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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2008/6/28

紙芝居読み聞かせの初日でした。  村のあちこち村おこし

 先日、紙芝居をやってみました。『竜の目の涙』です。

 私自身その紙芝居の予行演習もせず、絵が揃っていて順番はいいかなど点検もせず、またそもそも『りゅうの目のなみだ』なんてどんな話だっけという状態でいきなり本番でした。

 そのクラスに駆け付けたら、まだ子どもたちが朝礼を自主的にやっていました。一分間スピーチがまだ終わっておらず慌てて終えようとするので
『急がないでゆっくりでいいよ』
と声をかけて時間かせぎをしながらその間にさっと絵を点検しました。

 読み聞かせの先輩はまだ来ておられないので、いっそう緊張。まるで風流で『千の風になって』の演劇をした時の本番前みたいにエイッと腹をくくって開き直りました。

 中国の竜が住んでいて、たびたび襲われている山間の村の話ですから、大方今回の四川大地震やら大洪水やら竜巻などにやられっぱなしの地方で、災害が擬人化されて伝わったのが竜だという訳なのでしょう。

 ある時ある小さな子どもが、みんなに嫌われている竜さんが可哀想だ、と言い始めました。

 そして、7歳の誕生日に家に招待しようと思って、竜が住むところに一人で出かけていきました。

 オーイと呼べばヤマビコがオーイと答えます。

 ひとりで山に入るところは、『三匹のコヤギとガラガラドン』の絵本のように子どもたちの冒険心を刺激してドキドキさせるのではないかなと思いますので、口に手を当ててヤッホーだとか『竜のオジサーン!』だとか叫んでみたり、俵山みたいだねえだとか言ってみるのがその不安な世界に入り込んでいくのによさそうです。

 竜が出てきて訳を聞いて、感激しました。竜が大量の涙を流して喜ぶという話です。

 『今まで人間から嫌われてばかりいたのに、誕生パーティに招待してくれるとは、なんて嬉しいことなんだろう』
と、泣かんばかりの声音で演技をしたら、後ろの方で感きわまって思わずもらいなきをしそうになったオエツがしました。耳の錯覚でしょうか?

 まさかいじめはあってないでしょうね。自分も初めて読む物語ですから、
『みんな何歳になりましたか?』
とか
『この山は俵山みたいな山だねえ』
などと問いかけて時間かせぎをしました。

 みんなが声を揃えて元気よく
『10歳!』

『クスクス』
と笑ったりみんな集中して見て聞いてくれました。

 ともかく何にしろすぐに反応してくれますから、相当話の世界に没入していく力はあるようです。

 そこは、これまでの読み聞かせの努力・継続性の賜だと感心しました。

 紙芝居を3日やれば癖になりそうな感覚があります。

 図書室には紙芝居が活用されずに埋もれてもいます。みんなにも紙芝居読み聞かせを一緒にやろうよと勧めなければもったいないことです。

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2008/6/28

落書きスペースを設けてはどうでしょう。  村のあちこち村おこし

 奉賀帳というのがあります。またお見舞いの記帳というのもあります。

 イタリアのどこか歴史的な、そして芸術的にも大変価値が高いところに日本人の若者が名前の落書きをして、厳重注意を受けたという話です。

 聖なる地に足を運び、記念に名前を書きたいという欲求を覚えるのははたして日本人だけでしょうか?

 建造物に落書きをしてはいけませんが、しないですむように奉賀帳を設置しておけば落書きはしなくなるのではないでしょうか。そしてお賽銭箱を置いておけば、日本人なら硬貨を投じるような気がするのです。

 私はモラルの問題がどうだというよりも、名前を記帳したいという欲求を満足させる何らかの対応を求めたいと思います。

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2008/6/28

梅雨はケータイからの投稿がしにくいようです。  村のあちこち村おこし

 豪雨の時は、電波の状況が悪いようで、なかなかブログでのメール投稿がホイッと空中に投げるようにはできませんでした。

 またパソコンからの操作は、YahooBBに切り替えをする途中でありまして、まだモデムをつけ換え完了していない状態にあります。

 それと、はがき道ということでセッセと手書きで一枚一枚複写はがきで書いているうちに、手と頭がくたびれて来ます。

 それと同じ内容でブログにケータイ親指入力で投稿しようとするだけのエネルギーが枯渇してしまっているようなのです。

 親指入力もかなりな精神の集中を必要とします。つまり脳内のある一ヶ所を駆動させながら、しかもその他の部位は沈静化させなければなりません。

 ところが手書きで活性化し興奮している脳の部位というのが、枕投げばかりしていてなかなか静かに眠りについてくれようとはしないのです。

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2008/6/28

宮山に水車ができていた。  村のあちこち村おこし

 驟雨来ぬ 蝉は両眼 濡らし啼く

 山口誓子

 驟雨とはどんな雨でしょうか?シュウッと風を伴って降るどちらかと言えばムラのあるような感じの集中豪雨ではないかと思います。

 樹木の繁りの中にいれば、葉っぱが雨を受けますので水滴はポトリ、またポトリというふうに落ちてきます。

 蝉は梅雨の終りがたにはもう出て木に上っているでしょうか?クマゼミなのかアブラゼミなのか?

 子どもの頃、セミとりに夢中になっていたことを思い出します。白い網に虫籠。セミの両眼や脚をそろりそろり動かして移動している様子が甦りました。

 両眼を言うことで、じっとセミを見つめていることが見えてきます。説明をしていない緑色をした羽根の模様まで浮かんできます。

…………………

 あひふれし さみだれ傘の重かりし
 中村汀女

 これは、雑踏の中を家路に急ぐ会社員同士が、傘を触れ合った時のボンという鈍く重い音が聴こえてきそうです。

 でも、これをロマンスにとればどうでしょうか。

 登校中に、本当は相合い傘になりたいところなんだが、周囲の目が気になるのです。ましてや汀女さんの時代ですから、互いに傘と傘をチョンと触れ合うばかりです。

 その場面が、長じて何歳になっても思い出されてならないのです。

 そんな思いが相手の傘の重さとして自分の傘を持つ手に残っているということなんでしょう。

 あひふれし さみだれ傘の重かりし
  汀女

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 西原村宮山の一番東にはお宮があります。驟雨の時には雨宿りができます。

 ビラ配りしていた時に雷を避けるために避難していたかながありました。

 宅の庭の池の中に、金具を一切使わずに水車を作るというこだわり職人は、藤丸さんです。比較的小さな水車を作って据えておられました。

 これはエクステリアとしての水車です。池の鯉には酸素を送るためにもともと水滴を落とす必要があるわけですから、その勢いを水車で受けることができるのです。

 わずかな水滴なのにクルクルとよく回るものです。

 今度は水車の俳句を見つけて、歌を作曲してもらおうかな…

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