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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/3/9

最近、北京行きの飛行機がたて続けに…偶然でしょうか?  村のあちこち村おこし

 マレーシア航空機が、クアラルンプールから飛び立って間もなくのコタバル付近で、忽然と消息を絶ちました。


 非常事態のシグナルも一切なく、残骸も発見されず行方不明になるということは、自然に考えると空中爆発しかないと思うのですが…


 クアラルンプールから北京に向かう旅客機でした。


 これは余談ですが…

 マレー半島とインドシナ半島との間の海域も南シナ海とテレビでは報道していましたが、そんな中国から離れた海域までも【南シナ海】と呼ぶのはおかしくはないでしょうか?


 ベトナムやフィリピン・インドネシアのすぐ近くにまで勝手に九段線を引いて、縄張りを主張している中国の存在があるだけに。


 話を戻して…先日、北朝鮮上空を通過して中国東北部の瀋陽に向かっていた旅客機のコースに、ちょっとの差でクロスするような危険な弾道で、北朝鮮は予告なくミサイル発射を行いました。


 私はその時に、国際線旅客機が、よりにもよって北朝鮮の領空を飛んでいることを初めて知りました。


 何をするかわからない北朝鮮の上空を旅客機が通過するなど、こんな危険なことはありません。ロシアの沿海州に迂回して飛ぶべきではないでしょうか?


 あるいは、我田引水になりますが…わが【阿蘇くまもと空港】を経由して行くとか、瀋陽行きはコース変更をすべきではないでしょうか…


 さて、爆破されたかもしれないクアラルンプール発北京行きの旅客機と合わせて考えると、中国行きかの旅客機に対する威嚇とも取れる、予告なしのミサイル発射事件の裏側にも、何かありはしないか?と、つい勘ぐってしまいます。


 【1987】年の、北朝鮮の仕業だったことが後にはっきりわかった、ミャンマーのヤンゴン沖での大韓航空機爆破事件のことが、なぜか思い起こされます。

 あの時も、シグナルもなく突然機影がレーダーから消えてしまったんではなかったでしょうか?


 直前に飛行機から降りた二人が怪しいとされて、キム・ヒョンヒらが逮捕されました。


 マレーシア航空機の乗客の中にも、やはり二人の旅券が盗まれて使われたのではないかと…


 端からはよくはわかりませんが、推理している人も多いのではないでしょうか?


 すり替わっての自爆テロ(?)みたいな。


 中国では南西部の雲南省の昆明市で、刃物を振り回すというやり方の、絶望的な集団殺人事件があったばかりです。


 これは爆弾は使われなかったので、【自爆テロ】とは呼ばれてはいませんが、爆弾の代わりに刃物を使って、無差別に人を殺し、自分も射殺された訳で、発想的には
『もうどうなってもいい』
というような【捨て鉢】な、【自暴自棄】な印象は、自爆テロと共通しています。


 中国の雲南省は、ミャンマーとの国境線に、美しい女性の横顔を浮かべています。


 ちょうで北京では中国共産党が大きな会議を開いていて、腐敗根絶などを論議しています。


 北京行きの旅客機が、もしも爆破されたということなら、中国に旅行しようとする人は、キャンセルしたりするかもしれません。


 まだ自爆テロと判断された訳ではありませんが、一定の経済的悪影響がどこかの国にもたらされると考えた可能性は、頭の隅っこに置いていた方がよいかもしれません。


 無実の人を巻き添えにするテロリズムは、アメリカがやっている無人機攻撃と同様、決して許せない犯罪です。


 憎しみは憎しみを生む…汝の敵を許しなさい…と、イエス・キリストは教えています。
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2014/3/9

テンキーで英文入力練習。いずれ数字を英単語置換する暗記法を試してみたい。  村のあちこち村おこし

 中米コスタリカの記事を、赤旗の記事で見たら、前髪垂らした青年の横顔に見えてきました。


 首都のサンホセが目。ひょろっとした青白き青年が俯いています。視線の先をどんどん辿っていったら、なんと太平洋の遥か沖合いのガラパゴス諸島の方角のようです。


 私が察するに、サンホセの青年たちは、孤立した群島における独自の進化よりも、グローバルThinkingでこれからはいった方がよいのではないかと考えているようです。


 今やリッチな人がますますリッチになり、プアな人がますますプアになる新自由主義モデルから脱することこそが、これからの本当のGlobal thinkingではないのか…と。


 コスタリカは軍隊を持たない国として理想主義を実行している国として有名ですが、英語で言えばリッチなコーストになるでしょうか?


