한글문자 中文(簡体字)(繁体字) SPANISH 
                             

菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2008/9/17

やっとパソコンおよびインターネット環境に復帰できました。ただし買い換えて・・・雷は二度とごめんです。  プロフィール

 パソコンが雷にやられてからというもの、たまに携帯メールでの投稿をするぐらいで、すっかりこのブログともご無沙汰になっていましたが、やっとインターネットができる環境にカムバックすることができました。

 昨日、熊本市内の神水交差点角のパソコン中古品の店まで買いに行ったのです。

 電話線からインターネットにつなぐのは雷にやられたことによって断念しました。それに代わって無線電波を利用してのインターネットに切り替えました。

 昨日は、自宅で接続を試みたところ、電波圏外の表示が出てインターネットにアクセスすることができませんでしたが、自宅でも場所を移して試してみたところ、つながったので喜んでいるところです。

 久しぶりにブログの画面を見ると、いつの間にかアクセス数が通算で4万を超えていたのでびっくりしました。

 今回のパソコンの機種は、富士通のFMVとかいうもので、代金は、もろもろ含めて五万円弱ですみました。無線モデムはサービスでつけてもらいました。

 PTAの文化専門部の一員として、カルタ作りに向けての資料作成など、パソコンが使えなくて誰のを借りようかそれとも学校のパソコンでやるかと悩んでいたのですが、これで作業を自宅で進めることができるようになりました。

 あとは慣れることですね。
0

2008/5/12

自分に似た人に会ったことがあるかどうか。トラ場のお題です。  プロフィール

 久しぶりにブログの管理画面に入ることができました。不具合は治ったようです。



 さて、今回のトラ場のお題は、自分自身のそっくりさんにであったかどうかというものです。

 自分ではよく分かりませんが、高校時代にあだ名がマンダムでした。チャールズブロンソンの田舎臭い顔によく似ていたらしい。また、最近は県知事に当選された蒲島郁夫さんによく似ていると言われました。高校時代までは劣等生で(本当かな?)、その後苦学してアメリカの大学を出たことで、学問に目ざめたという人ですから、似ていると言われて大変光栄な話です。
0

2008/3/17

いつも本名で呼ばれています。  プロフィール

 今回のトラ場のお題は、綽名で呼ばれていますか?というものです。

 私は、中学校の時に『う〜ん、マンダム』とか『マンしゃん』と呼ばれていたのと、山口県の教育文化社でセールスの仕事をしていた時に、『たーさん』といわれていたほかはまったく本名ばかりです。

0

2007/5/31

菊陽病院の精神障害者家族会会長としてご挨拶申上げます。  プロフィール

 皆さんこんにちは。このほど総会が開かれ、中田会長の後を受けて、新しく菊陽病院の精神障害者家族会の会長に就任させていただきました田島敬一です。

 私は、妹が長きにわたって入院させていただいているのに加え、最近あらたに近い身内がパチンコ依存症で菊陽病院を受診し、自助グループ『ギャマノン』に通い始めるなど、これほどお世話になっているならば恩返ししなければなるまいと思い、頑張らせていただくことにしました。よろしくお願いします。

 私は、この間の家族会のいろいろな研修を受けさせていただき、精神障害というものはけっして遺伝ではなく、きっかけさえあれば誰でもなりうるもの、たんなる病気であって脳内物質がちょっとバランスを崩してしまっただけだという確信をもつようになりました。つまり風邪みたいに治る病気だということです。

 しかし、とは言いましても、精神障害者をもつことになった家族は最初、みな悲嘆にくれたり遺伝だと思って暗い顔で家に閉じこもりがちです。

 そこに家族会の必要性があるようです。 家族会の活動に加わってお互い知り合えば、精神障害者を家族にもつのはけっして珍しいことでも何でもないということが、本当に実感としてわかります。そうすると、心に余裕をもって本人と接することができるようになります。また最近は三障害と称し、知的と身体と精神の障害者が肩を並べて社会的な支援を受ける時代になりました。精神障害者家族会がひきこもってばかりいては不利な扱いを受けかねない情勢になりました。こみやられないように、どんどん外に向って押し出していかなければなりません。

