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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2008/3/3

志の輔らくご  『千の風になって』演劇

 今度の赤旗日曜版に、立川志の輔らくごについて、紹介されています。志の輔さんは『試してガッテン』でよく見掛けていましたから司会業ではないのかなというイメージでしたが、落語家だったんですね。

 立川志の輔の(ほのぼの路線)の新作落語が映画化までされているのはなぜなのか、人気を呼んでいる理由を(しんぶん赤旗)が取材し特集しています。

 私も落語家の世界は、まったく疎かったのですが、今あっているNHK朝ドラ『チリトテチン』で初めて内側が見えました。

…………………

速打法

【できるのです。】=【4541】
【できるのでした。】=【4547】

【わかります。】=【026】
【わかりません。】=【020】
【わからなかった。】=【027】
【わかって】=【021】
【わかっているのです。】=【02141】

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2006/8/11

ボクシング映画  『千の風になって』演劇

 昨日夜、BSで八百長ボクシングについてのアメリカ映画をやっていました。家族が熱心に見ていたので、私も見るともなしに見ていましたが、お金にからんだ八百長がボクシング界の内幕を暴露し、最後は告発する場面で終っています。

 この映画がこの時期に放映されたことは、何か先日の亀田対ベネズエラのバンダエラの対戦へのあてこすりのような感じも受けました。

 やはり相当商業主義に冒されている実態を垣間見たような気が、ボクシングには全く門外漢の私にもしてきました。
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2006/2/21

中日韓スター共演映画プロミス(無極)  『千の風になって』演劇

 最近できた中国映画「プロミス」は、チャン・ドンゴンや真田など、日中韓の有名な俳優が共演した超豪華配役の映画として、話題になっています。とても好評であるらしく、私もぜひ見てみたいものです。

 一昨年あたり観た、西郷隆盛をモデルにした映画は何と言ったかな?『ラストサムライ』ですか。そのすばらしい殺陣を見て以来、すっかり真田さんの大ファンになった私です。あの時、真田さんは、日本らしさが出るように、監督に納得行くまで食い下がって、しまいには一目置かれる存在になったとかいう噂を聞き、ますます尊敬できる役者として私の中に刻まれています。ほれぼれする日本人です。

 真田さんが中国語を特訓して、ついには中国語をしゃべる筋肉までが口の周りにできあがったという話は、テレビで聞きまして、その努力ぶり・プロ根性にはこれこそ現代のサムライだといえるのではないかと感心していました。

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2005/11/27


◎ 稲光 太鼓を待って 雨落ちる 俵山にも 黒雲かかり

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2005/10/31

ミュージカル版の『千の風』を!  『千の風になって』演劇

今、おまえ達は火をともした。その火が消えることはもうない。
いや、消してはならぬ。
おまえ達は今、愛と理解と、人生の道理を表わす火を手にしておる。
火は、熱を与え、食事やぬくもりを与え、そして幸せを与えてくれる。

その火は燃え続けなくてはならぬ。
それはおまえ達2人が一緒に居続けるということじゃ。年老いて離れ離れになるまでな。

おまえ達は、一生火をともしていくんじゃぞ
』。

これがナバホの長老役として私に与えられた台詞の全部です。
たったこれだけ?と思われるでしょうが、完全に覚えなくてはならない上、さらにそれらしく演技しようと何千回も、車中などで練習して本番に臨みました。

『千の風』の演劇を見た人が、吉岡菜月さんのピアノ演奏がとてもよく、作曲された劇中歌もなかなかよかったと感想を述べていました。
ミュージカル仕立てにすれば、みんなに親しまれる歌が新たに生まれるのではないのではないかと。
そういう訳で、上の結婚を祝う台詞なんかもメロディにならないかなあと思いながら改めて見なおしています。

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2005/10/24

ナバホホワイトを採用  『千の風になって』演劇

 『千の風になって』という演劇で、その舞台として設定されたアメリカ・インディアンのナバホ族はすっかりおなじみになりました。

 このブログの色彩設定をいろいろ検討していて、ナバホホワイトという色があることに気づきまして、早速左のサイド枠の背景色として採用してみました。
 少し土色がかった暖かい白です。
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2005/10/18

