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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2009/4/20

ついに山頭火がいた植木町の味取観音堂を訪問。こころすなほに御飯がふいた  俳句鑑賞

 昨日、菊池市まで行った帰りに思いきって植木町の方に寄り道し、ついに念願だった味取観音堂を見つけました。

 というよりも以前熊本市との合併に反対するビラ配りの手伝いに行った時に、何気なく来たことがあるお寺で、その時には山頭火の俳句をやけにたくさん書いてぶら下げているなあ…よっぽど好きなんだろうと思っただけでしたが、その後阿蘇神社の参道入口近い『居酒屋・山頭火』とのご縁があったり、人吉の山頭火研究家が壷渓塾の二代目塾長の木庭徳治さんが、酔っぱらって市電を急停車させた山頭火を禅寺に放り込んだんだという研究を発表されたことを知り、熊本との縁の深さは相当なものだと気づいて、しかしそれにしてはあまり郷土の俳人としてまでは愛されていないかもしれないなと思い始めたりし、ぜひ一度行乞行脚の出発点となった味取観音堂に足を運んでみたいものだと思うようになっていたのです。

 熊本市の北方、西南戦争の激戦が行われた田原坂はすぐ近くにあります。植木町の味取観音堂で一年あまり堂守りをした後に、全国を行乞の旅に出たという訳です。

 菊池市から斜めに3号線に合流した後、しばらく南下し、高速道路に乗るインターチェンジ入口を通過した後三分ぐらいで右手にこんもりとした樹木に覆われた『禅寺』がありました。

 こころすなほに御飯がふいた

 急な坂道、石段は子どもが何気なく積み上げた積み木のような歪みがどこか感じられます。今度はビラ配りが目的ではなくて、山頭火に会いにきた訳で、全くしみじみとした趣が違いました。

 はがまに火をくべ噴き上げた御飯を見ている、堂守の山頭火にこの句で出会えました。

 牛乳パックみたいな紙の箱に書いてありました。二本木の家で母が焚き物をくべながら御飯を炊いていた情景とともに、宮崎大学に入学した時に、幽霊マンションと名づけられた間借りで電気炊飯器で御飯を炊いて、泡が噴き上げた場面をも思い出しました。

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タグ: 西南戦争 味取 禅寺

2009/4/20

里芋はノーとイエース忙しい  俳句鑑賞

山中の巌(いわ)うるほひて初しぐれ飯田蛇笏

 飯田蛇笏のこの俳句から浮かぶのはまず、何故か西原村の大峯山頂上の青少年キャンプ場入口左付近にある岩です。

 キャンプ場に韓国からのお客さんを案内するのも二度目です。下見の時に係りの人から、この岩はかつて火山活動をしていたことを証明する岩だそうですよ…と言われたからです。

 中国の万里の長城や城郭都市築いた時の版築?に似て縦横に整然と瓦を積み上げた人工的な感じがする不思議な岩です。
 『初しぐれ』の冬の季語にも関わらず、私には夏の『蝉しぐれ』が聴こえてきますが構いません。俳句の想起パワーを生かして『脳内俳句(ハイキング)ワールド』を作り上げる実験が私の目的ですから…慌ててイメージを打ち消して冬にしてしまう必要はないのです。

 私が提唱する俳句鑑賞法は、出てきたイメージや連想を抑え込まず、出てきたその場所にじっと無念夢想で凝視し佇んでみるのです。しばらくすると周辺にひとりでに移っていきます。例えば受付事務所の中に入ってパンフレットを見せてもらった場面だとか、円形劇場みたいなステージ場所、展望台などと、ドキュメンタリードラマが展開して行くかのようにひとりでに『イメージ散歩』に移っていきます。

 それではこの句はどうでしょうか?
案山子翁あち見こち見や芋嵐阿波野青畝

 案山子翁…やはり俳句はじっくり煮込んだ言葉を世に出しています。翁という漢字を見れば『ヘのヘのもへじ』とマジックで書いた案山子の顔が浮かびます。
 出てきた案山子のイメージでとどまることなく、今までの人生のどこでこの案山子に出会っただろう?と、場所の記憶の海馬の中にあるワールドの中を探すのです。

 すると二本木時代の月星ゴムの社宅と隣接した畑には雀がたくさんいたことが思い出されます。小石を投げると一斉に飛び立つ羽音が聴こえてきます。

 あんなたくさんいた雀は、今は見かけなくなりました。

 麦畑には薄茶色にたわわに穂を垂れて、少し体を後ろに反らして倒れかかったような案山子さんが、まぶしい真昼の光に堪えて辛そうに立っていました。

 『あち見こち見や』は、へのへのもへじと書いてある目の部分がどちらを見ているのかがわからない表情を意味しているようにも思えます。

 里芋はノーとイエース忙しい 田島敬一

 イエスではなくて『イエース』と延ばしたところが、風で縦に横に揺らされている里芋の葉の(激しさ)を表現したつもりです。

 縦になのか横になのかどっちに首を振ったらよいのかわからなくなるような複雑な振り方をしています。

 この里芋の葉っぱは、石本さんちに抜ける小路の横に生えていた(近くに肥たごがあった)、自分にしかわからない(あの葉っぱのこと)です。

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