한글문자 中文(簡体字)(繁体字) SPANISH 
                             

菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2009/3/9

古事記には、南の海の匂いもかなり含まれています。  村のあちこち村おこし

 大津町の『文洋堂』から、『古事記』の解説書を買ってきて、少しずつ読んでいます。

 日本共産党の議員が天皇制に都合のよい物語を読んでどうするのかと、怪訝に思われるかもしれません。監修者の名前をみたら学習院と書いてありました。

 しかし私は何も古事記の記述が絶対だ考えている訳ではありません。古事記以前の歴史書も伝説も失われている訳ですから、古代史を透視するためにひたすらに心を澄まし、眼光紙背に徹して行間を読み、推理を働かせてみたいのです。

 そして飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・江戸・明治・大正・昭和と、神話が日本人の心に強い影響を与え続けてきたことは明らかですから、『古事記』の内容は熟知しておくべきだと思うのです。

 さて古事記を全体として見る時、若くて美しい女性を見ては結婚を申し込む話と、先住民を攻め滅ぼす話とが満載です。

 好色がそれまでモザイク模様の多民族国家だった列島を、次第に混血していく原動力だったのではないかと。

 インド亜大陸においては、インダス文明を築いたドラビダ人は色が黒く、後で北西から侵入した白い肌のアーリア人によって一旦は南部に押しやられたけれども、その後混血が進んで小麦色?の中間色が一般的になったとの記述があります。

 でもたまたま美人の娘がいなかった場合は悲惨です。土雲をご馳走で接待して、歌を合図に一斉に殺すというような騙しうちも…

 コノハナサクヤ姫とイワナガ姫の姉妹がワンセットで嫁入りしたけれど、イワナガ姫が美人ではなかったために帰されたなど一夫多妻が当然視されていたことも分かりますが、権力者だけの話かも…

 イワナガ姫を帰さなければ長寿であったものを、帰したために寿命が短くなったという話は何を意味しているのでしょうか?謎は深まるばかりです。

 海幸彦と山幸彦の話には、浦島太郎の竜宮城とイメージがダブります。琉球・台湾あるいは中国南部と島づたいの交流は古代からあったであろうということは間違いないと思いますから、宮崎・鹿児島に関連する地名が出てくるのもうなづけます。

 海幸彦は薩摩隼人になり、山幸彦は天皇家になったということは、何を意味しているのでしょうか?

 さて、重力を制御して潮の満ち引きを生じさせる不思議な玉のことは、単に潮の干満を説明した創作と見てもよいかもしれませんが、重力を制御して空を自由に飛び回ることができることが前提となっているラーマーヤナの影響が、南から入ってきている可能性を私は感じるのです。

 ビマーナ(飛車)が当たり前のように飛び交う話がマハー・バーラタとラーマーヤナにある訳ですから、崑崙船が南インドから九州あたりまでやってきていたのなら、天孫降臨で高千穂の峰に降り立つ話などは朝飯前ですね。

 私はよく、空を平泳ぎの格好をしながら飛び回る夢をよく見ます。ピーターパンみたいに飛べるんではないかと心の深いところで信じています。

1

2009/3/9

ブラスバンドの後援会長をさせていただいた思い出  環境・教育

ブラスバンドの後援会長を1年間させていただいて 田島敬一

 これまで音楽といえばたまにカラオケで『北国の春』を歌うぐらいだった私も、西原中学校の吹奏楽部で3年間、娘がみなさんとともにご一緒させていただいたおかげで、音楽のすばらしさを少しだけよく知ることができました。ステージから会場いっぱいに響き渡る音楽のぞくぞくするナマの迫力と感動は、ラジオやテレビ、あるいはCD・MDで聞くのとはまったく違うと感じ始めました。

 さらに、集団で器楽演奏を作り上げていく時のこころの持ち方、定期演奏会でのあらゆる舞台裏の準備過程など、たっぷりと体験させていただきました。それまで外から見ていた時には見えていなかったのですが、おそらく映画やドラマを作り上げていく過程のようで、それ自体が徐々に心が高揚していくドラマでした。

 コンクールでは大規模校ほどよい成績を出す傾向があると感じているのですが、比較的小規模校の西原中学校の吹奏楽部がその中に伍して銀賞を取るなど、よく健闘してきたと思います。これは顧問の先生方のご指導の賜物だと感謝申し上げたいと思います。

 ベネズエラやヨーロッパなどでは、犯罪を防ぎ善良な市民を育てるために音楽に力を入れていると言います。経済苦境に陥り、心がともすればすさんで行こうとするこの日本で、今こそ吹奏楽が盛んになって社会を明るくすることが切に求められている時なのではないでしょうか。
0

2009/3/8

白州次郎と正子の長時間番組を見ました。  村のあちこち村おこし

満月に 目を見開いて花こぶし 飯田龍太

 季節は違いますが近衛文麿の自殺の時にも満月はこうこうと照らしていたでしょうか?それにしても近衛文麿によく似た俳優を見つけたものです。演技力もあってかそっくりな雰囲気が体全体から出ていました。と言っても昭和28年生まれの私は近衛文麿を見たことはありませんが、戦前に前世があったものか不思議なことに戦前の空気を知ってると思い込んでいる私なのです。白黒のニュース映画をたくさん見ているせいでしょうか。

