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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2017/4/15

痔になりそうな混乱の時代にコンラッド・ジニ。ファンジニのようにクルクル踊る  村のあちこち村おこし

   ジニ係数は格差を表現する統計学の数字を言いますが、韓ドラのファンジニも、キーセンと貴族との格差社会における恋愛の困難さ、苦しさを描いているんではなかったでしょうか?


   最初の方しか見ていませんでした。ジニ係数をファンジニ係数と覚えてみましょう。


   (週刊現代)に掲載されている東京都各区ごとのランキングを、格差がどの程度なのかジニ係数の手法でトライしてみるかな。

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年号暗記に役立つ
甲乙丙丁戊己庚辛壬癸。

庚午年籍       670年
庚寅年籍       690年

壬辰倭乱は1592年

戊辰戦争は1868年
壬午軍乱は1882年
甲申事変は1884年

戊戌の変法
戊戌の政変1898年
辛亥革命は1911年
甲子園       1924年

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1994年には、4月6日に起きた、ルアンダのハビャリマナ大統領が搭乗する飛行機が、キガリ空港に着陸する寸前にミサイル攻撃されて殺されたことが発端となって、フツ族とツチ族の民族対立を呼び、大虐殺が始まったそうです。

 翌年の1995年には、ユーゴスラビアのセルビア地区の東の端にあたるスレブレニツァで大虐殺が起きて、国連のPKOが武器を持って対応しなければならないようにと、性格を変えていくきっかけとなりました。


  よって、どちらの事件もゴチャゴチャして何がなんだかよくわかりませんが、できるだけ対立の構図・原因を掴む努力をしなければなりません。


  4月6日という飛行機撃墜の日付けは、赤勝て白(シロ)勝ての源平合戦を連想させて(シロ)で覚えてみます。

    ハビャリマナ大統領の名前は、(流行り病)と唱えたら思い出しやすいのでは?

  虐殺という流行り病の発端となった人ですから。

   フツ族とツチ族とは、元は同じ民族だったそうですが、ベルギーによる統治時代に分けられたようです。(ネットより)

   フツ族を語(フツゴ)圏からの影響が強い方で、普通の人々。


   ツチは、肌の色が少し薄い方で、北方のエチオピアあたりから移り住んできた牧畜民族で、農耕民族のフツと狩猟採集のトゥワを支配する階級になったという説があるそうです。


   しかし、現在では民族的には差異がなく、以前のようにツチ族だとかフツ族だとか表記することはやめているとのことです。


   それでも、中国でもインドでもヨーロッパでも牧畜民族がよそからやってきて、以前から住んでいた農耕民族を支配する階級になったという、よくあるパターンが、ルアンダあたりでもあっていたんだなと単純化して考えると、対立の構図がうっすらと頭に入ってきました。

   
   ルアンダ解放民主軍というのは、農耕の民・フツを中心とした勢力みたいです。


   ルアンダという国名を思い出しやすくするために、隣のウガンダと合わせて


『ウガンダ(右岸だ)・ルアンダ・ブルンジ・タンガニカ湖』
と、上天草市にビラ配りにいって帰る間中唱えてみました。

   すると、だんだんイメージが釣りのイメージに変わってきて、川の右岸にカンパラなる魚がいて、水面に浮かんで
 きたところをルアーを一閃させて、ブルンブルンしたのを釣り上げ、カンタービレ(タンガニーカ)を歌って喜ぶ…

   そんなシュールなイメージに…

  タンガニーカがカンタービレに、なぜ変化したのか不思議です。(のだめカンタービレ)のイメージが横から入ってきたんでしょうか?


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  今日4月15日は、1937年にヘレンケラーが来日した日らしい。 

   日中戦争の開始7月7日の三日月前のことだったんですね。

   1937年は、テンキーボード上ではカーレースの時の最終段階を、旗をX印の形に、何度も振って知らせるイメージです。


    1937年の七夕の、日本軍が中国軍と衝突した日に、実は第2次世界大戦は始まっていたと言えないこともありませんが、歴史的には1939年の9月1日にドイツがポーランド攻撃を開始したことをもって始まったとされています。


   ドイツとソ連とがほとんど同時にポーランドに侵攻したのは、ほんの1週間あまり前の8月23日に結んだモロトフ・リッペントロップ条約によって、事前に分割の打ち合わせをしていたというのです。


   1939年9-1にしても19377-7にしても数字の並びに7が多かったり9が多かったり、調子よく覚えやすくなっているのは偶然でしょうか?


   受け入れた岩橋武夫という人の名前は、ヘレンケラーに関連して、立野渓谷の岩の端の方(ヘリ)の方で、オケラが水飛沫を避けながら、甲羅干ししているイメージで覚えていこうと思います。


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