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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/7/7

アラビア語はラジオ講座も合わせて…まずは文字の美を感じて、書き取りから馴染んでいこうと  村のあちこち村おこし

 アラビア語は、テレビ講座だけでは、進度があまりにもゆっくりし過ぎで、一向に学習のテンポが上がりませんね。



 ある程度助走に勢いをつけて、一気に跳び箱を踏み切るような感じでやらないと、初心者の最初の入り口から、いつまでも奥に入っていけないような気がします。


 それで、熊本市内に出たついでに、アラビア語のラジオ講座テキスト(4月から9月)を買ってきて、文字の書き取り練習を始めることにしました。


 と思ったのは、アラビア書道に芸術的な革新をもたらした、本田孝一氏が先日テレビに出ておられまして、ヒントを得たからなのです。


 本田孝一氏は、ホンダの『本田こういちろう』氏の名前を短めたみたいです。


 東京外大のアラビア語科に競争率が低いからと受験したとのことではありましたが、せっかく入学はできたのに、卒業した時に、コンニチワの
『アッサラーム アライクム』
しか知らないレベルだったと告白されていました。 


 やはりそれほど、アラビア語科に入った人でさえ、最初の取っ掛かりというのは、学習を進めるには大きな壁が立ちはだかっているもんだなとわかって、変な話かもしれませんが、独習の私はなおさらそうだと、安心しました。


 そんな氏も、サウジアラビアに仕事で行って、必要に迫られてアラビア語と格闘をしなくてはならなくなりました。


 砂漠の地図に、現地の人からワジなどの地名を聞き取って、アラビア文字で書き込んでもらううちに、その文字の美しさに魅了されるようになってきたとのことでした。


 くねくねとした軟らかく、砂漠の風紋みたいな文字の神秘的な美しさは、現地に足を運んだからこそ理解できたのかもしれません。


 私は、その話を聞いて、アラビア文字の美しさを、少しずつ書いて馴染んでいくことによる学習をやってみようと決意しました。


 今でこそ、英文を見たら一行の中の単語のいくつかは、まとめて目に入ってくるぐらいには、見慣れて、判読スピードは速くなっていきますが、中学一年生頃を思い出すと、アルファベットの字形が、なかなか目に馴染めず苦労していました。


 それを思えば、くねくねとしたアラビア文字に馴染めないのは当然です。


 ひたすら文字の美を味わいながら忍耐強く、手と目とに馴染ませていくしかないようです。


 『くねくね』と言えば、日本語のひらがなも、小学生が書いたものは、やっぱり小学生が書いた下手くそな字だなあとは、大人なら誰でも判別できます。


 それと同じく、アラビア文字も、書き慣れた上手な字と、下手くそな字とは、イスラムの人々には簡単に判別できるものらしいと、本田孝一氏の体験談を聞いていて想像できました。


 鍛練・熟練あるのみだと覚悟を固めようと思います。


 わが日本国は、原発エネルギーから脱するためには、水素エネルギーをはじめとする再生可能エネルギーへの転換を目指しつつ、当面はアラブ諸国とのお付き合いをしていかねばならず、アラビア語は学習の必要に迫られています。


 そして何よりも、世界から紛争の芽をなくして、平和な世界を実現していくために、アラビア語の学習はきっと大事なヒントを与えてくれるだろうと思うのです。
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2014/7/7

