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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2013/6/14

藤原帰一さんとは?  村のあちこち村おこし

 最近、【藤原】という名の人にふたりも出会いました。


 それは【国家の品格】を書いた藤原正彦氏と、オリバー・ストーン監督の【知られていないアメリカ史】を解説している藤原帰一氏です。

 私の頭の中でこのお二人が混同してしまいます。どっちがどっちだったのかなと…


 で、何らかの区別して覚える方法はないものかと考えていました。


 やっと思い付きましたね。テレビの帰一氏のお顔を見たら、鼻の部分を横から見た時のノーブルな曲線が、【帰】の字のヘンの曲線とそっくりなことに気づいたのです。


 日本史の中で、藤原氏の名前はたくさん出てきますが、少なくともテレビに露出する議会が多い帰一氏は、これで覚えることができました。
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2013/6/13

一般質問席には椅子がないと不自然ではないかと傍聴者から意見あり  村のあちこち村おこし

 今度の私の一般質問の傍聴には、益城の日本共産党元町議の中山清隆さんが初めて来られました。


 これまでは中山清隆さんも議員で、西原と益城の議会が、日程的に重なっていたために、25年の中で初めての西原村議会来訪になりました。


 もっとも私の方は西原の議会が益城より早く終わった時に、傍聴に行ったことがあります。


 その中山清隆さんが、
『西原村では、質問者には椅子がないなあ』
と言いました。


『椅子がなければ、疲れるだろうし、執行部を立ったまま、上から見下ろす形になって失礼になりはしないかな?』
と。


 そう言われればそうかなと思います。

 質問をする議員に、これから選挙によって、身体障害者や立ちっぱなしでは苦しいと感じる人が、出てこないとも限りませんからね。


 椅子の要求はやっておいてもよいかと思います。


 
 
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2013/6/13

オリバー・ストーン監督による【語られなかったアメリカ史】がまたあっている  村のあちこち村おこし

 今日は、一般質問の日です。宮田勝則議員と私のふたりだけが通告しています。


 いざ!

……………………


 さて、歴史好きな私には、こたえられない番組があります。


 またまたNHKで、オリバーストーン監督による【語られなかったアメリカ史】のシリーズが再開しました。


 10回シリーズの後半部分です。


 8月のヒロシマ・ナガサキの原水禁大会には参加して話(シンポジウム?)をされる予定だとか。


 大統領によって、ずいぶんアメリカが採ってきた外交政策が揺れ動きはしたけれど、背後の大資本家とCIAとFBIとが、かなりな実力を行使して乱暴なアメリカにしてきたようです。


 世界で唯一の超大国だという思い上がりが、ベトナム戦争にイラク戦争など、不必要な戦争を繰り返させてきましたね。


 超大国が思い上がれば、戦争でたくさんの人が死にます。

 そうならないようにするには、アメリカ以外の中小の国々が経済的にも力をつけていって、言いなりにならない合従連衡の合従の策を持たなければと思います。



 日本が憲法96条及び9条の戦争放棄条項を放棄して、アメリカが始めた戦争には自動的に参戦しなければならない集団的自衛権段階になったならば、日本の青年も参加することになるでしょう。


 まさに参議院選挙は、平和を愛する世界の人々にとっても正念場です。


 日本共産党を躍進させるために、毎日の街宣など、性根を据えて頑張らねば…
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2013/6/12

東アジアの言語習得のセンターの地はどこか?日本こそふさわしい  村のあちこち村おこし

 ちょっと気が早い言い方ですが、これから21世紀の中盤に入りかけているところですね。


 若者たちが本当に活躍する時代は、21世紀の真ん中ぐらいではないでしょうか?


 ますます国際交流が活発化することでしょう。


 予想するにマルチリンガルの人が求められる時代になりはしないでしょうか。

 そんな前提で若者たちは、就職難やブラック企業を嘆くより、じっくりと力をつけて将来設計をするという手もありかなと思うのです。


 つまり、経済的困難ゆえに大学には行かず働いている人も、語学ならテレビもラジオもネットもありで、独学があり得ます。


 暗誦に力を入れるやり方なら、夜の配送運転をしていてもできるかもしれません。


 英語だけ勉強していればいいという時代ではないからには、現代の若者たちも福沢諭吉や勝海舟みたいに意欲的に語学に挑戦したらどうだろうと思うのです。


 そうなると、いくつかの言語を、シュリーマンのように、次々に楽に学べるような学習技術が、進歩していかなければならないと思うのです。


 学問に王道なしとは言うものの…


 ヨーロッパの言語は、例えば【スペイン語】をマスターすれば、それを基礎としてポルトガル語にもイタリア語にもフランス語にも、語彙的にも文法的にもラテン文化圏ですから近くて、学び進みやすいと考えられます。


