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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/2/28

分かりやすく解説して下さる、もうひとりの【池上】さんがおられます。  村のあちこち村おこし

 NHKの人気番組《週刊子どもニュース》で、大変分かりやすく解説する人として、大変有名になった池上彰さんは、今やたくさんの本を出版されたり、民放のテレビ局の方でも人気者となっています。


 しかし、分かりやすく語れる人物として、もうひとり【池上】さんがおられることをお伝えしたいと思います。


 池上【洋通(ひろみち)】氏です。


 自治体問題研究所の主任研究員という肩書きで、【住民と自治】の2月号に、《十五年戦争の果てに》と題して、日本ファシズムと地方自治について、詳しく解説されています。

 大正デモクラシーの時代から、満州事変を経て、アレヨアレヨという間に、なぜだんだんに戦争の深みにはまっていったのかという謎は、あらためてしっかり把握して、安倍政権が突き進む、「戦争のできる国家づくり」への動きにストップをかけなければなりません。


 太平【洋】戦争に至る【通】史に、大変造詣が深い人が、池上【洋通】氏なんだというようなこじつけ暗記によって、まずはしっかりと頭に定着させたいものです。


 このあたりの年号を覚えることは、物事の前後関係・因果関係を頭に入れていく上で重要です。


 テンキー年号表示を駆使して、皆さんとともに記憶法を探究していきたいと思います。


 例えば、【1932】年は、満州国建国と5・15事件が起きた重要な年号です。


 テンキーでは、【32】を、手を横から持ってくる陸軍式の敬礼だとイメージして、5・15事件に重ね合わせてみました。


 海軍式の敬礼は、手が縦になるという違いがあると聞いています。


 5・15事件が起こされた1932年から、2・26事件の1936年までは、わずか4年しか経過していないことが、年号暗記法によってあらためて分かりますね。


 明治憲法の基本的な欠陥として、軍事組織を天皇が直接に統率する統帥権の独立や天皇大権の規定の重さは、議会制民主主義を無視して暴走する【軍部】が誕生する結果となったと思われます。


 国家総動員体制が作り上げられた【1938】年のテンキー表示は、白い割烹着を紐でキリリと【たすきがけ】にした、モンペ姿の奥さま方の、勇ましい出で立ちみたいです。


 時の総理大臣は、近衛文麿であり、日中全面戦争に突入したことが、どのような文脈の中でだったのでしょうか?


 テレビでは、藤原氏だったとかで、天皇とは直接話ができる立場だったみたいに聞こえましたけれど。


 【1940】年は、大政翼賛会ができた年であり、さまざまなスローガンを書いた(たすき)を斜めに着て、壇上に並んだ姿になりました。


 池上洋通氏の論説を読んで面白かったことは、東京都制が設置されたのは、1943年のことで、地方自治権を取り上げることがその目的だったんだとか。


 今、大阪都構想を掲げて、ひとりで騒動をしている橋下さんが大阪にいますが、東京都のそんな前例を見習ってのことかもしれませんね。

 腰を落としてじっくりと事実を脳内に積み上げ、二度と戦争の悲惨を繰り返さないように運動をしていきましょう。
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2014/2/28

日本にもシリヤがあったんだ。青森県の尻屋崎《シリヤザキ》  村のあちこち村おこし

 中東のシリヤは、民主化勢力が政府軍との困難な戦いを続けていることで有名ですが、この日本にもシリヤがあったんだとは、新聞12社連合企画の《近代の礎 産業遺産を歩く》で尻屋崎灯台のことを読むまで知りませんでした。


 下北半島を巨大な鉈とすると、その柄の尖った先に位置するのが、尻屋崎灯台です。


 右肩上がりの、尻上がりの半島の先端になります。


 【八重の桜】で見たように、戊辰戦争に敗北し、官軍から徹底的に痛め付けられた会津から、下北半島に移封された斗南藩が、【1871】年に灯台建設を誓願したことに遡るそうです。


