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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/11/10

手話ハンドブックが学校に配られ、ろう学校との交流も  村のあちこち村おこし

 西原村内で自転車利用を広めようと思い、まずは自分からと頑張ってみていますが、道でお会いした袴野の人に立ち話でご意見を聞いてみると
『よくここまで登って来れましたね』
と驚かれました。


 サイクリングが趣味な人か、あるいは競輪選手かはわかりませんが、エッチラオッチラと俵山方面に登っていくのを時たま目撃はしていても、つい半年前まで、まさかこの私が桑鶴方面まで自転車を漕いで上っている姿というのは想像もできませんでした。


 ペダルを(まあるく・まあるく)、丁度ろくろを手で回すが如く漕いでいげば、あまり力を入れなくてもいつの間にか届いている…そんなコツがわかったことが大きいのです。


 そのためには、腰の回転をよくし、引き足を素早くあげて、前に進もうとするペダルにブレーキをかけないようにすることが大事です。


 人生で何かをやりたいと夢を抱く時も、そんなデッカイこと言っても到底実現できっこないなどと、自分で自分にブレーキをかけなかったから、イタリア一部リーグの本田けいすけ選手の活躍はあるんだというような話です。


 その方が言われるには、一度自転車で下まで買い物に行こうと思ったけれど、下りは楽でも上るのが大変すぎて断念したそうです。


 アシスト付きの自転車購入の場合は、村が補助をします…などの施策はできないものなんでしょうかね?


 健康な村づくりの一環として、一度質問してみたいと思います。


 経済的で二酸化炭素排出も抑制できます。村内交流の活発化など、一石二鳥、【二重の意味】があると思うのですが…


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 BNCT療法という、脳腫瘍治療の新しい名前を、昨日週刊誌を見て覚えたばかりですので、語呂合わせを考えながら復習をします。


 竹内薫さん登場の『サイエンスゼロ』で、若い研究者らのプレゼンコンテストの企画は、楽しみながら、科学に興味を持つ人を増やす効果抜群でしたが、十名前後の研究者それぞれにプレゼンの良し悪しをポイントで会場参加も得て競わせるものでした。


 ボーナスポイント(BNPT)が出ましたので、BNCT療法はまだ実現していないので、私からはボーナス【コ】イントと造語を差し上げることにしました。


 コイン(お金)がネックですからね。


 1997年(引っ込んだ)は、日本では経済・労働・政治など、いろいろな意味で転換期でした。


 規制緩和・非正規雇用・大企業の内部留保が急増を開始・GDPが引っ込み始める…引っ込んだ経済は消費税の3・5・8・10(?)と連続アップで、ますます格差が拡大していきます。


 今年・2014(つらいよ)年の歳末・師走の12月が、年末助け合いになるか、それとも派遣村の行列がますます長くなるのかの歴史的転換点になるかどうかです。


 すでに安倍政権が一緒に軍事行動を行う集団的自衛権体制に移行しようとしている、その相手国・アメリカ議会が、民主党から共和党優勢へと転換しました。


 ビッグデータという手法は、人間の直感に近い未来予測の能力を、コンピューターに与えようとするものかもしれません。


 1997(引っ込んだ)年から2014(辛いよ)年。


 1997年にはコンピューターが、人間のチェス王者・カスパロフに初めて勝った年でした。


 これもコンピューターの能力が飛躍的に高まる21世紀への画期を示すできごとでしたので、記憶しておきたいと思います。


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 鳥取県議会では、去年2013(二重の意味)年で11(いい)こと。 去年の今頃、手話言語条例を日本で初めて制定しました。


 これは明るい未来を作る、心ワクワクさせる画期的なできごとでした。

 ニュースをテレビやネットで知った時には、唐突な印象があり、鳥取県知事はよっぽど偉い先見の明ある人なんじゃないかなと思いましたが、決してひとりの力だけでできるものではないし、形だけ条例を作ったとしても、後が続かなくては失速して墜落する紙飛行機のようなものです。


 その前段としての助走期間の努力が相当あっての条例であるらしいことは、その後一年間に次々と繰り出してきた、様々な施策を、NHKの『こども手話ウィークリー』などで知ってよくわかりました。


 熊本県内にも障害者の運動団体はありますが、聴覚障害者の姿はあまり見えないようで、ちょっと縁遠いのかもしれず、それでは熊本県内にも手話言語条例をと言っても、果たしてどれほど運動の下支えがあるものでしょうかね?


 
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