 4月に予定された大統領選挙で、あまりの支持率急落に与党候補が驚いたのか、急に立候補を辞退したため、対立候補のルイス・ソリス氏は選挙なしでソロリと当選となりました。


 何だかソラリスに似た名前ですが、コスタリカのソラの下、初めて新自由主義モデルに異議を唱える大統領の誕生になりました。


 サンホセの青年が思うように、失業や貧困と闘う世界中の人々を勇気づける結果となりました。


 さて目を転じて、ウクライナ。ウクライナは英語ではユウクレイン。


 クリミアはクリーミイな語感の地名です。


 山焼きから戻ってきたら全日本綱引き選手権大会をテレビでやっていました。日本の運動会から発祥したであろう【綱引き】というものを、東京オリンピックの種目にしたいものです。


 そんな思いで改めてクリミア半島の地図を見ると、両方の手が右と左に。互いに綱引きしているのか押し相撲しているのか。


 モナリザのように【ゆっくり】と体の前で交差している両手のようでもあります。


 しかしそれにしては、右と左の手の大きさが違います。まるでロシアとウクライナとは力の差があると言っているような…


 19世紀・20世紀なら、軍事的衝突が起きて決着するところでしょうが、21世紀なら21世紀らしく経済交渉と圧力とで解決できないものでしょうか。


 世界中の人が固唾を呑んで見守っています。


 でも日露戦争の旅順港閉塞作戦が、クリミア半島でも見られるとは。スギノはいずこ?


 ゆっくり垂らした両の手は、山焼きで、延焼を防止のために手に握って歩く、杉の小枝を交差したようにも見えます。


 戦争の火種は、杉の枝で叩いて消し止めたいものです。


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 ケータイ速打法は英文入力に応用できたら、世界が見えてくるかもしれません。


 まずはローマ字入力から練習を始めることにします。赤旗『主張』や大会決定や綱領など。
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2014/3/9

1940年1月。新四軍事変または皖南(かんなん)事変は、記憶しておきたい。  村のあちこち村おこし

 昨日は福島県で、原発反対の大集会があったそうですが、今日の3月9日は全国で何らかの行動が一斉に行われます。

 私はと言えば、山焼き協力です。


 さて、福島県の地図を見ていたら、ウクライナ情勢が気がかりでいたことが作用したからか、私の目には思いもかけず突然、こちらに進んでくる戦車に見えてきてびっくりしてしまいました。


 ウクライナの南に広がる黒海とアゾフ海のシルエットが、戦車の上から機関銃を構えた兵に見えてきましたが、今度は日本地図の中からも戦車のシルエットが見つかってしまったことになります。


 何か私の前世にそんな恐怖の体験があったんではないでしょうか?と思えるほどギョッとしました。


 猪苗代湖が、ちょうど今にも火を噴きそうな、こちらに向けられた戦車の砲口に見えてきたのです。


 ドイツ軍の戦車などは思い出したくはなかったのですが…ウクライナに攻め込んだドイツ軍はどうだったろうと思っていたら…


 この図を浮かべると猪苗代湖の位置が、脳内の視覚野のスクリーンに、簡単に投影できます。


 猪苗代湖は銀河系中心にある巨大ブラックホールを俯瞰した絵に見えないこともありません。


 銀河系中心を1回転して現在の位置に地球が戻ってくるまでには2億年かかります。宇宙的にはわずかの2億年です。


 原発はそもそも人類生存にとってはわずか1万年も共存することはできない代物なんだと、猪苗代湖の畔に生まれた野口英世も草葉の陰から思っていることでしょう。


 さて、1937年から始められた日中戦争においても、戦車が走り回っていました。


 近衛文麿の【一撃で】やっつけるつもりとは裏腹に、やがて中国側の徹底抗戦により、日本軍は泥沼にはまりこんでしまいました。


 ロシア語でスイカはアルブースと言います。


 農家に【アル】かぎりのスイカを略奪して、戦車の中に積み込んでおいて、【ブース】と突き刺して食べていたかもしれません。


 黄河以南の華中・華南合わせたら、スイカを切ってガブッとかじりつきたくなる半円形に見えなくもありません。


 華中・華南方面から復員した人の話からは、それほどな激戦はなかったような雰囲気がありました。


 食べることには困らなかったヨ!というような、暢気な日本軍でいられた理由が、不破哲三さんによる前衛論文を読んでなんとなく背景がわかった気がしました。


 【1940年1月】に、新四軍事変は起きました。


 黄河以南の日本軍占領地の背後でゲリラ活動をしていた【新四軍】に対して、国民党政府が黄河以北に移動するよう命じました。


 命令に従って北上するところを待ち伏せ攻撃をされて、全滅に近い被害を受けたというのです。


 皖南(カンナン)事変ともいうらしいのですが、蒋介石によって真空地帯ができたようです。


 【1940年1月】のテンキー表示からは、待ち伏せされているとも知らず、新四軍の兵たちが渡っていこうとする黄河の濁流が見えてきました。


 【19】が左岸、【40】が右岸と思えば、西北の上流から南東の下流になるに従って、だんだん川幅が広くなっていく黄河の感じが出ていて、新四軍の悲劇がいっそう胸にきます。
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