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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2013/3/18

水陸両用バス「スカイダック」が、東京スカイツリー周辺巡りに就航とか。これは災害対策にも使えるかも  村のあちこち村おこし

 この数日、東日本大震災の津波の映像を何べんも見せられました。


 水陸両用バスを普段から走らせていたら、とっさに救助船に変身できて都合がよかったのではないか…などとあらためて思いました。


 というのは、日刊スポーツを読んでいて、「川にバス」という記事で、水陸両用バスが運行をこの3月17日に開始したと紹介していたからです。


 定員は41人。


 私が考え続けていたことは、ノアの方舟を庭先に普段から用意しておいてたらどうだったろうかかということだとか…飛行船を係留していたらよかったかもとか…そんなことばかりでした。


 飛行船は、風が強い時には、どこかに格納しておかなければなりませんから、場所が確保できるかなと思いつつも、エアバッグのことを思い浮かべています。


 エアバッグは、衝突の緊急時に一瞬にして空気が入って膨らみます。


 ものすごい圧力でヘリウムガスをあらかじめコンパクトに圧縮していて、津波発生の警報が発令されてから到着までの、ほんの数分の間に、飛行船または気球を膨らませて縄梯子を空に向かって掛けたら、緊急避難場所として機能できるかもしれません。


 圧縮技術があればの話です。


 水陸両用車を私は考えてみたのですが、はたしていつ来るかわからない災害のために買ってくれる人がいるかなとも思っていたのですが、水陸両用バスには思いつきませんでした。


 バスを水陸両用にして、平時から観光目的に使っていたら、いざという場面で使えるかもしれません…


 宮崎市の海岸にも、水陸両用バスを運行するのは、いきなり深くなる海なので、大淀川の川下りぐらいがよいのかもしれません。


 東京のスカイツリーの周辺は、墨田区の隅田川が流れていて、川べりでは花火大会が催されていたりしています。


 以前から水と親しむ気風が漂っていることでしょう。


 かつては豊かな水運に恵まれていたところです。


 遊覧船も浮かんでいるのですから。


 普段は観光目的で水陸両用バスを運行しておれば、大災害発生時には必ず役にたつことでしょう。欲を言えば東京大空襲や関東大震災の時に、ものすごい火炎旋風が吹き寄せた故事があるようですから、防火車体になっていればよいのかも。


 ひとコース1時間40分で、スカイツリーから墨田区亀戸を経由して、江東区大島の「旧中川・川の駅」まで水上運行した後、陸上に上がって走ってツリーに戻るというものです。


 文京区の日の丸自動車興業の営業運行だとか。


 それにしても、名前がスカイダックと言い、つまりアヒルだという訳ですが、なるほど運転席あたりが前に突き出ていて、アヒルに似ています。


 私も東京に研修に行くことがあれば乗ってみたいと思います。
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2013/3/18

マグネシウム電池の充電方法は?  環境・教育

 マグネシウム電池の研究が、急速に進んできているようです。


 東北大学の小濱教授が、マグネシウム電池の可能性に気づいたのは、県境の向こう側の宮崎県日向市でのことでした。


 地上スレスレを、地面に接しないで、飛ぶように走って、超省エネで列車を運行できるという、エアロトレインを研究していた時のことでした。


 ボディを最大限に軽くするために、マグネシウムの車体を試しているうちに、隅に置いていたマグネシウムの破片に、もしかしたら電気が起きるかも知れないと、海水をぶっかけてみたのでした。


 すると、意外にも長時間の発電ができることに気づいたという訳です。


 発明・発見は、時に全く予期しない方向からやってくるものだという、見本のような大発見でした。


 問題は、実用化にいたるには、ご多分にもれずこれも、経費的な面でどれだけ引き合う段階にまで持ってくるかということなのです。


 クリアすべき課題があるから、すぐには難しいでしょうが、できるだけ早い実用化が待たれます。

 マグネシウム電池の研究は、九州大学でも続けられているそうですが、宮崎県日向市と九州大学がある福岡市の中間に位置しているのが、我が阿蘇です。


 もちろん熊大においても【熊大マグネシウム】があります。


 マグネシウム三角地帯の中心に位置するのが、我が阿蘇の原野なのです。


 草地と人間との共生をうたい文句に、自然環境がウリな阿蘇は、世界文化遺産の認定を目指しているところですが、マグネシウム電池で動くバイクが走る場所として考えてみても、グリーンロードやミルク牧場などの、眺望のよい阿蘇の草原の中が一番ふさわしいと思います。


 エアロトレインの実験のために、東北大学が場所を求めたのが、宮崎県の日向市という飛び離れた地だったように、マグネシウム電池で動くバイクが走行実験ならびにデモンストレーションを行う地は、阿蘇のデザインセンターでもよいし阿蘇の広域行政事務組合でもよいのではないでしょうか?


 阿蘇駅の隣にある【道の駅】には、EV(電気自動車)や電動バイクに充電する施設ができています。


 しかし、せっかくの施設なのに先日の休日に見たら、ナナハンのガソリンバイクが何台も駐車していて占領状態になっていました。


 肝心の電気自動車も電動バイクも、普及が遅れているからなのでしょう。閑古鳥が鳴いているありさまです。


 現状ではまだまだ一回の充電での航続距離が短かったために、普及に苦戦していたんだと思われますが、先日、菊陽タクシーが所有の12台を全部EVに切り替えたというニュースを熊日で読みました。


 航続距離は220キロほどに伸びてきたようです。


 こうなると一気に普及は進むに違いありません。


 西原村にも、【萌の里】など充電のための拠点があれば、菊陽タクシーもお客さんを西原まで連れてきやすくなりはしないか?


