한글문자 中文(簡体字)(繁体字) SPANISH 
                             

菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2007/5/5

イラクでの劣化ウラン弾の影響でこのような無脳性の赤ちゃんが誕生しているという。阿蘇9条の会の写真展示  隣国との友好と平和

 この写真は、劣化ウラン弾の放射性物質の影響ではないかと見られる、可愛そうな 赤ちゃんです。

 一回飛散させたら数百年どころか数千年も悪影響が残るこんなものをばら蒔いてイ ラク国民を苦しめているのがアメリカなんです。フセインよりもさらに悪い。

 これが戦争の実相。戦争ができる国づくりをしているのは、イラク戦争を始めたア メリカの政権から押し付けられて自民党安倍政権が焦っているだけなんですね。日本 人を加害者の仲間にしたいのでしょうか。

 イラク国民を殺したり苦しめているこの戦争に、兵員輸送や燃料の補給などで加担 している日本の自衛隊が、かろうじて攻撃を免れているのは、日本国憲法9条がある お陰ではないでしょうか。

 泥沼のイラクから、私の希望的観測ですが、おそらくは次のアメリカ大統領に就任 するであろうオバマ候補あたりが撤退に踏み切るに違いないと思います。

 憲法が変えられて日本が戦争をする国になって、この可愛そうな赤ちゃんのような 弱い人々に対する加害者になってしまってよいものでしょうか。

 改憲手続き法は、アメリカ大統領が代わるまでのらりくらりしていればいいのであ って、ろくに審議も十分尽さず拙速で改憲へのハードルを低くしようとはとんでもな い話です。

 第二次大戦であれほど野蛮のかぎりを尽し、またたくさんの日本人も殺された日本 で、その血であがなった平和憲法を投げ捨てるならば、非戦の誓いを投げ捨てるなら ば、この可愛そうな赤ちゃんに見られるような罪を犯してしまいます。

 じっくりこの写真を見て、このような悲劇を生じる側の日本になっていいのかどうか、じっくりと考えてみましょう。

     クリックすると元のサイズで表示します
0
タグ: 9条の会 阿蘇

2007/5/5

小国町で展示を企画された、あそ9条の会の禿さん  村のあちこち村おこし

       クリックすると元のサイズで表示します

 B29が、太刀洗飛行場から飛び立った日本の戦闘機に体当たりされて小国・阿蘇から大分県にかけてパラシュートで次々に米兵が降下したという事件がありました。

 ある者は住民に殺され、ある者は自決し、またある者は捕虜になり九州大学に送られて生体解剖されてしまいました。生きて米国に帰ることができたのは機長ただひとりだったのですが。

 今は慰霊碑に日米双方の死を悼む花が飾られています。

 善正寺の住職をされている禿(かむろ)さんは、阿蘇9条の会の会長もされているのですが、小国町の旧肥後銀行のどっしりとした建物を借りて、当時の状況を示すさまざまな展示をされていました。

 私は、やっと最終日に駆けつけることができました。

       クリックすると元のサイズで表示します

0

2007/5/5

西原小楠ウォーク第1回試験歩行  村のあちこち村おこし

 昨日、念願の試験歩行を、5時間かけて実施できました。熊本市の秋津沼山津から 西原村の河原門出まで。

 ひとりでです。朝九時に出発して午後二時。

 ホントは疲れるから半分でやめておこうと当初思っていたのですが、半分の木山あ たりまで楽につけたので欲が出ました。
 今回を逃したらまた次はいつになるかわからないから一気に歩いてしまおうと。

 それに先日来配った民報を読んで、近く河原旧道を歩いてみたいと言ってくれた人 がいらっしゃいますので、逆の方向から私自身歩いてもう一度確認して案内ができる ようになっておかないといけないなと思ったからでもありました。

 秋津川から木山川、そして布田川と川沿いを杉堂までさかのぼり、山道をのぼり下 りして、やっと河原にたどりつきました。

 実際歩いて、どのコースが歴史散策として適当か?そしてその上に運動不足解消と いう主旨も両立させる目的としても適当なのかという吟味を重ねることが、どうして も必要なのです。

 自信をもって歴史愛好家に対して、健康づくりを心がける人々に提案するためには 、まずは私がコースを熟知していないといけません。

 どこらあたりで疲れて休憩がしたくなるやら、また景観的にも楽しめるか…交通事 故に会う可能性など予測できる危険箇所はないかどうか。脱落したい人のためにバス の時刻表は必要だろうということはわかりました。

 布田の日向に妻・順子が待つ掘立家まで、律次郎はまだまだ歩かなければなりませ ん。
 私は途中、津森小学校裏に移築された蘇峰や順子の生家の玄関先に座り込んでコン ビニ弁当を食べましたが、しばらくウトウトまどろんでしまいました。

 朝四時から起き出したので眠くなります。

 黒い雨合羽を着込んで歩いたのですが、かなり暑くなります。

 田の中に蓮華が一面、淡いピンクの花を雨に揺らしています。たたずんで俳句がで きないかとしばらく見つめていました。雲の井でしきりにヒバリが鳴くので両方読み 込むと春の季語が重なってしまいますから苦心しました。

 【津森神社の楼門ができました】という看板が見えたので寄り道。どこか阿蘇神社 の楼門に似てたしかに立派です。人びとが参拝する方角ですが、磁石で見なかったのでわかりませんが、どうも北西の方角であるように感じられたのですが・・・

 雨宿りにも最適です。壁に熊日の紹介記事が貼ってあり、宮司は甲斐さんというや はり阿蘇家にゆかりがありそうな名前の人でした。

 本殿には立派な絵馬も掲げられていましたが、正面の絵柄は私には、タテイワタツ ノミコトと鬼八との的石伝説に見えました。可愛そうに両手を縛られて馬で引きずり回されそうになっているのは先住民族と思われる鬼一族ではないのでしょうか?もう一枚は伊勢神宮あたりの風景画。

 横にお法師まつりで十二年かけて集落を一巡するアメノウズメのミコトの御輿が安 置されていました。今年は津森神社の番なのでしょうか。

 アメノウズメノミコトは、農業のやり方を教えてくれた神様だということに伝説ではなっているはずなのに、神輿をかついで最後には田圃の中にひっくり返すなどの手荒な扱いをするのが祭りのしめくくりになっているという不思議があるのですが、それが一体何を暗示しているのでしょうか。

 私は、農業のやり方を教えてくれたのはいいけれども、外来の異民族支配を嫌って最後は追い返したというようなできごとが、祭りの背後に隠されているのではなかろうかと感じるのですが・・・

 しかしお法師さまの神輿を安置されているというのは、河原の集落に安置されていた時に見慣れていたので、古い友人に再会したように懐かしい。 

0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