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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2016/1/31

耐震診断で問題ありとされた建物でも、補強するという手もありですね。  村のあちこち村おこし

【夢の扉】という番組で、耐震診断で問題があると指摘された建物を補強するやり方を紹介していました。

解体して再建するより、はるかによい場合も大いにありうるのではないでしょうかね。


    建物への愛着が、どの程度あるのかが、耐震補強への基礎になるということらしい。


    公共的な建物で、建築から年数がたってなくても取り壊すのは、非常に残念だという例は、案外多いんではないでしょうかね?



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2016/1/31

日本人が読んだら変な意味に聞こえてしまうメキシコの地名  村のあちこち村おこし

今週の日曜版には、メキシコのミチュアカン州に、はるかカナダのロッキー山脈方面から、きれいな蝶々が越冬のために集まってくるという話が、紹介されています。

メキシコには、日本人が読んだら変な意味に聞こえてしまう地名が見つかるところです。

例えば、『タコスは食べることができるが、タスコは食べることができません。《クエルナバカ》


たくさんの蝶々が、一本の木にビッシリと止まって羽根を休めている光景が掲載されています。

蝶々たちは、恥ずかしいので『見ちゃアカン!(ミチュアカン)』と言いたいのではないでしょうかね。

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今朝の赤旗の書評欄には、火山噴火予知連絡会会長の藤井敏嗣氏が、『火山活性化を想定し注意喚起』する本が紹介されています。


1707年の宝永噴火の年号は覚えておかないといけないなと思いました。
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2016/1/31

災害は最小限に持っていくための仕組み  村のあちこち村おこし

アメリカの宇宙会社が、一段目のロケットを回収しようと試みましたが、残念ながら失敗してしまいました。

しかし、失敗しても果敢に挑戦するのが、フロンティアスピリッツのアメリカ、それも西海岸の人々ですね。

ラジオの英語ニュースから…


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【試みました。】は【しみの】

【してしまいました。】は、《くの》

日本語には外来語が多く含まれています。カタカナ語は、とかく入力泣かせです。


長たらしくて、まともに入力していくことは、ガクンとスピードが落ちてしまい困ります。

例えば、【チャレンジ】。

【挑戦する】を《とーら》で登録したなら【チャレンジする】も同じく《とーら》とすれば、簡単になりますね。

スピードライティングには、日本語には、漢字というものを持っていることの有利をうまく生かすことは、この速打法の大きな要素なんだと言えることが分かります。

ということは、ハングルにもベトナム語にも応用が利くやり方なんだと思われます。

中国という、大変難しい隣人を持って、困難にあるベトナムを、その中国由来の漢字語を利用しながら、応援できるならば、チョッと皮肉ではあるけれど、いいんだけれどなあと、そこは将来の楽しみです。

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早朝だったか、それとも深夜だったか、ラジオを聞いていて、アレッそうなんだと認識が深まったことがありました。

【日本語辞典】という番組だったかなあ?

それは、ボランティア元年と言われた、阪神・淡路大震災をきっかけにして、その3年後の1998年に、NPO法人なる非営利ということでの組織のあり方が、法律的に整備されたんですね。