朝ドラ(花子とアン)の脇役・町田啓太さんと山田真歩(まほ)さんを、認識できました。/葉加瀬太郎さん  村のあちこち村おこし

 先ほど赤旗日曜版の読者がひとり増えました。



 さてまた、人の名前と顔の覚えかたを練習して、根気よくストックを増やしていきましょう。


 朝ドラ登場の俳優の名前暗記です。


 村岡印刷の弟の方の村岡郁也こと、町田啓太さんの名前は、マツタケに似ていて、太い眉が印象的です。



 また、宇田川満代こと山田真歩さんも、作家先生の堂々たる、怖そうで独特な、これまたいかにもありそうなキャラクターで印象的ですね。


 山田真歩さんは、魔法使いみたいな神秘的な名前ですね。太極拳の披露は、とてもさわやかな空気がスタジオに流れたようで、すばらしく映えましたね。


ー… ・ー・・ ・ーーー・ ー・ ・ー・ー ・・ー


 私は、今まで【葉加瀬】さんという姓の人には、全く出会ったことはありませんでした。


 明治・大正・昭和と、少年たちの未来の夢を刺激する言葉として、
『末は博士か大臣か』
というのがありました。


 博士というのは、偉人伝の中で、北里柴三郎や野口英世から始まって、たくさんの博士を産み出し続けたのが、この日本でした。


 私も北里柴三郎や野口英世に憧れ、またノーベル物理学賞を受けた湯川秀樹に憧れて、将来は研究者になって、何でもいいから博士になりたいと、図書館に通って天文学の入門編を読みふけったりしていました。


 その博士と同じ音の【葉加瀬】という姓があったとは驚きです。


 葉加瀬太郎さんのモジャモジャ頭は、これまた印象的です。バイオリンだとかギターだとかいう携帯できる楽器は、ピアノと違って場所を取らないので、日本の隣家とがくっついた、普通の狭い家であっても練習ができるという利点がありますね。
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2014/7/7

山口大学の副学長の纐纈(こうけつ)厚氏が、熊日に集団的自衛権は自動参戦にと、連載に。ジビエ  村のあちこち村おこし

 …ー ー…ー ー・ー・ ・・ー・


 熊日で、集団的自衛権について連載があっていて、私も熟読させていただいていました。


 その中で、山口大学の副学長の纐纈(こうけつ)厚氏の連載の最終日の文章に、集団的自衛権は自動参戦につながりかねないとして、1884年の台湾出兵・1894の日清戦争・1904の日露戦争・1914の第一次世界大戦…最近では、2004年の自衛隊のイラク派遣…そして2014年の今年の解釈改憲の閣議決定など、末尾に4の数字がついた年に、節目の戦争や出来事が起きていると述べておられました。


 これは偶然なのか何なのか、確かに不思議な数字の並びです。


 ついでに1940年の9月27日に、日独伊の三国軍事同盟が締結されたことが、第二次世界大戦の破局に向かって坂道を転がり始めた、誤りの『その時』だったという訳ですから、この【9月27日】の日付を、例によってテンキー暗記してみると、【927】は、見事【日本・ドイツ・イタリア】と、ナチスドイツを中心に置いた、二等辺三角形になりましたね。


 歴史的な近衛文麿政権や、それ以前の1931年の満州事変から始まる、軍部に引きずられて、既成事実を積み重ねられた歴史による、勇気のない決断の誤りこそ深刻な反省をしなければならない時です。


 安倍自公政権も、これから既成事実を積み重ねていこうとするものと思われます。


 警戒心を強くもって臨まなくてはなりません。


 さて、話は変わりますが、西原村の久保田自動車は、いろいろとエコな情操が得られる場所となっています。


 私は、久保田自動車で開催されるジャズコンサートに寄ったこともあります。


 『九州の食卓』という季刊紙が置かれていましたので、ソファーに座りながら、【九州のジビエ】というページを繰りました。


 車の修理の用事がなくてもフラッと立ち寄って、読書にふけることもできる整備工場です。


 奥さんは大変気さくで明るい笑顔が素敵な人で、フロアにの書棚には、蔵書が並べられているというユニークさがあります。


 【ジビエ】という言葉に惹き付けられたのは、かねてより阿蘇地方は猪や鹿の食害に悩まされており、猟銃を抱えて、駆除に行く人がいたのですが、最近の少子高齢化の中で、次々にやめていきまして、ますます有害鳥獣に悩まされてきて、なんとか解決しないといけない状態になりつつあるのです。


 鹿を捕らえても、食肉として処理されないまま、穴に埋めているらしいのは、もったいない気がしていました。


 五木村などでは、鹿の肉を処理して食材に加工するようになったと聞いたことはありましたが、阿蘇においても鹿や猪の肉を適切に処理できないものかと、南阿蘇村の議会では、一般質問が出たりしているとは聞いているところです。


 そのような、山で狩猟によって得られる命で料理すると、それが【ジビエ】と称すると知ったのはつい最近のことでした。


 なんとまあ、ジビエとは【地エビ】と、連想が働いてしまう美味しそうな名称でしょうか?