 【1871】をテンキー表示すれば、なんと記憶に都合よいことには、灯台の形になったではありませんか。


 そして灯台が完成して光を濃霧がよく発生する海峡に投げるようになったのが、【1876】年でした。


 この【1876】年のテンキー表示の【76】がまた、周囲に明々と回転させる光を届ける灯台の姿になりました。


 暗い世の中に光を届ける存在は、現代にも必要です。


 暗闇が潜んでいることは、アンネの日記を破り捨てる人がいることからも気づかされました。


 さて、今朝の赤旗は、ヒトラー生誕125周年を祝うパーティーを開こうとしている右翼団体が、この日本に存在することを教えてくれました。


 4月に生誕記念パーティーを予定しているのは、「維新政党・新風」の瀬戸弘幸元副代表らの「ヒトラー・ナチス研究会」が主催する予定だといいます。


 各地の図書館や本屋さんに並べられた【アンネの日記】が次々に破り捨てられたニュースがあったばかりです。


 【ヒトラー・ナチス研究会】と聞いてすぐ私は、麻生太郎氏が改憲はワイマール憲法を、国民が気づかないうちにナチス憲法に変えたことに学んだらどうか…と言ったことがすぐ連想されました。


 【在特会】は、ヒトラー賛美のパーティー日程を、ウェブサイトから削除はしたものの、「支那朝鮮のいない大東亜共栄圏実現・国民大行進!」という別の行事を掲載したと赤旗は報じています。



 おぞましいスローガンです。
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2014/2/28

山都町矢部高校は【大造り物】のミニチュア版。ウクライナ情勢も縄張りを争う2羽の鳥でミニチュア版。  村のあちこち村おこし

 分裂もしかねない危機にあるのが、現在のウクライナ情勢です。


 国家分裂の可能性を、ウクライナ周辺の地図を凝視しながら、脳内をα波で満たして予知を試みていると、今後の展開がなんとなく見えてくるような気がしてきました。


 クリミア半島の形には、空から舞い降りたトンビが、地上に這い出たネズミをくわえて飛び上がった姿が隠れているようです。


 この、クリミア半島一帯の地図からは、【トンビの油揚げ】【漁夫の利】といった言葉が浮かびます。


 また、クリミア半島の両側の湾を、ポジとネガとを反転してみると、西側が頭の黒いカラスになります。


 じっとして、水しぶきが霧になって空中を漂う、清流の岩にじっと佇んでいるカラスです。


 また東側の湾の形は、清水の急流に差し渡した木の枝に停まって、いまにも小魚に飛びつこうとしている小鳥のようです。


 この二羽の鳥の、嘴を合わせるようなシルエットからは、お互いに縄張り争いをしようとするイメージよりも、餌を与える親子の情愛の方が連想されます。


 おそらくは分裂の悲劇は克服されて、融合する楽観的な未来が待っていそうです。


 ところで熊日に、山都町の矢部高校が、矢部の名物・八朔祭りの【大造り物】のミニチュア版を作って展示しているという記事が出ていました。


 ウクライナの東西握手の絵や、クリミア半島を挟んでお互い睨みあいをしているようでいて、いずれ東西融和の未来が暗示されそうな絵を、ミニチュア版の【造り物】で表現してみるのも面白いと思います。


 巨大地震の震源域にあたる駿河湾の形が、原水爆の放射能汚染によって生まれたことになっている【ゴジラ】によく似ています。


 ミニチュア版の【造り物】でなら、反核兵器容易に表現できるのでは…


 そんな危険な場所に立地する浜岡原発を再稼働するとは、一体どんな神経なのかと風刺する…いわば立体政治マンガになりますね。


 日本には、盆栽などの【ちぢみ文化】の伝統があります。

 山都町は、山の連なりの中に、まばらに家が散らばり、高齢化が進んでいる人口密度が低い町です。


 観光資源と言えば、清和文楽と天文台、それに矢部の八朔祭りです。


 造り物もこの山都町の矢部高校から、ミニチュア版が、新たな日本文化のひとつとして発展させていけばどうでしょう。


 新しい文化の発信地になったら、人は多く集まってくるのではないでしょうか?


