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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2008/7/2

洞窟の滴りは加速して…村内全域が文化創造館という構想  村のあちこち村おこし

滴りの
  一滴にして
    谺せり

  大野林火

 これは夏の洞窟の中を詠んだものであろうと思います。

 『滴り』 と『一滴』と、同じ漢字が並んでいて、しかも『したたり』と『いってき』という二通りの読み方です。

 この句を読めば読むほど水滴が加速をつけて高いところから落下し、水音をポチャンとあげた後の余韻までが一連の流れとして見えてきます。

 洞窟というよりも鍾乳洞の中というのがより適切かなあと思います。『一滴にして』…までは現在形ですが、『谺せり』…と、一瞬の後にはもう過去形になってしまうところに表現の妙があります。現在形の後に過去形をもってきたところに谺する反響音や静寂と余韻が感じられて、複雑な洞窟の形も暗示しているようです。

 この技法は覚えておけば何かの時に使えそうです。

 あるいは、熊本城のあちこちに掘られた深い井戸の中に、水滴がしたたり落ちる時の音かもしれません。

 『一滴にして』の『…にして』に着目すれば、だんだん水滴の球がふくらんでいく様子が見えてきます。

 いずれにしてもあたりは静寂に包まれています。暑くてうだるような思いの外界とはまったく違う、鍾乳洞または井戸の中です。

 さて、葉書に俳句と俳画を添えて送られてくれば、その中から優秀な作品を選び出して病院の壁などに額入りで飾ったら面白いと思います。

 俳句も俳画も省略を効かせているために、見る時には心すませなくて心眼で見なくてはなりません。

『滴りの 一滴にして 谺せり』

 いやあ涼しさ満点の俳句です。

 さて昨日は菊陽病院家族会の役員一同と、病院側の管理部会との懇談会がありました。

 私は伝聞ですがと断りながら、外来の待合室にお客さんが多くなったために、待ち時間が長くイライラされたことがあったんではないでしょうかと話し、番号札を渡すなど何らかの工夫をしてはいかがでしょうかと提案しました。検討するとの答えでした。

 建物の中の待合室に精神を落ち着かせるように、光の空間・緑の空間を配置するなどのこともリニューアルに際して考えておられました。

 でも後で考えるに、壁に心を落ち着かせてリラックス効果の高い絵画を飾るのもよさそうな気がします。

 安上がりに、広く一般から公募して、俳句と俳画の展示会場として提供してもよいかもしれません。

 でもそんなことは職員でやろうとしても意外に面倒なものではないでしょうか。作品を募集し、展示し、季節が変われば取り換えるなどということは、俳句に熱心なグループに委託するようにしてはどうなんでしょう。

 私は俳句愛好家のグルーブは、喜んで引き受けてくれるような気がするのですが…

 西原村の文化創造館・『風流』館長の吉岡七郎先生は、大切畑ダム湖の周辺に、自主的に俳句を書いた札を木の枝に下げることによって俳句(ハイク)ロードにしようと努力されています。俳句文化を西原村から発信しようと意気込んでおられます。

 そんな俳句愛好家・絵画愛好家・絵手紙愛好家に、病院の壁面を無料で貸し出してはどうでしょうか…まっ白な階段の壁でもよいし…

 展示する俳句と俳画は季節感が伴うものですから、おりおりに取り替えるようにしてもらえばよいのです。

 『緑の館』や『そよ風』などの老人施設の壁も、提案したらよいかもしれません。また、村内各地に点在しているちょっとオシャレな店の一角でも…街角文化創造館、村内全域が文化会館という構想であって、それでこそ俳句と俳画の文化を発信する村になりそうではないでしょうか。

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2008/7/2

土砂降りの中、紙芝居に行く。『小人の靴屋』  村のあちこち村おこし

 今朝は、あまりの土砂降りに一時配達は中止し、自宅で待機していました。

 窓から駐車場に置いた車の屋根の雨滴を観察していますと、粒が大きい上に密度が高い降り方だとわかりました。瞬間降水量はかなり多いのではないでしょうか。

 これこそ土砂降りというものでしょう。災害がなければいいのですが…

 オヤッ!10分経過したらこやみになりました。

 服は上から下まで総換えして、さあまた出陣…

 でもまたまた雨は激しくバイクに降りかかり、掌を上にして雨粒の感触を確かめてみたら、正確ではないかもしれませんが、1秒間にだいたい20粒ぐらい当たっているのではないかと思えました。

 さて、山西小学校での紙芝居は、ドイツの民話・『小人の靴屋さん』です。

 先輩の岩岡さんが見つめている中、恥ずかしいな。またまた予習なしの出たとこ勝負でしたから…この紙芝居の中には小人たちが『エンヤラヤ』ではないけれど、歌いながら楽しそうに靴を作る場面があって面食らいました。

