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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/10/15

《女たちの戦争と平和資料館》(wam)館長の池田恵理子さんが、慰安婦否定は“記憶の暗殺”だと…  村のあちこち村おこし

 1991年に、実は戦争中に《従軍慰安婦》だったとして、初めて韓国の金学順(キム・ハクスン)さんが名乗り出られました。


 従軍慰安婦問題が初めて世に出た、この1991年という年号は、ぜひとも覚えておかなければならない重要性があります。


 というのは、この問題をなかったこととして記憶から消し去ろうとする勢力が強くなっている現状の中で、日本が東アジアとオランダの人々との関係改善ができるかどうか、岐路の問題となっているからです。


 今朝の赤旗日刊紙の一面左上の、《黙ってはいられない》のコーナーに、元NHKディレクターで、現在は《女たちの戦争と平和資料館》館長をされている、池田恵理子さんが登場されています。


 【「慰安婦」否定は“記憶の暗殺”】という、非常に激烈な表題です。


 1991年以来の従軍慰安婦関連の報道に対する、1997年頃からの反動攻勢(バックラッシュ)について経過を述べておられます。


 池田恵理子さんは、1991年の、金学順(キムハクスン)さんが、従軍慰安婦だったと名乗り出られた年から、慰安婦問題で番組を作って来られた人ですから、まさに渦中の女性と言ってもよいくらいな人です。


 その後、1997年から、安倍現在の総理らが、【日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会】という、戦争を知らない政治家らが、グループを立ち上げて、巻き返しを始めます。


 まずは中学の歴史教科書から「従軍慰安婦」の記述を削除させる運動を始めたということですから、1997年の年号も時代の節目として大事です。



 そして、【女性国際戦犯法廷】を取り上げたETV2001で、安倍官房副長官の時に番組介入されたというのです。


 1991年と、金学順さんの名前は、セットにしてこのように覚えました。


 【學】という旧字体の冠の部分をよく見詰めてみると、両側を【1】、真ん中の【メメ】を数字の【99】と見なすと、學の字の頭になります。


 學の浮かべると同時に【1991】という年号が瞬間的にスクリーンに浮き出てくるようにになりました。


 【2001】という、番組介入元年は、【1991】から10年後のことで、片目を瞑らされたような数字の列びに見えます。


 でも、今吉田清治証言は、すでに1991年の時から全く確証がないというのは、関係者の間では一般的な認識だったというのです。


 朝日新聞バッシングを行いながら、ついでに従軍慰安婦そのものの記憶も暗殺してしまおうとは、詭弁家のトリックです。

 手品に騙されないように、目をしっかり開けて見破る力をつけないといけません。


 このような詭弁家のトリックにも拘わらず、1991年以来、フィリピン・在日・オランダ・中国・台湾・インドネシアなどで、謝罪と賠償を求める10件の裁判が始まり、その結果、ほとんどの裁判で、彼女たちが性奴隷を強制されたということを事実認定しています。


 法廷での事実認定は、ひとりひとり綿密な事実を積み重ねた上で行われたものですから、いくら国会の中で、従軍慰安婦を否定しようとしても否定できない重みがあります。


 志位和夫日本共産党委員長も、この問題について緊急発行したパンフレットの中で、この法廷での事実認定について触れています。


 それにしても、ヘイトスピーチの在特会と親しげな【山谷えり子】氏と、「女たちの戦争と平和資料館」館長の、【池田恵理子】さんと、どちらも同じ【えり子さん】です。


 しかしなんとまあ、正反対の人生であることでしょうか。


 1991年と1997年との間に、どのような歴史の潮流の変化があったのかと考えてみると、ちょうどその中間の1994年1月に、右傾化の一里塚・小選挙区制が導入されていました。


 1991・1994・1997と、リズミカルに年号は覚えていきましょう。


 歴史の暗殺に対抗するには、歴史の記憶術です。
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2014/10/15

FM放送局からの緊急ラジオ通報ですが、AMを聞いている人にも緊急告知は入るのでしょうかね?  村のあちこち村おこし

 朝日新聞ネットニュースで先日紹介していた、FMラジオ局からの災害時緊急告知ができるようになったという話題についてですが、どうもわからないところがあります。


 通常のラジオは…聞いていない時は、電源スイッチはオフが普通で、待機電力は使ってないはずです。


 待機電力なしの状態で、果たして外部信号でラジオが起動するものかどうか、そこが疑問なのです。


 またもし、それができるというのなら、視聴者が多いテレビでも、待機電力でオフにしている場合が多いと思いますので、ラジオと同様のことが可能ではないでしょうかね?


