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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2009/2/8

俳句は4句ひと組で記憶すれば、三角錘の頑丈な立体になります。  村のあちこち村おこし

燭足してかまくらの子らまだ遊ぶ
…………………
寒鯉はしづかなるかな鰭(ひれ)を垂れ
 水原秋櫻子
………………
福寿草 雪をかぶりて金ほのか
 山口青邨(そん)
…………………
叱られて 目をつぶる猫 春隣
久保田万太郎
…………………
 まだほんの序の口ですがNHKの『今日の俳句』を開いて、3句ずつ一組にして連想をしっかりとさせた上で、さらに1句を加えたところ、三角錘の三面立体形が完成することに気づきました。

 耐震構造の建物はハスカイをつけるなど、いかにたくさんの三角形をつけるかにかかっているようです。

 連想記憶も同様で、いかに三角錘の連想をたくさん作るかによるようです。

 あくまでもがっちりした構造物を頭の中に築いていくことですから、慌てないで何回も何回も繰り返して、海馬における短期記憶から長期記憶へ、たとえ認知症になったとしても忘れないぐらいに、あるいは極端な表現で言えば生まれ変わっても思い出すことができるぐらいに頭の中に根付かせることです。

 そのくらい土台がしっかりしてくれば、頭の中に豊かなイメージの世界が広がり、記憶術には格段に都合よくなってくるのではないでしょうか。

 ですから決して急がないことです。

●燭足してかまくらの子らまだ遊ぶ
…………………
●寒鯉はしづかなるかな鰭(ひれ)を垂れ 水原秋櫻子

 例えばこの2句を並べてみると、一方はかまくらの中でいつまでも遊ぶ子どもたち。片や凍てつく水の中で寒鯉が静かにしているという対照的違い

 覚えるのは大変ですが、慌てず急がずじっくりと4句がすぐに口からスラスラと出てくるまでに自分の頭で実験を継続します。
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2009/2/8

【孫悟空】は【ラーマーヤナ】をアレンジした話か?  隣国との友好と平和

 山西小学校でやっている絵本の読み聞かせで、【孫悟空】を読んだところ、私の遺伝子の中に眠っているインド的な記憶が突然目覚めてかしりませんが不思議な懐かしさが湧いてきました。

 孫悟空はインドだ、とすぐに直感したのです。はたしてヒンズー教にハヌマンという猿の神様がいました。

 さらにゴウライ島は蓬莱の九州であり竜宮は琉球。果花山は阿蘇山であり、水廉洞と聞けばまだ行ったことはありませんがなぜか小国町にある裏側に入れる滝が浮かびました。今度そこに行って確かめてみなければと思いました。

 崑崙(こんろん)船がインド人による地理的知識を中国にもたらしていただろうし、ラーマーヤナやマハーバーラタの話やヒンズー教の世界観を残して行ったに違いありません。

 ラーマーヤナにはヴィマナという空を飛ぶ戦車のことがしきりに出てくるようですが、キント雲が似ています。孫悟空の世界はまったく空を飛ぶことなどはどうということもない当たり前な感覚の世界です。飛車という駒がある日本の将棋もインド人が直接持ち込んだかも
 子象のダンボが空を飛んだり、ピーターパンがふわっと浮かんだりする世界ですね。日本では【かぐや姫】が世界で初めてのSFだとは言われていますが、待て待てラーマーヤナがあるじゃないかと。

 ひょっとして反重力のテクノロジーを獲得した、未知の超古代文明がホントにあったのかもしれないという不思議な感覚が、ラーマーヤナの中国翻訳版みたいな孫悟空を読むことでもたされます。読み聞かせボランティアで孫悟空をとりあげて最後まで続けて、何を意味しているのかをじっくり考えたいと思います。

 インダス文明のモヘンジョダロやハラッパには放射能が残留しており、核戦争があったかのような匂いに満ちているとは…ホントかな…

 でも実際に押戸石山や金峰山など、熊本県下に点在する山上の巨石遺構は、いったいどうやって運んだのかという難問にぶつかってしまうのです。どうしても反重力テクノロジーの存在が感じられるのです。

 現代の理論物理学はまだまだほんの入口に過ぎず、なぜ万有引力には引力しかなく万有斥力がないのかが、現代人は分からないでいます。つまり磁石のN極とN極、S極とS極とは反発するのに、万有斥力がないのか…見つけられない低い水準なのです。

 ホントに空飛ぶ絨毯みたいな自由に浮かぶ科学技術水準であれば、時間と空間の秘密を相当程度に解明していることになりますから、核兵器ぐらいなんなく製造できるはずではあります。

 こう書けば、オカルトの危うい世界への入口みたいな話ですが、宇宙には神としか言えないような水準に到達している星ぼしはいくらでもあるというロマンチックな幸せな思いは、夜空を見上げる時に湧いてきます。

 宇宙が誕生してからすでに何百億年経過していて人類がここまでになったのは2万年の飛躍によるのですから、これまでもこれくらいな飛躍はあったかもしれないのです。

 星星にははるかに高度で幸せな生活が送れている文明もあるでしょう…だから人は辛い時に星空を見上げては自分自身を慰めているんだろうなと思うのです。

 ところで話は変わりますが、年末に急死した飯島愛さんは、今頃この星空のどこらあたりを浮かんでいるのでしょうか?

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