 つまりそこが都になるのです。
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2014/2/28

和泉式部は嬉野市で生まれたそうで…  村のあちこち村おこし

 歴史秘話ヒストリアで和泉式部が取り上げられていましたが、どこで生まれたかは紹介されていませんでした。


 私もこれまで、和泉式部については、紫式部と清少納言にならぶ、平安時代の著名な3人の女流歌人のひとりであるのに、さっぱり知りませんでした。


 百人一首に、
『あらざらん この世の外の思い出に いまひとたびの 逢うこともがな』
というのがあると言われて、そう言えばあったなと思い出した程度でした。


 でも、議会広報委員会の研修で、全国コンクールでいつも上位に位置している嬉野市議会を研修させて頂きました時に、早朝散歩したら和泉式部が生まれたところというのがありました。


 そしてあまり間もなく、『歴史秘話ヒストリア』で和泉式部に再会するとは、たまたまではあっても偶然とも思えず…

 和泉式部に興味を覚えました。


 合併して大きくなった嬉野市の市域の地図を、パンフレットで見ていて、斜めに傾いて座った大仏さんみたいだなと思いながらも、大仏さんは嬉野市には関係ないから何かに関連づけられないかなと考えていました。


 歴史秘話ヒストリアを見て初めて、嬉野市の形は、和泉式部が十二単を着て座った姿に見えてきました。


 それも傾いた先は京都だと思えば…


 嬉野市が議会広報のコンクール常連となっているのも、和泉式部以来の文学的にすぐれた表現を追求してきた伝統が息づいているからだと思うと、なるほどだなと納得がいきました。


 街の通りには、店の先などに、俳句を絵とともに掲げたぼんぼりが提げてありました。


 正岡子規のふるさと四国の松山や、漱石ゆかりの熊本市が俳句に力を入れて町おこしをしているのと並んで、佐賀の嬉野市も文学の里だと記憶しておかなくてはなりませんね。
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2014/2/27

北朝鮮は《人道の罪》 社会主義とは無縁の独裁専制体制  村のあちこち村おこし

 国際刑事裁判所で判断を!


 北朝鮮は系統的で広範な人権侵害をし、人道に反する罪を犯しているー。


 こう結論づけ、国際刑事裁判所で検討するよう勧告する異例の国連報告書が発表されました(2月17日)。


 これは3月2日付けの赤旗日曜版で、坂口明記者の特集署名記事の冒頭です。

 ジュネーブの国連欧州本部で、調査委員会のカービー委員長が記者会見して報告書を発表しました。


 その【囚人】の項目には、
『過去50年以上に数十万人の政治囚が収容所で死亡し、4カ所の収容所などに8万〜12万人の政治囚がいると推計します。』
 と書いています。

 北朝鮮の人権状況は最悪ですね。国際刑事裁判所で判断を求めているということは、犯罪にあたると言っているようなものです。


 カービー委員長は金正恩(キム・ジョンウン)第一書記に書簡を送りました。

 『人道に対する罪に直接関与せずとも、軍事司令官が罪を問われる場合がある』
と書いて…


 アフリカのビクトリア湖の近くのある国は、この国連報告書をみて衝撃を受け、北との国交断絶をしたというぐらいの大きな波紋を広げています。


 この記事を見た後にあらためて、北朝鮮の地図を見つめてみました。


 すると、獄につながれた囚人が、冷たい床に座りながら、カービン銃みたいなのを、俯きの姿勢でせっせと磨かせられているイメージが湧いてきました。


 頭は慈江道のあたりになりますが、黒い覆面を被らされています。


 国土全体の形から、囚人労働の姿が浮かび上がっているのです。
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2014/2/27

左手と右手とが握手した形をしているのが、東西ウクライナ。  村のあちこち村おこし

 東西分裂の危機もはらんだウクライナ情勢になりましたね。EUも心配しています。


 今朝の日刊赤旗の、ウクライナ政変報道を読めば、そもそものウクライナの歴史からしても、東西に分裂する可能性まで漂ってきました。


 ウクライナの言語圏を色分けした地図(AFP時事)が、記事に添えて掲載されていました。


 一見して両者の握手に見えましたが、奇妙なことにウクライナ語が主要言語となっている西部地域が差し出す【右手】に対して、ロシア語が主要言語である東側が、【左手】を差し出してギュッと握りしめているような図に見えてきました。