 小国町はFM局を持っているというので電話して確かめてみないとですね。


 さて、西原村では防災行政無線ラジオは、申請により住民に貸与されます。

 新しく西原村に引っ越して来られた人は、役場からオリエンテーションを受けて、防災行政無線ラジオの貸与のことなど、説明を受けるようになっていなかったのでしょうかね?



 西原村の防災行政無線は、よその町村みたいに誰かが亡くなって通夜や葬儀の日程までも何でもかんでも放送するというほどには、プライバシーに触らなくて、騒がしいと感じることはないと思います。


 大事な催し物のお知らせもありますが、もしも災害という時には貴重な情報源のひとつです。


 省エネをと思われる方は、長期の不在の時にはスイッチを切っておけばよいでしょう。


 邪魔になることはないと思いますので、役場に申請されることをおすすめします。
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2014/10/15

大河ドラマにという運動がある加藤清正は、日韓・日朝関係改善となる暁に  村のあちこち村おこし

 【加藤】さんを手話で表現する時には、槍で突く動作をします。


 加藤清正が、朝鮮出兵にあたり、槍で突いて虎退治をしたとの話が、戦前の人は誰もが知っていた常識だったみたいですね。


 たぶん教科書に出ていたんではないでしょうかね。槍の名手だったとは言え、その虎退治のイメージが強く残っているみたいで…


 韓国を訪問した時に、夜の懇親会でちょっと半島南端の全羅南道の李舜臣将軍の本拠地でしたが、私が挨拶の中で加藤清正のことにちょっと言及しただけで、大変な憎しみの感情を顔にみなぎらせた人がいて、今でも敏感な反応をもたらす歴史上の人物だなあと肌で感じました。


 今日の人は必ずしもそうではないかもしれませんが、加藤姓から槍がすぐ連想できた時代があったからこそ、手話表現に採用されたんだろうと思うのです。


 清正がNHK大河ドラマになるには、日韓友好と日朝修交とが前提にならなければなりません。


 韓国では清正というと、日本の朝鮮侵略の象徴としてあまりにも有名です。


 自動車産業とポスコと呼び習わされている鉄鋼産業とで、韓国経済を支えているのが、半島東部にあるウルサン市です。


 加藤清正の城が築かれていて、明軍の包囲攻撃に辛い籠城戦を行った経験が、その後熊本城の築城に生かされているらしい。


 清正の城の縁により、熊本市とウルサン市とは、確か10年かそこら前に友好関係が結ばれ、たくさんの韓国人がそれ以来、熊本城を訪問するようになりました。


 その韓国人の清正への反感修復の前提には、ウルサン市の鉄鋼産業育成への新日鉄との人的・技術的交流が根っこのところにあるのではないかと、そこを訪問した時に感じました。


 ウルサン市は豊田市みたいな産業城下町で、給与がよい中産階級のサラリーマン層がたくさんいる街でした。


 ウルサン市民は自信に溢れて胸を張って歩く人々で、清正のこともかつて歴史にはそんなこともあったな…という感じでした。


 最近の日本では従軍慰安婦問題で…在特会がヘイトスピーチをやって…国連の人種差別撤廃委員会から取り締まりを求められるという残念なニュースがありました。


 この風潮をなんとかしていくのは、ウルサン市と熊本市との友情と交流を広げていく、むしろ清正を表に出していくような逆転の発想が発揮される知恵が求められると思います。


 大河ドラマによって、むしろ日韓・日朝修交が実現できる知恵が湧いて出た時にこそ、大河ドラマに採用されると思います。


 特にヘイトスピーチが行われている、排外主義盛んなありさまではナショナリズムを刺激してまずいと思います。


 朝鮮出兵のもうひとりの尖兵となった小西行長も、秀吉の命で朝鮮の西海岸を北上して行きましたが、やはり熊本県の南部を領地に与えられていました。

 キリシタン大名であって…朝鮮出兵には内心苦しみながらの小西行長は、清正との対比として描かれることになりそうですね。


 来月末の連休に、上京する予定ですので、コリアンタウンと称されるらしい【新大久保】に足を運んで、街の雰囲気に浸ってみたいと思います。


 できれば在特会のメンバーからツーショット写真を撮ってもらったと、今話題になっている、山谷えり子国家公安委員長に、どこに行けば【ヘイトスピーチ】の現場に出会えるか問い合わせした上で、そこに駆けつけてみたいと思います。ホテルに行けば私もツーショット写真を撮らせてくれるかもしれませんからね。


