさんのサイトを書いておきましたが、折り方もあります。
 いろんな機会にいろんな人に披露されたら、きっと喜ばれるに違いありません。

 キャンプ場に韓国ウルサンから来られる機会にぜひ広めたいと思います。

 折り方は簡単ですが、できばえはみごとで魅力的です。しかしきっちりと折らないと自分の心の状態を映し出すように羽が歪んだりします。

 ひょっとして通常の折り鶴に次ぐ世界的にポピュラーな折り紙になる可能性があります。また、平和を願う運動になりますので動けない人にもできる反核平和運動として普及に力を入れたい新しい折り方です。

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2006/11/29

県庁前の組合  村のあちこち村おこし

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