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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2007/10/15

休刊日。民報配りに精を出すつもりですが、人生のはかなさも感じます。     村のあちこち村おこし

 司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読んで、私にとっての発見がありました。

 私は今まで、西南戦争における薩軍が田原坂の戦いや熊本城をめぐる攻防などで敗
退した後、一路鹿児島に逃げて帰ったと思っていましたが、実は第二部・後半戦があ
りました。

 人吉でしばしの膠着状態の後、宮崎県から大分県にまで進出していたことがわかり
ました。

 そういえば、薩軍が小国地方にも進出したことなど、熊日新聞にしきりに出ていま
したし、西原村の河原から軍夫として狩り出されて高千穂方面までついて行かされた
話が発掘されたなどもありました。

 北東方面での第2幕があったんですね。

 薩軍の活躍というよりも、西郷を殺すにしのびない気持ちが抜けないことによる、
山県有朋ら官軍の手ぬるい攻撃ぶりがもたらしたのかもしれません。

 そもそも何を目的にした戦なのか、革命軍なのか反革命軍なのかさえ明確ではあり
ません。旗印がない感じです。

 結局、大久保利通と川路利良が西郷の刺殺をたくらんだと『勘違い?』したことか
ら私学校の生徒らが暴発したのが発端で、シサツはシサツでもホントは視察の方だっ
たかもしれないという、何ともはやの戦争でしたから…

 こんなことでも戦争が起こりうるという見本みたいです。

 悲惨な城山での包囲戦の結末で、西郷隆盛の首を埋めたり、胴体があわれなことに
そのままにうち捨てられていたなどの描写を先読みした後ですから、長々と続いた宮
崎県・大分県の戦いがなおさらむなしさをもって迫ってくるでしょうが、ともかく今
日は少し読み進めることにします。

 しかし、その矢先に西原村の前の税務課長が突然農作業中になくなったという知ら
せがはいるとは、人生一寸先は闇、いっそうはかなくなりました。

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