 マグネシウム電池の蓄電量は、従来の電池の10倍はあると言っていました。

 阿蘇広域行政事務組合議会は、【消防】を業務のひとつに持っています。


 いざ日向灘を震源地にして予想されている海溝型の大地震が発生したら、散乱する瓦礫の脇をすり抜けて、バイクに乗せて負傷者を運んだり救援物資を積んで駆けつける場面も予想されます。


 日向灘に南海トラフ地震津波が押し寄せた場面では、消防バイク隊が大活躍するはずです。


 先日のマグネシウム電池バイクの走行実験を見ていたら、バッテリーは積む場所をかなりとっているようで、果たして負傷者を運べるのか疑問もありました。


 ともあれ、電池バイクの走行実験場所には、阿蘇がロケーションの手をあげることです。


 ところで、マグネシウム電池の充電方法はいかなることになるのかも、九州大学に問い合わせをしてみたいと思います。


 テレビ【サイエンスゼロ】によれば、1000℃程度の高温にさらせば、使用済みの酸化したマグネシウムは元に戻るとか。


 でも1000℃の熱を発生させるのは、技術的に大変なのではないでしょうか?


 阿蘇広域行政組合で持っているゴミの焼却施設で得られる熱は、もっと低温なのではなかったかと思うのです。


 もしも、ゴミの焼却熱でマグネシウムの還元が可能なら、マグネシウム電池の充電は、ゴミの焼却場で行うという形になって、焼却場としても副業ができて営業が好転するかもしれません。
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2013/3/18

それにしても女子教育の先覚者は、新島八重さんだったんですね。  村のあちこち村おこし

 テレビの【八重と桜】を見ていると、舞台の半分以上は京都なんですね。


 東京の地理が頭に入ると、江戸時代以降の日本史が頭に入りやすいでしょうが、京都の地理が分かれば明治維新までの日本史の舞台としてもイメージしやすいですね。


 東京遷都後の京都は、日本史の舞台からは遠ざかってしまった印象もなきにしもあらずです。


 しかし、京都学派やノーベル賞を受賞者を輩出したり、革新蜷川府政が誕生したのも京都だし、京都は東京の対極として、一定の進歩的な役割を果たすようになりましたね。


 日本史の中に、大正・昭和・平成になっても引き続き存在感を持つ京都になりましたね。


 世界に名前が轟く企業も多い気がするのは、千年も都として、商業文化や手工業文化の蓄積が息ずいているからなんでしょうか。


 同志社大学は、京産大からは近いのでしょうか?


 京都に住んで、だいたいの地理的な感覚を身に付けたら、きっと日本史の知識がいっそう頭に入り、世界の人々と交際する際に日本とは何かを話すのに有利になることでしょう。


 同志社大学と同志社女子大学の創立は、日本史の上でもキリスト教系の大学が、仏教と神道系の文化の真っ只中にできたことで、日本人の精神史に画期となりましたが、女子教育の場ができたという意味でも画期的だったんですね。


 たまたま京都市長に任命されたのが、会津藩士だった山本覚馬だったことにより、その妹の新島八重の影響が京都に根付く関係になるのですが、八重が会津藩時代に女性でも教育を受けられる環境にあったことの意味が大きい。


 会津と京都との縁が幕末の松平容保により強く結ばれたことから、そこにつながったのでしょう。

 そんな歴史的な積み重ねのひとつひとつは、偶然なのか必然なのか?


 たまたま会津藩が意外にも開明的な面も備えていたのも幸いしたようです。


 そんな基礎があったからこそ、新島八重が女子教育を日本に根付かせようと志す流れになったものと思います。


 熊本の竹崎順子や矢嶋楫子が活躍した時代と重なりますが、熊本においても横井小楠の教えを横で聞いて学んだ女性たちの活躍が大きいですね。



 大河ドラマの【八重の桜】は、新撰組が斬り合いをしたり佐久間象山がついに殺されたりと、凄惨な場面が連続します。


 子どもの頃はチャンバラを見るのが好きだった私でしたが、チャンバラとは殺し合いだったんだということをリアルに見せてくれるようになったからか、戦闘場面が嫌いになりました。


 歴史を学ぶためには、女性教育が進むことによって、地位が向上したのか、そんなバロメーターを知ることの方に注目した方がよいでしょうね。


 国際比較で見ると、日本における女性の地位は、さらに順位が下がって、102番目になったということを【新婦人しんぶん】では報じていたらしいのですが、一体最近の日本はどうしたことでしょうね?


 女性議員の数も、熊本県内はきわめて少なくて、西原村議会もゼロです。全く少ない状況です。

 人口が半分ある女性が女性に投票をしないことが、女性議員がなかなか誕生しない原因になっているのかもしれません。


 先日の熊日の記事に、私のことを名前は伏せて【男性議員】と表現してあったことは、そもそも女性議員がひとりもおらず、男性議員しかいない西原村議会なのに、ちょっと変な印象でした。
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