 つい昨日のこと。

 ローカルバス路線を乗り継いで、高知の室戸岬まで旅をする番組に出ていた、蛭子【えびす】さんという、【ジビエ】に語感が似たタレントの名前を、テレビで見てしっかり覚えたばかりでした。


 私は、阿蘇の6市町村がお金を出しあって組織している、阿蘇広域事務組合で、ジビエ食材の処理・提供のシステムを作り上げるのが、各自治体でそれぞれに取り組むよりもベターではなかろうかと思うのですが…


 【九州の食卓】の冬号に紹介されていたのは、福岡の糸島市に移住してジビエの暮らしを始めた畠山千春さんです。


 古民家を改造してシェアハウスをつくり、フェイスブックなどで知り合った人と共同生活をしながら、食費5000円の自給自足で暮らしているそうで、女性猟師なんだそうです。


 たまたま昨日の、7月6日の赤旗日曜版でも、その生き方が紹介されていました。


 何だか、私の周りで次々と同じ人の名前や事柄が連続する時には、何らかの運命の導きがあるのかも知れないと考えてしまうのが私です。


 その方向とは【ジビエ】の方なのか?それとも【畠山千春】さんの方なのか?

 久保田自動車のご主人に聞いてみたところ、なんとその畠山千春さんは、糸島からフラッとこの工場に立ち寄られたことがあるんだそうです。
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2014/7/7

春風亭小朝の明智光秀に、寺尾聡の徳川家康  村のあちこち村おこし

 今日は休刊日です。ひどい雨期になりました。


 昨夜のNHK・【黒田官兵衛】ですが、徳川家康には優しそうな寺尾聡がなっていました。


 口調の穏やかさといい、声の低さは、家康のイメージとは違いすぎますね。


 両目のあき具合を、一方を閉じ加減にしてアンバランスにし、腹に一物ありそうな雰囲気にメイキャップしています。


 明智光秀は春風亭小朝ですから、春風の中に昼寝をしていて、笑みがこぼれている感じの丸い顔ですから、どうにもこれから本能寺の変のような大それた謀反を行いそうな、悲愴な決意の人物には思えません。


 しかし、畳の中を動くときの足の運びをはじめとする所作は、さすが小朝さん。室町末期の雰囲気が漂っています。


 それにしても、今回の光秀の【本能寺の変】に関する解釈には、単なる裏切り者ではないとする最新の研究成果が反映されているかもしれないと思いました。


 つまり、信長の心の中にある、
『ひのもとに王は二人は要らない』
との言葉が暗示した、いずれ天皇家をなくそうとの計画を知り、危機感を抱いて阻止を図ったものだと…


『時は今 天が下知る 五月かな』

と決起したという、室町の名門らしく尊皇の念篤い光秀像です。


 1582年6月2日、信長を倒すために決起した丹波亀山城とは、いつか京都に行ったついでに寄って、私は光秀を偲びたいものです。


 娘・お倫というのが後にガラシャ夫人ではないのでしょうか?


 その嫁ぎ先である、細川家にとっても熊本県にとっても…丹波は重要なゆかりの地です。


 それにしても、かの有名な高松城の水攻めにあたり…10日で上流に堰を作り、水浸しにしたという、史上有名な話の裏には、一俵いくらと、ここぞとばかり一気に有り金を散財したことが、ドラマの中でさりげなく紹介されていました。


 人間、大志のためにここぞという察知力が必要で、棄てるべき時には棄てるものだとの教訓のひとつかもしれません…

 黒田官兵衛が単身敵陣に乗り込んで、小早川隆景と安国寺エケイとの直接交渉をした勇気と、切腹して果てた、清水宗春の名前は覚えておきましょう。
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