千の風になって 演劇出演で時間芸術に目覚めた?  『千の風になって』演劇

 演劇で台詞をしゃべったのは、ほんの台本で十行程度、どんなに重々しくゆっきるしゃべっても五分で終わってしまう分量でした。

 しかし、そのために練習をやったのは何千回。一万には届かなかったにしても…台詞を覚えるのにい千回。さらにひとつひとつの言葉に深い意味合いを含めるために数千回。車を運転中に大声で練習しました。

 その甲斐あってか、その後、歌とか、腹話術などにも興味が湧いてきました。いずれも芸とはいっても時間の経過が必要な共通性があり、絵画とは違います。

 何度も朗読するなどして、稽古を積むタイプの芸術に親しみを感じてきたのも演劇に出た余波であるのかなと思っています。
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2005/10/9

不思議にもナンバ歩きを採用していた長老  『千の風になって』演劇

 『千の風になって』という演劇の中で、長老役として主役とヒロインの結婚の儀を執り行わせて頂きました。二人をしっかりと結びつけさせてその後の愛のある人生に導くかが、その後の結末にいたる伏線になる大事なところなので、いかにしたらゆっくりと重々しい威厳を持って演技することができるかに、私なりに苦心しました。

 私は、脇から出てくるときの歩き方を、右足右手・左足左手と同時に踏み出す、いわゆる昔の日本人の歩き方・(ナンバ歩き)にしてみました。要するに横綱の土俵入りみたいに……。すると遠目で、いかにもアメリカ・インディアンの長老らしく感じられたのではないかと想像していますが、いかがだったでしょうか。

 ふと、占い師というか祈祷師というか、メディスンマンと称していますが、その人が奇声を発し、踊りながら登場する姿、そして、結婚を喜んで足を踏み鳴らして踊る(部族一同)の姿を観察すると、不思議なことに踊りの手足もどうもナンバ歩きのような気がします。阿波踊りと同じステップであるようで・・・

 すると、根底に文化的な遺伝子の共通性を感じて、どうも古代の日本人とアメリカ・インディアンとは、血縁的に意外に近いのではないかという気がましてきました。イーグルとかフォックスとか、マウンティンなど、自然や動物に見立てた名前が使われているのも日本人と同じですし。

 新井満氏は、『千の風になって』という詩には、ケルトやアイヌやナバホなどに共通のアニミズムのものの見方、すなわち山・川・天・地という自然のすべてに神が宿っているという世界観が潜んでいるとみて、場面設定をナバホに、そして主人公とヒロインに、ウパシ=雪・レイラ=風というアイヌの名前をつけられたのではないでしょうか。

 死生観についても死んでも自然の一部として生きていけると考えたからでしょうか、武力の差は圧倒的に違っていても白人の騎兵隊に死を怖れず立ち向かっていった様子を、西部劇でよく見たのを思い出します。
 決起して皆殺しの悲惨な結末を迎えた部族もあったでしょうし、屈辱の集団移動を甘んじながら、居留地に移動し今日を迎えた部族もあり…

 今回、吉岡七郎氏が新井満氏による『千の風になって』という歌と絵本に感動して脚本を書かれたのも、ナバホを描きながら、実は日本における縄文時代以来の、日本人の心の深いところに潜む原風景を描こうとされたのではないかという気もしてきました。

 縄文人はこの、西原村の俵山一帯にかつて間違いなく住んでいて、湧水と山野の動物たちを狩していたに違いありません。さらに、岩岩に刻まれたペトログラフはケルトとの共通性も感じさせます。

 西原村の俵山の山すそ、水の湧く風の里という、文化創造館『風流』の立地条件にもっともふさわしい演目が、『千の風になって』という劇だというわけで、まさに西原村に誕生するべくして誕生した演劇ではないでしょうか。

 来月20日のふれあい祭りに再び上演できるかどうか、村の企画係に相談してみたい。場所は構造改善センターが借りられればいうことありませんが、のぎく荘でもいいし体育館でもいいし・・・もちろん、その時は入場料などはありません。無料ということで…

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