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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/3/2

3つも『3・1』の日があると初めて気づかされ…ならば3つまとめて覚えましょう。テンキー暗記で…  村のあちこち村おこし

 過去の歴史的教訓は忘れてはならないだけでなく、何度も噛みなおして深い教訓にしなければなりません。


 そこで人は、記念日というものを設けることにしました。


 記念日によって、教訓をつかみ、社会進歩の階段を一段一段、一歩ずつ上っていくことができます。


 古代ギリシャは私たちに『オリンピック』という、平和の装置を残してくれました。演劇も文学も哲学も過去の歴史的経験を次の世代その次の世代と、記憶を残し教訓化する行為です。古代ギリシャの平和に対する貢献は実に大きいと思います。


 さて中国が最近、日本に関わる歴史の記念日を、人類平和のために新たにつけ加えてくれました。

 ひとつは【12月13日】です。


 当時、その実態を知らされずにいた日本の一般国民は、【南京陥落】として提灯行列でお祝いしたということです…


 テンキーでの、【1213】という指の運びを観察すれば、戦火くすぶる平野が、日本軍の前に後ろにも見渡すかぎり広がっている光景が浮かんでくる気がします。


 日本人もこれから【12月13日】は、【9月18日】・【7月7日】とともに、その裏側に何が原因として潜んでいたのか、今日に生かす歴史の教訓を汲むために、さらによく発掘し、記憶にとどめていかなくてはなりません。


 ・…・…・…・…・…


 さて話は変わりますが、3つの【3・1】の記念日があることに、今日付けの赤旗日曜版を読んで初めて気づかされました。


 ひとつは【1919】年。日本史及び韓国・朝鮮史、あるいはアジア史の重要事件です。


 朝鮮独立を求めて多くの人が立ち上がり、日本軍が大弾圧した【3・1万歳運動】。


 二つ目は【1954】年の3・1。


 マーシャル諸島のビキニ環礁で、ブラボーな水爆実験によって、エニウェトク島の人々や、周辺で漁業をしていた1000隻もの船が放射能被害に遭いました。


 ビキニ環礁はミクロネシアよりさらに東に位置し、赤道と南回帰線の間に位置しています。日付変更線に近いギリギリのところにあります。


 第五福竜丸が水爆実験で被爆した事件として、全世界的な反核運動が広がり、ビキニデーとなりました。


 3つ目は【1959】の、赤旗日曜版の発行開始。


 【1919】は、北西方向から南東方向に伸びる朝鮮半島の全土を揺るがした、当時の万歳運動の規模の大きさを象徴するような、特徴的なテンキー表示になりました。


 両の手を大きく挙げる万歳の動作が【1919】からは浮かぶようです。


 【1954】は、前にも書きましたが、ゴジラが口を大きくあけて西に向かってガオッと火焔を吐きながらのし歩く姿。


 第五福竜丸が戻ってきた、焼津市がある駿河湾の形は、東向きのゴジラの姿。

 【ゴジラ】は、原水爆実験に関連して、南の海で誕生したことになっていたようで、その裏には核実験に反対するという意味が込められていると思って見ていました。


 ニューギニア島の形は、西に向かって海を泳ぐ恐竜みたいですが、地図に浮き出るゴジラの姿というのは、第五福竜丸が戻ってきた駿河湾のほかには、見つけることができません。


 【1959】年の3・1は、赤旗日曜版発刊の日というのですが、斜めに肩から掛けた鞄に新聞を詰めて、勇んで配達に出ようとする人の姿みたいです。


 【1919】【1954】の思いが川の流れとなって合流し、【1959】の新たな大河に運動が成長していくというように、一連の流れにして覚えるとどうでしょう。


 マーシャル諸島のビキニ環礁の位置は、日付変更線を地球の東半球の一番端にあたるとして頭のスクリーンに浮かべると、その右下隅すなわち【1959】が暗示する東南の隅に位置しているということまで含めて、一緒にまとめて脳裏に記憶できそうです。

 映像として。

・…・…・…・…・…・…・…・…


 さて次は、一転して…熊本と中国・台湾との交流が深まっていく話をしたいと思います。


 熊日や地元テレビニュースによると、台湾の台南市の成功大病院と、熊大病院とが、認知症対策で共同研究をする協定を結んだとのことでした。


 熊本県と中国との間としては、ひとつは広西壮自治区との友好関係を結んでいます。


 一方、熊本と台湾との結びつきとしては、阿蘇くまもと空港と高雄空港とが、互いに臨時便を飛ばす計画があるように、少しずつ深くなりつつあります。


 中国大陸の政府と台湾政府とは、1949年の中華人民共和国建国以来、どちらが中国を代表するのかという争いがあり、台湾と交流を深めたら中国が交流を打ち切るというようなニ律背反がありました。


 今やオリンピック参加は、中国台北という名で認めるというところまできています。


 北海道は、台湾からの観光客が非常に増えていると聞いています。台湾との交流を深めたら、中国との交流に影響がありそうにも思うのですが、北海道はその辺どのようにクリアしているのでしょうか…


 世界文化遺産登録をめざしている【観光阿蘇】に住んでいる私たちであるだけに、中国及び台湾との交流の、相互の微妙な取り扱いについては、今後十分に慎重に、しかし大胆に取り組んでいかなければならないと思っています。
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