 噂に聞くダグラス・マッカーサーを怒鳴りつけた場面は、天皇からのクリスマスプレゼントを粗雑に扱うなと激怒するシチュエーションだったんですね。

 白州次郎と正子を描いた長時間ドラマが昨夜NHKであったのです。

 ケンブリッジ大学に留学した人だとかで、単に英語が堪能であっただけでなく吉田茂とともに、誇りある日本の再生のために心を砕いた人だったのですね。

 吉田茂と言えば、麻生総理大臣はその孫?だったんではないでしょうか?敵失で持ち直しているようですが、ドタンバでの粘り腰は吉田茂譲りでしょうか。

 正子夫人と白州次郎が英語で夫婦喧嘩をしているところは、語学をやるならこの水準までいきたいものだという、ひとつの理想を示してくれましたが、すごかったですね。
0

2009/3/8

種田(たねだ)山頭火は熊本で第二の誕生をした  村のあちこち村おこし

 全国各地の句碑の中で、山頭火の俳句が一番多いかどうかは分かりませんが掛け軸などや俳画も見掛けますし、確かに山頭火の人気ぶりは大したものです。

 熊本の市電ストップ事件をきっかけに、禅宗のお坊さんになったこともあって
、茶道などいくぶん禅の精神と響きあう分野で珍重されるのかもしれません。

 終焉の地は正岡子規で有名な松山です。熊本と松山と俳句とくれば夏目漱石を連想させられますが、松山はよほど俳句と縁がある町ですね。

 熊本市電事件では、たまたま乗り合わせた木庭さんという人が曹洞宗の報恩寺に放り込んで、それが山頭火の人生のターニングポイントになったそうですが、その木庭さんとは、私も1年間お世話になった壺渓塾予備校の初代塾長・木庭徳治さんだったとは…

 私の時の塾長は、二代目の木庭令一さんからは、たびたび受験とは関係がなさそうな精神講話を聞かされたり、静かに目を閉じて座禅みたいなことをやらされた記憶がありますから、それから推して初代塾長が禅寺に連れて行った話もさもありなんと思えます。

 木庭徳治氏は九州日日新聞という熊日新聞の前身の記者だったという記述も見えますので、ホントはどうなんだと思いますが、熊日の前身の九州日日を退職してから壺渓塾を始めたなんてことはなかったのでしょうか?

 そんなことどっちでもよさそうですが、種田山頭火の人生を理解することが、その俳句ワールドを理解するのに役立つポイントになりますからね。

 まあ徳永直についで山頭火も熊日の関係者ということになると、熊日も力の入れようが違ってくると思いますが…

 妻の関係で花岡山の麓で熊本駅にほど近いところに分骨されて眠ってもおられるということですから墓参りに行きたくなりました。

 植木町の役場を北へ進み、3号線から少し脇へ入ったあたりの味取(みとり)観音堂で堂守として禅の修行をしたという縁もあります。

 植木町にビラ配りに行った折りに山頭火の説明文を見た、微かな残像がありますから、もう一度確認しに行きたくなりました。

 西原村の袴野にも得度して桜前線とともにソバを打ちしながら日本列島を北上していく人がいらっしゃいますが、さすがに托鉢まではやっておられないかもしれません…山頭火は飢え死にぎりぎりな線を歩いて行った訳ですから、現代で言えばホームレスが近いかもしれませんね。

 昭和15年(1940)真珠湾攻撃の前の年に亡くなっている山頭火は、昭和の芭蕉といえるかもしれませんから、五七五という定型に囚われないその自由律俳句を私もしっかり鑑賞してみたいものです。

 ウォーキングと俳句は相性がよいかもしれませんから、遊歩道に投句ボックスを設置しておくのもよいでしょう。

0

2009/3/8

山頭火の俳句を鑑賞する  村のあちこち村おこし

第一句集【鉢の子】1932

生死の中の雪 ふりしきる

笠にとんぼをとまらせてあるく

歩きつづける 彼岸花咲きつづける

まっすぐな道でさみしい

また見ることもない山が遠ざかる

どうしようもないわたしが歩いている

すべってころんで山がひっそり

つかれた脚へとんぼとまった

捨てきれない荷物の重さまへうしろ

あの雲がおとした雨にぬれている

こんなうまい水があふれている

まったく雲がない笠をぬぎ

墓がならんでそこまで波がおしよせて

酔うてこうろぎと寝ていたよ

雨だれの音も年とった

物乞う家もなくなり山には雲

よい湯からよい月へ出た

笠へぼっとり椿だった

…………………
第二句集【草木塔】1933

水音しんじつおちつきました

すッぱだかへとんぼとまろうとするか

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た

何が何やらみんな咲いている

山のいちにち蟻もあるいている

雲がいそいでよい月にする

(帰庵)ひさびさにもどれば筍によきによき
0

2009/3/8

種田山頭火の『山頭火』は納音(なっちん)から採用されたとは…初めて知り  環境・教育

 種田山頭火という俳人は、全国各地に句碑がたくさん建てられている点で人気度をはかれば、松尾芭蕉につぐぐらい大したものらしい。

 熊本と深い縁がある俳人であるために、掛け軸や絵なども身の回りで比較的多い機会にその俳句を見かけるのですが、一体俳句というジャンルの中でとか、全国の中での位置づけなどがよくわかっていなかった面があります。

 それは身近すぎるためにそうなのでしょうか?