 スペイン語には、アラビア語から来た語彙もたくさん含まれているらしいので、アラビア語学習にも進みやすいと思われます。


 そう考えると【スペイン語】は、学習者にとっての【中心言語】として位置づけられそうですね。


 目を北に向けて【ドイツ語】を勉強すれば、北欧の言語にも進みやすいかもしれません。


 そんな目で東アジアの各言語に目を向けてみた時、【日本語】は漢字を含んでいるだけに、例えばヨーロッパの人々にとっては中国語にも韓国語にもベトナム語にも進みやすいという理由で、【中心言語】と言えるかもしれません。


 中国語は、ベトナム語と同様、抑揚がひとつ一つの音節についた、独特の言語です。日本語や韓国語とは全く違う言語グループです。


 しかし、漢字に着目すれば、中国語の語彙も韓国語の語彙も、日本語の知識から簡単に増やしていけます。


 だから大いに日本語の学習に取りかかりましょう!とオススメしたいものですね。


 韓国ではハングル文字に力を入れるあまり、漢字を追放してしまいました。漢字由来の語彙は多いものの…


 となると、王朝時代の歴史資料が全く読めない人が、国民の大多数を占める状態にありはしないでしょうか。


 ベトナム語にも漢字に由来する語彙はたくさんあっても、フランス語並みのアルファベット表記ですから、これまた歴史文献は漢文が読める日本人なら読めるかもしれないのに、大半のベトナム人には読めないのではないかと…


 しかし、漢字の知識があれば、どんどんボキャブラリーが増やしやすいだろうと思います。


 私などは、韓国ドラマを見ているだけで、辞書は引かなくても字幕文字と照らし合わせて、単語がどんどん増やせています。


 横井小楠が熊本の田舎に住んでいても西欧やアメリカの情勢に通じていたのは、漢文が読めたからです。


 現代の大半の大陸中国人が知っている歴史というのは、アヘン戦争以後のことがほとんどのような気がしています。


 孔子や孟子や老子などの諸子百家がいたことや、隋唐の時代の歴史などは、あまり持っておらず、その大部分は日本軍との戦いにいかに勝利したかというものではないでしょうか?


 中国の過去の歴史的な蓄積は、むしろ日本の京都に来れば、文献もよく残されていて研究がしやすいということではいないでしょうか?



 西暦775年に、宇宙線が大量に降り注いだらしいことが、屋久杉の年輪から解明されましたが、東アジアの文献に何らかの天変地異が現れたという記述を探しだすなどの研究は、やはり京都あたりが最もふさわしい地ではないかと思うのです。


 つまり韓国から中国・ベトナムあるいはモンゴル・チベットに至るまで、東洋の文化・文明を研究するセンターになりうるのは、台湾であり日本であり、もっと細かく言えば京都ではないかと思うのです。


 大陸は漢字を簡単化したために、古典を読む力が弱っているのではないかと思います。


 つまり漢字文化圏の東洋平和の中心地が日本または、京都になりうるのです。
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2013/6/12

トルストイの『戦争と平和』が、『100分で名著』で紹介され始めました。  隣国との友好と平和

 トルストイの『戦争と平和』は、今でも世界の作家たちの愛読書ナンバー3なのだそうです。



 私も、長編映画のソ連版【ボイナ イ ミール】を映画館に見に行った記憶がありますし、ビデオも見ました。


 しかし、アンドレイとピエールとが、他ならぬナポレオンの信者だったとは、私も初めて知る話でした。


 それがわかっていればまた、理解が深くなりそうです。
翻訳本にも挑戦はしたことがありますが、途中で投げ出してしまいました。


 19世紀のロシアの歴史を熟知していくには、【戦争と平和】というのはよき教科書になるに違いありません。


 映画では、ナターシャの美しさばかりが印象に残っていて、一体何がテーマだったのかがはっきりしないままでした。

 が、今回の【100分で名著】の紹介をきっかけにして、もう一度トルストイを味わってみたいと思います。


 なんと言っても、トルストイ主義という言葉があり、徳冨盧花や宮崎滔天の兄弟にも思想的に通じる世界平和の原点でもあります。


 日本国憲法9条の原点だと言ってもいいくらいです。


 戦争というものがない世の中を、地球をどう実現していけばよいのかを考えていく基礎に、【戦争と平和】とトルストイを読むことは大事ではないかと思います。



 トルストイは、ロシア語を私が学習する目的のひとつでもあります。ロシア文学の存在は、明治・大正時代の日本人には大きな意味を持っていたようですが、当時の人々はロシア語を勉強していたのでしょうか?