 握手は通常右手と右手を差し出して握りあいますが、右手に対して左手を差し出すような違和感が、ひょっとしたらあるのかもしれません。


 しかもこのロシア語圏の【左手】には、鎖のようなクリミア半島ともうひとつの半島とが、下がっているところも暗示的で印象に残ります。


 この鎖の断片みたいなクリミア半島とやオデッサあたりは、クリミア戦争や露土戦争の激戦地であり、また、ロシアの軍港もある軍事的にも大変重要な地域にあたりますからね。

 記憶がうっすらとしていますが、ロシア革命を描いた『戦艦ポチョムキン』の中に、オデッサは出ていたのではないかと思うのですが…


 ウクライナ情勢は、これから、ロシア側ががっちりと政治力を発揮して、柔道ではないけれど抑え込みに入るのではないかと、直感は私に語りかけているのですが…
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2014/2/27

2・26事件が起きた1936年…雪景色の中  村のあちこち村おこし

 皇道派と統制派と、当時の陸軍は別れていたんだとか。


 2・26事件が起きた【1936】年を、テンキー表示してみるとサーベルを斜めに払ったあと、捧げ銃の姿勢をとる陸軍士官学校出の兵たちが整列した情景が浮かびます。


 雪が静かに降りつつある中に…


 【36】の並びが、ヒラヒラとそこに舞い降りる雪の花びらです。


 NHK歴史館の中に、わが熊本県にも関係が深い武藤章の名前が出ていましたね。


 経済の閉塞状態は【1929】年に始まりましたが、これまた世界的な大恐慌が起きた年。


 【1929】をテンキー表示してみれば、ウォール街で株式取引をしている仲買人が、手指で合図をしながら、ヤイヤイとやりあっている姿になりました。


 テンキー表示の中で、これほど最悪はないと思えるペケ印【X】となるのは【1937】です。


 ナチスのハーケンクロイツにも似たこの年は日本にとっては、やがて【1945】の無条件降伏にいたるまで原因→結果・原因→結果の必然の一直線の展開となった日中戦争が、事変という名前で開始された年でした。

 戦後の日本においては、大半の戦死者と戦争被害者は、最後の【1945】年に集中しているため無理もありませんが、太平洋戦争の記憶と反省が主であり、日中戦争は一体誰が始めたのかについてさえ、後景に押しやられた感があります。


 二度と戦争の悲惨をこの地上からなくしていくため、歴史から教訓をしっかり学ぶためには、日中間の戦争、とりわけ最悪のペケ印【X】となる【1937】年に何が起きたかを熟知するようにしなければなりません。

 中国に関する検定が、日中友好協会によって始まるようですが、いつの日か私も、テンキー年号暗記法を駆使して応募したいと思います。

 隣国のことはよく知らなければなりませんから。


 【1945】のテンキー表示から私の脳裡に浮かぶ光景は、アメリカの空母に向かって海面すれすれに水平突入していく特攻機の航跡です。


 斜めにあがる猛烈な弾幕をかいくぐりながら…


 戦死を強制された無数の若者の無念を思えば、今安倍晋三総理が進めている『戦争ができる体制づくり』に反対する声を、たとえひとりひとりの力は小さくても上げていく時です。
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2014/2/26

大分県は、大分市を目の玉にした巨大魚に見えてきました。  村のあちこち村おこし

 大分市を目の玉にした時に浮かび出てきた像は、佐伯市など豊後水道側のリアス式海岸を口にした巨大な魚です。


 ただし、この魚の胴体は熊本県内にまで延びており、バタバタと跳ねながら暴れるのを、国東半島を頭とする人間が必死に抑えつけようとしているところです。


 この絵が頭に入れば、
『大分・まな板・鯉の板〜』
などと調子よく唄いながら、大分市がどこにあるかは、目を瞑っていてもはっきり浮かぶようになる利点があります。


 黒田官兵衛の居城もあった宇佐市は、まな板のような長方形をしています。


 まな板の上の鯉のような気持ちになっているのが、九州松下、現在のパナソニックの従業員で、3月に工場閉鎖するという寝耳に水の計画を聞いてびっくり。波紋を広げています。


 一挙に数百人もの雇用が減ってしまえば、地域経済への相当な打撃になるのは確実ですね。


 2月23日の赤旗日曜版にその辺のことが出ています。


 企業が雇用を減らすなら、新しくベンチャーを立ち上げて新陳代謝をはからねば、未来は開いていけないのではないでしょうか?
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