 わあ、なんて節をつけて唄ったらよいのだろう?と一瞬ドキマギしましたが、内心のうろたえはうちに秘めてさも自信ありそうにエイッと即興で唄いました。

 考えてみたら、西原村には童謡歌手の大庭照子さんがいらっしゃいます。また平成音大で作曲を勉強された岩代大助さんが中学校吹奏楽部の顧問で来られています。

 紙芝居になるような有名な昔話・おとぎ話には、それぞれに童謡があってもよさそうな話ではないでしょうか…

 特に、村の社会教育委員会が知恵と力を絞って昨年完成させた紙芝居・『お法師さん』があります。

 これを演じていく際に、霧の中をさ迷い歩いて鶏の声に導かれて杉堂の集落にたどりつく場面があります。

 こんな不安な場面は『三匹のコヤギのガラガラドン』の人気絵本や、水戸黄門さんではありませんが、おなじみなワンパターンであるような気がするのです。

 ピッタリな童謡を作曲してもらって、大庭さんや童謡組に唄ってもらったら、どんなに喜ばしいことでしょうか…

 夢は膨らむばかりです。

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2008/7/2

和歌山県で指名競争入札全廃に? 暑気中りの俳句  村のあちこち村おこし

 暑気中り どこかに電気 鉋鳴り

 石田波郷

 この俳句は、幼き頃に南熊本駅の南の親戚のうちに遊びに行っていた時に、近くの製材所の電気鉋がジャーッと日がな一日鳴っていたことが思い出されます。

 やかましいという感覚はちっともありませんでした。それよりもオス鳥が森の中でメス鳥を求めて鳴いているような、何かを訴えかけているような気がする電気鉋の(声)でした。

 いやあ俳句っていうものは読み飛ばすのではなくて、じっくり一句一句鑑賞してみると、忘れていた記憶を生きいきとよみがえらせてくれることがわかってきました。ますますハマってしまいますね。

 ところで、メルマガニュースで、和歌山県では指名競争入札を全廃したという知らせが届きました。詳しい内容は新聞等で精査しなければなりません。

 全国でも指名競争入札は1千万以下になってきたとか…

 そうした中で西原村では、財政は苦しいと言いつつ何億の工事入札だろうと無制限に指名競争入札を続けています。制限付きの一般競争入札はまったくやらないということが続いており、今時珍しく落札率が97.5%を中学校体育館で記録しています。数千万円は入札制度改革によって違ってきます。

 全国や全県の入札の中でも突出した、西原村となっているのです。

 大きな建設業者を喜ばせる一方では、村の建設業者は工事が少なくなってきたために落札率が八割に落ちています。廃業し転職という例も出てきているという訳です。

 また敬老年金は廃止するは障害者年金は廃止するはと住民サービスはバッサリ落としてきました。

 役場職員を収入役など特別職に天下りというか天上がりさせる場合に、役場職員としての退職金に勧奨退職としての上乗せをしています。

 収入役の場合はその上乗せ額は865万となっています。

 平成17年の4月臨時議会においてこの件について論戦を村長とたたかわせています。

 特別職と普通職と立場は違いますが、言わば今全国の市民オンブズマンが問題にしている『天下り』『天上がり』の特権問題に該当すると思います。

 この場合は村民が税金を払って支えている公務員から公務員に天下り・天上がりするのに、どうして865万円も上乗せしなくてはならないのか、節約・節約を迫られている村民、わずかな年金から天引きされて怒っている村民は納得いかないでしょう。

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2008/7/2

絶壁の しんかんとある 大署かな  村のあちこち村おこし

 絶壁の しんかんとある 大暑かな

 鷲谷七菜子

 この俳句は『ラジオ深夜便』7月号鷹羽狩行の『ラジオ歳時記』に紹介されていました。

 この俳句から、今まですっかり忘れていた池田町の山ノ下市営住宅に住んでいた頃のことを鮮やかに思い出しました。

 池田小学校から京陵中学校にかけてです。

 市営住宅の北には絶壁がありました。梅雨とはうって変わって真夏は一滴の雨も降りません。

 セミの声はジージーワシワシ、ミンミンと森閑として岩肌が焼けそうな絶壁に響いています。

 一日の時間が永遠に続くかと思われたほど、非常にゆっくりと流れる時がありました。

 「しんかんとある」と、敢えてひらがなで書いたところに工夫がありそうです。暑くて暑くて透明人間になりそうな感じがただよってきそうだということでしょうか。

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