 現代日本の状況では、ロシア語と言えば非常にマイナーな受け止め方をされています。ロシア文学への日本人の当時の尊敬の感覚は、今は昔に思えます。


 千島問題さえなければ、ロシアへの日本人の親近感は本来高いのが、当然の姿なのかもしれないという気が、私の心の中にあらためて生まれてきました。
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2013/6/12

丸木政臣さんの訃報  村のあちこち村おこし

 今朝の赤旗に、熊大付中教師だった丸木政臣さんがなくなった記事が出ています。


 和光学園の園長だった人で、国政選挙で日本共産党への期待と支持をたびたび表明して下さっていました。


 阿蘇郡一の宮町の生まれだったんですね。


 阿蘇郡内の日本共産党村議として、私も哀悼の気持ちを捧げ、ご冥福をお祈りします。


 志位和夫さんからは弔電。市田忠義さんは葬儀に参列いただいたそうです。
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2013/6/12

宇宙線が地上に激しく降りかかった西暦の775年とは、どんな時代だったのでしょうか?  村のあちこち村おこし

 京都に都が移ったのは、『鳴くよウグイス』の794年でした。


 ですから…755年とは、奈良時代とは言っても、藤原京だ長岡京だと次々に都を移してばかりいた時代ではなかったでしょうか?


 イギリスでは、空に十字架が現れたと言いますが、やはり不安定な時代だったのでしょうか?



 欠かさず見ている【コズミックフロント】で今回やっていたのは、屋久島の杉の切り株を分析している名古屋大学のある研究室が、西暦755年から10年ほどの年輪に、大量の宇宙線が降り注いだことを示す、C14という炭素の同位元素が多く含まれていることがわかったとして、科学雑誌に発表したのです。


 世界の科学者が注目して検証し謎を解明しようと努力を始めたのです。


 南極の氷からもやはり755年の頃に宇宙線が大量に降り注いだ証拠が見つかりました。


 太陽の活動が、爆発的に活発化したからではないかという仮説が有力のようですが、もしも現代社会に突然太陽の活動の何らかの活発化によって、大量の宇宙線が降ってくれば、癌の多発だけでなく、パソコンやネットなどの機能が破壊されたりしはしないかと心配されます。


 太陽からの宇宙線が大量に降り注いだのならば、低緯度地方でもオーロラが見えたに違いないとしたら、当時の文献に何か記録が見つかるのではないかと、ネット検索してみたら、中国からは2つの盾が空に見えたり、蛇が見えたなどいろいろと出てきました。


 日本の奈良時代の文献には何か出ていないか?それともツール・ポアチエの戦いでフランスから撃退された後のイスラム勢力下のスペインに、何か書かれた文献はないかなど、文系の探査もあっていいのではないかと思います。
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2013/6/11

認知症予防には、軽く歩きながら脳を使うこと。鳥取県の琴浦町の実践を知って…  村のあちこち村おこし

 東アフリカのモザンビークと日本史との間には、意外な接点があったようです。


 【本能寺の変】で明智光秀に殺された織田信長のデスマスクが、モザンビークの黒人の手で作られていたというのです。


 全く知りませんでした。信長の骨は発見できていないと思うのですが、デスマスクがどこかに残されていたというのでしょうか?



 このモザンビーク人は、信長の家臣だったとか。


 なんでまたアフリカの黒人が信長の家臣なんだろうと考えてみたら、当時ポルトガルの宣教師が来日していたことを思い出しました。


 モザンビークもポルトガルの植民地でした。私が大学を卒業した後だったか、ほんのついこの前にポルトガルから独立したばかりでした。

 世界史の中では、一番最後の独立がポルトガルの植民地だったんですからね。赤旗しんぶんに、しきりにモザンビーク解放戦線の動きについての記事が出ていたのを覚えています。


 それは反対から言えば、植民地だった歴史が一番長かったのが、モザンビークあたりだったということになりはしないでしょうか?それとも、マカオかな?


 そんな知られざる歴史の1ページが、RKKの【世界ふしぎ発見!】で紹介されていたというのに、テレビ欄を見落としていて録画できなかったのは残念なことでした。


 さて、話は変わりますが、認知症の予防として、努力のやり方があることを、【チョイス】というテレビ番組で紹介していました。


 それは、歩きながら頭の中で、
200ー7=193
193ー7=186などと連続で引き算をしたり、尻取りをしたり、あるいは野菜の名前をすべて出していくなどです。


 鳥取県の琴浦町では、認知症になりかけた人を早期に発見しようと、簡単な問いをパソコンを使って見つけ出していました。


 認知症予防教室に集まってもらい、介護保険料を大幅に下げることができたという実践例を紹介していました。


 ともあれ、英文を一節ずつ暗唱するのも、あるいはまた、歩きながら参議院選挙の政策を唱えてみるなども、認知症予防によいのではないかと推測できます。


 今朝のラジオ深夜便で、鶴を何万羽も折り続けておられる人のことを紹介されていました。


 認知症予防に効果的なやり方なら、知的障害者にも統合失調症に苦しむ人も、試してみる価値がありはしないでしょうか?


 私は、精神病院などでも、入院・通院しながら、囲碁でも将棋でもクロスワードでも、あるいは漢字パズルでも、夢中になれば、少なくとも将来パチンコ依存症に陥る余地をなくすことになるのではないかと感じています。


 そんなことを、臨床実践で証明して欲しいと、お願いしたいものです。
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