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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2009/4/21

日盛りのお地蔵様の顔がにこにこ 山頭火…ソウルに一番近い西原村です。  隣国との友好と平和

 いよいよ5月2日の韓国からの『農謡』公演が近づいてきました。西原村の『萌の里』や『キャンプ場』の現地視察と確認をしておく必要があります。

● 先週土曜日の明成皇后事件の関係者、つまり李王朝に連なる人びとをお迎えした、県の教育会館での交流とドキュメンタリー映画の鑑賞会ですが、それを実現するために奔走されたのが甲斐利雄先生です。

 昨夜(お疲れさま)の電話を掛けてみました。日曜日に阿蘇五岳を案内されたのですが、今までに見たこともないぐらいに晴れ渡った空の下にくっきりと山の襞や窪みまでよく見えたそうで、天も喜んでいるのかもしれません。

 先生の平和運動に取り組むようになられた原点が、実は西原村にあったとは驚きました。ますます韓国と西原村との縁の深さに感じいっています。

 というのは、先生が日韓の交流や平和運動に力を入れるようになられたきっかけは、現在では大津町になっている菊阿中学校で旧姓の前田利雄先生として勤務されていた時のことだそうです。そこに山西小学校から金光という名の少女が瀬田駅の前に引っ越して転校して来たのです。

 それまで明成皇后殺害事件のことなどまったく知らなかった先生に教えてくれて、原水禁運動や世界平和のために働かなければならないと目を開かせてくれたのが、なんとその12歳から15歳まで在学していた生徒だったというのです。ちょっとありえそうにもない美しいドラマです。

 卒業後、北朝鮮への帰還事業で行ってしまったそうですが、その直前東京から汽車を乗り継いではるばると、大津町の護川の中学校に転勤になっていた先生にお別れの挨拶に来てくれたそうです。せっかくだからと校長先生に相談して全校生徒に集まってもら、『日本人の悪口でも何でもいいから』と話をしてもらったことがあるそうです。

 先生をしていても、生徒から教わることもあるんだぞと、教師の後輩たちには語っているそうで、目がウルウルなりそうな話ではありませんか。

 少女・金光さんが、西原村の山西小学校に在学していたのであれば、正確に事実を突き止めて今後の友好にいつか役立てることができるといいと思いますけれど…

 どなたか消息をご存じないか、インターネットの力を借りて広く教えていただきたいと思って、敢えて名前を出しました。

● 歴史教科書問題以来、明成皇后殺害事件のことなどの活動の蓄積の中で、朝鮮総連にも民団にも友人やつながりがたくさんできたと言われていました。

● 荏胡麻のことですが、先日からお話をしていました元農業大学校の教授・緒方敏郎先生は、有機無農薬農法に関しては、最先端の技術を持っておられるすごい人だということがだんだんわかってきました。

 インターネットで一度検索してみて下さい。

 5月2日には、西原村の議員たちも懇談会に参加することでもあり、韓国料理には欠かせない荏胡麻の産地を作っては…ということや、除草剤や農薬を使う時代は終わったんだということを力説したいと意気込んでおられます。

 3年前から九州荏胡麻の会を立ち上げておられて、その会長に就任されているのだそうです。試験栽培の経験もすでにお持ちです。

 エーザイ生化研の研究員をされていたこともおありでいろいろと特許を申請されている方でもありますが、荏胡麻の抗がん作用だとかアトピーに効果ありというパワーについては、当時から注目していたとか…中山間地に栽培していても海の成分(ミネラル)を与えることがミソだそうです。

 農業について韓国の人びとと熱く語り合いたいそうです。

 さて、話は変わりますが、『日盛りのお地蔵様の顔がにこにこ』 
という山頭火の面白い俳句も、植木町の味取観音堂の上り坂の口すすぎ手洗い場に掲げられていました。 

 『顔がにこにこ』とは普通の俳句らしくはない表現です。『…が』という助詞は俳句では『…の』や『…や』などに言い換えて、できるだけ避ける傾向があるように感じているのですが…

 でも『…が』を使うことによってお地蔵様がより生き生きと、まるで呼吸をしてそこに立っておられるかのように見えてくるから絶妙な表現です。

 眩しく温かい光溢れた中に、意志を持ってしかも嬉しそうに座っておられる(お地蔵さま)の姿がはっきり見えてきました。

 日射が真上になれば顔の陰影の具合でニコニコ顔になることは、確かにそうだったなと表現法を発見できた思いです。
 山頭火がこれから行乞の旅に出ていけると喜ぶ気持ちがあったからこそ、この表現が発見できたのだと思います。

 私はこの句からはなぜか南阿蘇村の久木野あたりからよく日の当たる五岳を望んでいる情景を浮かべます。どこかにニコニコ顔のお地蔵さまがあったように思いますが、どこだったか思い出せません。

 しかし、私はお地蔵さまも明成皇后にゆかりの一行との交流が深まっていくことを、脳内イメージの中で喜んでいただいているように思えてなりません。

日盛りのお地蔵様の顔がにこにこ 山頭火

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