 私たち家族会が明るく活動すれば、変だと思ったら早めに受診することが社会通念となってくるでしょうし、社会復帰にしても少しずつ道を切り開き広げていくことができるのではないでしょうか。

 さらに申しますならば、菊陽病院で全国に先駆けて外来が始められたパチンコなどギャンブル依存症は、(心の病気)だという社会的認知がまだまだなされておらず、本人のだらしなさが原因だとしてなじられたりしています。しかしこれもこの菊陽病院を起点に病気として認知されていけば、治療の道が開かれ、家庭崩壊の悲劇を少しでも減らすことになり、病気の原因を街のど真ん中から排除する運動にもだんだんにつながっていくことでしょう。

 今後、その名とは裏腹な、『障害者自立支援法』を、私たちの要求にあった制度に切りかえたり、共同作業所の活動をいっそう活発にして社会復帰に向けた、夢のある活動を盛んにしていきたいと思います。

 どうぞみなさん。焦らず家族会とともに一緒に歩こうではありませんか。
2

2007/5/2

集金とビラ配布は抱き合わせ。疲れた時にやりたい書き取りですが…  プロフィール

 昨日は半日、昼前から夜8時まで、赤旗の集金と西原民報配りをしていました。

 疲れましたがたまっていた領収書の束が約ぐらいに小さくなってきたので気持ちは 楽になりました。

 西原村もけっこう広範囲なので、私の場合、集金と民報全戸配布とは並行してやら なければ間尺に合いません。というのは、かなりな距離ガソリンを消費してバイクで 走ってきても留守であれば、またかなりな距離をむなしく走って次の読者の家まで走 らなければなりません。

 しかしまたまたそこも留守で空振り、なんてことが続けば、精神的徒労感に耐えら れなくなってしまいます。

 そこで全戸配布の西原民報を携えておれば、集金が空振りしてもその辺に少しでも 配れば、時間とガソリンを空費したことにはなりませんし、からだを動かせて運動に もなります。

 一番よいのは、現地の住民に顔を合わせて挨拶ができるということです。

 『また新しい家が建ったな』とか、宅地開発に気づいたり、新しく空き家になった り…なんていう変化がわかります。

 このように集金に駆け回る時に必須なのが西原民報なのですが、それを作って印刷 し、以前の配り残しと帳合いする作業がけっこう時間を食いますから、その作業に丸 一日かかっておればその間集金が進まないというジレンマがあります。

 今ワードを駆使してさくさくと版が作成できるように、なるべく一回の印刷部数を 減らしてワードで次々に民報を繰り出すようにしています。つまり号数が進むように 努めています。

 そうなれば全戸に全号は配布できないことになりますが、印刷代と配る能力に無理 がありますから毎号全戸配布はしていません。

 ですが、何回かに一回は全戸分印刷します。

 つまり考え方は、主食のご飯と副食の関係です。
0

2007/3/3

読書感想文は読みの途中でも書けるものです。  プロフィール

 今、司馬遼太郎の【翔ぶが如く】を大津図書館から借りて読んでいますが、何巻も ある大部なものです。

 テレビの大河ラマ化されて半年だったか1年だったか延々と放映された本ですから 、読みきるためには根気が必要であるのは当然です。

 私は、読書感想文をブログに書き貯め始めています。しかし、何巻もあるものを完 全に読了してから書いていたのでは何に的を絞っていいのか分からないし、第一最初 の方など忘れてしまった状態でしょう。