 ヘイトスピーチの状況をぜひ体感してみたいのです。


 排外主義は日本を危うくしますからね。
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2014/10/15

人体に感じられない火山性微動は、ケータイやスマホに振動を増幅して伝え、【見える化】を図っては?  村のあちこち村おこし

 テレビの【ワンポイント手話】で、人の名前の表現を学びました。


 佐々木さんは、佐々木小次郎が背刀を抜く仕草で表現しますし、斉藤さんは斉藤道三の顎髭で表現します。

 斉藤道三と言われても、最近の若い人にとっては、


『誰?それ』
と言うのではないでしょうか。

 歴史に詳しい人であっても、斉藤道三が何をした人かよく知っている人は少ないかもしれません。


 物干し竿と言われた背刀を背負った佐々木小次郎は、宮本武蔵と決闘して、あえなく負けて殺された人です。


 ほとんど歴史には残らなかったに等しい短い人生だったにもかかわらず、背刀を抜く仕草で手話表現に採用されたことによって佐々木小次郎は、あたかもカシオペア座やオリオン座・ペルセウス座…たくさんの夜空の星座になって、永遠の命を得た英雄やヒロインのようなものですね。


 世の中には【加藤】姓の人もけっこう多いのですが…手話表現での【加藤】は、左手の人差し指の根元に、右手の人差し指を突き刺して、虎退治の時の槍で突く仕草になります…。


 加藤の姓の代表は、加藤清正なんだということですね。


 さて、9月27日の御岳山の噴火災害から、教訓をどう汲み取るかについて、私は考え続けていました。


 私は、阿蘇の中岳が立地する地域の、阿蘇広域事務組合議会の23人の議員のひとりです。


 消防・防災もその管轄のひとつになります。


 メーリングリストなどを用いて、あらかじめ火山に入山する登山者が、気象庁が把握した火山性微動を、リアルタイムで、増幅して【見える化】した状態で振動を、ビビビと感得できるシステムを、作り上げてはどうかと考えてみたのですが…


 気象庁の職員が、レベル1をレベル2に引き上げるかどうかと解釈に悩んでいる暇には、もう噴石が飛んで間に合いません。


 火山性微動は体感できるようにするのが、避難を促すためには有効ではないでしょうか。


 電話の着信を示す振動は、相手によって違う(音色)を選ぶことようにセットできるらしくて、それならば火山性微動の場合は不快な音または振動パターンで知らせるというシステムが構築できるはずではないでしょうか。


 この振動パターンは、火山性微動を示したものだと体感できるならば、気象庁の職員が解釈するより前に、登山者は急いで避難または下山を開始できて、死者重軽傷者を大幅に減らせるのではないかと思うのです。


 本当は、火山性微動そのままの強弱を増幅するのがよいのですが、技術的に可能かどうか?

 ケータイまたはスマホで入山登録をしている人には、紅葉情報や阿蘇のカルデラでごくたまにしか見られない雲海発生情報のサービスが得られるならば、登山家の皆さんは喜んで登録されて、いざ遭難となればGPS機能により、発見救助がしやすくなるのでは…

 阿蘇の五岳では、噴火口のない高岳はノコギリのように尖った、崩れやすい岩だらけの登山道のため、遭難者が多い山もあります。


 御岳山の3067メートルの、遭難場所で、寒さに震えながら、腰まで火山灰に埋もれながら、低体温症になるような中で、遭難者を探し続けておられる自衛隊員の皆さんのご苦労を見るにつけても、なんとか発見しやすくなるシステムができないものかと思うのです。


 火山噴火の災害対策にとどまらず、登山者の遭難救助一般にも役立つシステムが構築できないかと思うのです。
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