私は、同時代に生きていながら、1995年の阪神・淡路大震災と、1998年のNPO法人法制化とを関連づけて頭に入れていませんでした。

でも関連づけることができて、NPO法人ができたのは1998年だったんだなあと、年号まで頭に入りました。

地震災害が起きるたびに、少しずつ少しずつ社会の支援体制が整備されていくのは、これもまた進歩と言えるだろうと思います。

ただ、大規模災害をきっかけにして、独裁体制を作り上げようという安倍自公政権の魂胆だけは、頂けません。

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【頂けませんでした。】は《かやけをほ》

【頂けない】は《かやけぬ》
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2016/1/29

益川敏英教授の生き方と、永田忍先生の  村のあちこち村おこし

これは今度の赤旗日曜版ですが、ノーベル賞を受けられた益川敏英・京都産業大学の教授のことが出ています。

そしてその文章の中に、私が宮崎大学の応用物理学科の時に教わった、恩師・永田忍さんのことが、出ているではありませんか。

嬉しくて涙が出そうです。

永田忍先生は、研究と運動の二足の草鞋を履けなくては一人前ではないと言われたとのことです。

それは、私が研究室で言われたことと同じで、急に永田忍先生の声とお顔と少し斜めに肩を傾けて黒板に向かっておられた姿も蘇ってきました。

なかなか活動と学問との両立ができないで苦しんでいたのですが、両立ができてこそ一人前だよ…と言って頂いたのです。

京都の先生のもとに年賀状などを、たまに送っていました。

ある時、先生の遺品である背広を、奥様が送って下さいました。

これはつまり、その後も活動に粘り強く頑張っている、この田島のことを、励まして下さったものと思いました。

今は京都産業大学の教授であり、また京都大学の名誉教授でおられる益川敏英先生、スウェーデンでのノーベル賞受賞スピーチで、平和のこと・戦争のことを話した人は、益川敏英さんともうおひとりしかないといいます。

立派な生き方ですね。
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2016/1/29

【人助けしなくちゃ】は《ぬたかく》  村のあちこち村おこし

【助け】を《たか》で単語登録してみようと思います。

なぜなら、《たか》は《タスキ》を背中に回す時の感じに、よく似ているからです。

人を助けようとする時には、タスキをシャキッと引き締めるんじゃないでしょうか?

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【回す】は、《わま》

【回すでしょう。】は《わまたは》

【回すならば、】は《わまらは》

以上は、自動詞。
では、自動詞の【回る】は《まわ》として、テンキーボード全体をハンドルに見立てた時に、意識的に《回す》と《回る》の回転方向の違いとして区別しました。

【回り舞台】は《まわぶち》
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2016/1/29

ゆうすいがやっと脱稿できました。  村のあちこち村おこし

『ゆうすい』の過去の分をめくっていたら、《虹色のくれよん》は、平成12年の2000年から始まっていることが分かりました。

ということは、現在16年目になるということだろう思いますが、コツコツとやってきて、ふりかえれば、ずいぶん遠くへきたもんだという感じですね。

はて、私はいつの時点から読み聞かせに参加させていただいたんでしょうかね?


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《ゆうすい》を印刷に回せてホッとしています。

今期の《ゆうすい》発行は、残るはあと2回となりました。

広報委員長というのは、相当のリーダーシップが要求されて、シンドイものです。

リーダーシップが足りない私が、委員の議員の皆さんとの団結と、その熱心さとによって、毎回辛うじて滑り込みセーフを演じることができていて、まさに奇跡的な印象です。


今回、たまたま近所で餅つき大会が催されて、そこにお呼ばれされて、そこで焚き火に芋を突っ込んで、石焼き芋みたいにして、シルクと命名されて、西原村の甘藷農家の皆さんが自信を持って売り出し中の芋を、アイスクリームみたいにスプーンで掬って食べているところの写真を撮ることができてたのを、たまたま掲載できたことは、いくらか甘藷の宣伝のお役に立てたかなと思ってます。


でも、なかなか熊日の越地さんが言われている、読者に親しまれる水準にはならないですね。

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【参加させなくちゃ】は《さかへく》
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2016/1/29

付き合います。の単語登録で  村のあちこち村おこし

【付き合います。】は、《なまるね》

【付き合いました。】は《なまるの》

【付き合いましょう。】は《なまるまら》

【付き合いませんでした。】は《なまるをほ》

【付き合わない】は《なまるぬ》

【付き合わなければ】は《なまるあさ》

【付き合わねば】は、《なまるなは》

【付き合ってきました。】は《なまるあの》

【付き合っている】は《なまるあ》

【付き合っています。】は《なまるてね》

【付き合っていました。】は《なまるての》

【付き合ってくる】は《なまるさ》

【付き合ってくると】は《なまるさと》
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2016/1/27

まだ名前がないプラネットナイン  村のあちこち村おこし

質量が約10倍だということは、直径は地球の2倍ちょっと。

面積は4倍ちょっと。体積は8倍ちょっととなります。

これは、この地球で日本の裏側にるアルゼンチン・ブラジル・ウルグアイまでの距離は、道半ばだということになります。

そこに金ジョンウンみたいな体重が重い人が降り立ったら、千三百キロの重さになるでしょう。

到底持ち上げることができないでしょう。

ということは、その星に生命がいたとしても、昆虫みたいな体の小さなのになるんではないでしょうか?

ただ気体が充満しているとするなら、風船みたいにフワフワと空中に浮き上がる生物はいるかもしれませんね。
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