 ですから、読書感想文は部分的に今日読んだ箇所について逐一書いていくようにし たいと思います。

 結局随筆に近づいていくのかもしれませんが、それならそれでもよいと思います。  
0

2007/3/3

西郷隆盛が鹿児島に帰った後、私学校ができた後、西郷権力が確立したようですね。  プロフィール

 司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を、再読しています。

       クリックすると元のサイズで表示します

 勝海舟は、晩年になって、人生の中で、怪物ともいえるような印象的なふたりの人 物をあげました。横井小楠と西郷隆盛です。

 これは、このふたりが手を組めば、日清戦争に突き進む日本ではなくて大アジア主 義の違った歴史的進路をたどることなったであろうという、残念な気持ちが含まれて いたのではないかというのが、私の推察です。

 私は、明治維新と西南戦争は以前は別なものだと思っていました。
 西郷隆盛は何という余計な馬鹿なことをやったんだろうと。
 つまり明治維新はよかったけれども、西南戦争は悪かったと。

 でも、士族の封建的特権を自らの闘争ではぎ取った明治維新は、その士族の生きる道を確保できてこそ完了するのだという、ひと続きのストーリーとしてとらえるならどうなるかです。

障害者には授産施設・授産事業があるように、自ら没落する運命を選んだ士族にも授産事業をいかに設けて吸収するかが課題であったはずです。  もし、横井小楠が明治2年の旧暦正月に暗殺されなかったとしたら、明治十年の西 南戦争は避けられたのではないかと考えています。

 なぜなら西郷隆盛が鹿児島に引っ込んでから作った政党とも軍事学校ともいえそう な私学校の科目には、農本主義時な匂いはあれど、島津斎彬時代に集成館でやってい たような産業革命をめざした工業化の観点がなかったようなことを、司馬さんは語っ ています。

 この観点は、横井小楠が育てた弟子たちの中から続々と育っていった実学党の人々 の中に豊かにあります。

 明治維新とはすなわち、自ら没落させた士族階級をいかに新しい産業分野に進出さ せて受け皿にするかという問題集だとすれば、西郷さんが横井小楠と手をくまなけれ ばならなかったというのがこれです。

 そうすれば征韓論は吸収できたのではないかと思います。

 国家は、佐賀・熊本・萩・鹿児島という連続する不平士族の反乱をたたきつぶすこ とで、国民抑圧的で中央集権的な天皇制絶対の体制が次第に整えられていった様子を この本は描いています。

 警察国家日本ではなくてフランス的な民権国家が確立されていったなら、韓国・中 国へのその後の侵略戦争の連続拡大は避けられたのではないか、という私の直感的仮 説は、注意深く読み進めていると、確信は深まっていくばかりです。

0

2007/1/19

わらしべ長者は観音様。The G=?US-ASCII?B?b2RkZXNzIG9mIE1lcmN5IA==?=  プロフィール

 阿蘇神社が縁結びの神さまという話だけれども、『わらしべ長者』の昔話に出てく る、観音さまこそ縁結びの神さまといえるかもしれません。

 あの昔話に込められた偶意は、移動をしつつ何か人助けや人を喜ばせることをやっ ていけば、最後には自分に必ず福が巡ってくるということではないでしょうか。

 天理教では、人を助けて我が身助かると教えられました。

 最初は転んで拾ったたった一本の藁でしたが、泣き止まない赤ちゃんは、この一本 の藁で泣き止みました。

 そのお礼にもらったのが3個の蜜柑……

 次々に人を助けたり馬を助けたり…

 人から奪うという生き方ではよい縁にめぐりあわないけれども、人助けすれば、増 幅が増幅を呼んで、ついに大金持ちの長者では必ずしもないかもしれないけれども良 縁に恵まれますよ、と悟らせてくれる巡回コースになってこそ、阿蘇神社が本当の意 味で縁結びの神様になったと言えるのではないでしょうか。

 そうなってこそ周辺の商店街に支えられた阿蘇神社ということにもなりましょう。

 また人々の心が調和していってこそ、あちこち駐車場への侵入を阻む横 棒が取れて、気持ちよく参拝に訪れる阿蘇神社として繁栄していくのではないでしょ うか。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