 また、反対に山口県の防府市の出身であるために、たまたま熊本に一時滞在しただけの俳人ではないのだろうかという少し疎遠な受け止め方もありました。

 しかし、阿蘇神社の近くに山頭火というお店があるのを知り、あらためて山頭火を検索してみたら、なんといろいろな熊本と関連した話題が出てきたと同時に、俳句の世界における山頭火の位置もわかってきました。端的に言えばいかに偉大な俳人だったのかということです。昭和の芭蕉という表題もありましたが、そうかもしれません。

 萩原井泉水という俳人の名前は、高校の時の日本文学史で学んだことがありますが、種田山頭火との関連もわかりました。井泉水も山頭火も中国の納音(なっちん)という、木火土金水という五行説と60年で一周する干支をもとに運勢を占うための名前をもとに、これがいいと選んでつけた俳号であるということを初めて知りました。この二人は自由律俳句としては双璧になっているということで、ワンセットで覚えたいと思います。

 たまたま大峯山の山の手入れを、緊急雇用対策として国からきた一億円の一部を活用して行い、出てきた間伐材を利用してメタボ対策のウォーキングコースづくりにもつながるように提言していきたいと思っているところですので、これに引っ掛けて覚えましょう。

 大峯山は、太古噴火したことがあると、大切畑ダムの遊歩道のところに説明文が掲げてあります。しかし、噴火口の痕跡を確認しようにも遊歩道もなくうっそうとした森林の中をかき分けて行くこともできないでいました。しかし、山の手入れを目的として山道が整備されたら噴火口の跡地に足を踏み入れることもしやすくなることでしょう。その場所に山頭火の句碑を立てたら名前のイメージとぴったりですね。

 また、大峯山のキャンプ場に立って、東側斜面から俵山を望むと、底の方にダム湖があるにもかかわらず、かなり大回りしなければ歩いて降りることができませんでしたが、遊歩道で結ばれるならば、夏場のキャンプをする人の身になれば、魅力アップとなります。ダム湖には湧水の水が注いでいますので、井泉水という名前を結びつけてやはり句碑を立てたらぴったりです。
0

2009/3/7

喫煙の害を知らせていく必要がありそうです。  環境・教育

 タバコを吸う人の割合を低くしていくことも医療費の削減のために、大事な目標ではないかと思います。

 喫煙者は、年をとっていくと肺がんだけが脅威ではなく、そのほかに肺気腫と診断されることもあるそうです。

 肺気腫とは次第に肺の中の肺胞が崩れていく病気で、診断を受けてからあわてて禁煙しても病気の進行をとめることができないと言いますから、タバコ税がいくら入ったとしても自治体は喜んでいる場合ではないと思います。

 また、精神科の病院で治療中の人もタバコをやめるように、強制はできないまでも禁煙教育を徹底して喫煙者を減らしていく努力は必要ですね。
0

2009/3/7

暴走族の騒音対策は、根本的には電気バイクを普及することでしょうね。  環境・教育

 西原村だけではないと思いますが、県道や国道沿いでは土曜・日曜ともなると定期便のように、バイクをワンワン吹かせながら騒音を巻き散らして走る暴走族に悩ませられていることと思います。

 私の前の道は、ちょっと引っ込んでいますが、たまには爆音が響きます。
 なぜ彼らが爆音を鳴らせたいのか心理的な要素は色々とありましょうが、睡眠不足に見舞われる人々の苦痛も耐えがたいものがあります。

 パトカーで追い掛けて死亡事故に追いやってしまったという悲しいニュースも聞きます。

 騒音を根本的に解決するためには、教育に力を入れるというのもありますが、音の出ないバイクを開発することが究極の対策ではないかと思います。

 と考えていたら、大津町のホンダが電気バイクの開発に着手したという未確認情報がありました。

 西原村議会開会日に、役場の隣で昼食をとっている時に、暴走族の騒音か気になるかならないかということから、HONDAの電気バイクの話題が出ました。

 新聞かテレビで報道していたのを片目・片耳に覚えていたのを、気ぜわしさからついしっかり確認しないまま忘れていました。

 もし電気バイクができたら、みんなで一斉に買って、大量生産が軌道に乗ることを願いたいと思います。地球温暖化対策ばかりでなく静かな環境のためにも…

 でもインターネットで検索してみたら、8時間の充電で60キロしか走れないということですから、毎日60キロ以上走る私は採用することがまだできないということらしいです。


0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