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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2010/3/28

明治維新の設計と、大切畑ダムの設計と  村のあちこち村おこし

 大切畑の堤が全国百選に入ったということは、1855年に矢野甚兵衛を指導者として、資金を募ったりモッコを担いだり、綿密な設計をしたり、ペリー来航から間もない幕末期の肥後藩の大事業を担った人びとも、草葉の蔭から喜んでいるに違いないと思うのです。

 それを担ったのは武士階級ではなくて、惣庄屋を中心とした豪農たちであったという点が、注目されます。

 士農工商の身分制度を打ち破ろうとしている胎動というか、卵の殻を雛が嘴で内側からつつく音が響いていたと言えるでしょうか。

 幕末の複雑な情勢を偲ばせる雰囲気が、この大切畑のダム湖周辺には漂っています。

 ちょうど同じ頃、明治維新を設計した思想家と言われている横井小楠が、実学を唱えながら、秋津町の沼山津から西原村の布田まで、弟子の竹崎茶堂と順子夫妻を訪ねてよく足を伸ばしていたという話があります。

 私は、実学党の横井小楠が、この大切畑ダム建設という大事業を傍観していたはずはなく、裏で支える役割を果たしていたのではないかと推理するのですが…
 このダム湖の回りを、日本と世界の行く末に思いを巡らしながら歩いていないはずはないと思っています。

 ですから私は、ダム湖のどこかに横井小楠の銅像を建てることはできないかとさえ思っているのです。

 満開の桜を見ながら、花見の宴が見えるのは、早速新聞報道の効果でしょうか? 素人なのかプロなのかカメラマンが脚立を担いで歩いていました。
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