2006年 韓国映画 『裸足のギボン』
シン・ヒョンジュン ・・・オム・ギボン役
キム・スミ ・・・キム・ドンスン役(ギボンの母)
イム・ハリョン ・・・ベク里長役
タク・チェフン ・・・ヨチャン役(ベク里長の息子)
キム・ヒョジン ・・・チョンウォン役(写真館キョンスタジオ店員)
美しい海が見える田舎町のタレンイ村には、幼い頃に高熱病にかかり、知能は8歳で止まってしまったが、そのまま年齢は40歳になってしまった、老いた未婚男ギボンが暮らしていた。
ギボンが世の中で一番愛するものは母さん・・・
そして、身を粉にして働く村一番の働き者だった。
町内の雑用をして小銭をもらい、その時頂いた食べ物を母さんに早く持って帰りたい一心で、履き物も履かないまま、家へ走って帰り暖かい食卓を整える彼の姿を見て、町内の人々は,彼を「裸足のギボン」と呼んでいる。
牛舎の掃除と手入れ、農場の除草そして居酒屋の手伝い等、彼は毎日本当によく働く男だった。
今日もしっかり働き、つぶれかけた鍋に母さんの好きなおかずを入れてもらった、ギボンの顔が弾む・・・
いつもの通りの田舎道を走って帰るギボンに、途中バイクに乗った二人の男に出会う・・・
運転している男は、ベク里長でギボンの住む里を取り仕切る長で、里からは頼りなく思われているが、人情のある男でギボンに優しく声を掛ける。
後ろに乗っている男はヨチャンで、いつも酒ばかり飲んで仲間と一緒に騒いではだらしない生活を送っていると、父親から叱られている。
しかし、彼の特技はパチンコ・・・
バイクの後ろに乗ったまま、勇んで帰っているギボンの後姿を狙い、命中させる。
思わず、鍋を落としてしまうギボンだったが、それでも彼は誰もを恨まない素直な性格だった。
ヨチャンは友達だと・・・
それに気づいたベク里長は、またやったのかとバイクの後ろを見ながら、しかめっ面をする。
ギボンは、80歳の老母を手厚く面倒を見る孝行息子として里中で評判だ。
彼の朝は、母さんのために暖かい洗顔水を持ってくることから始まる。
老齢で耳が遠い母さんのそばには,いつもギボンが付いて回って世話を焼いている。
母さんのためにオンドルにくべる木を採ってきて、洗濯も引き受け、石の塀に起用に洗濯物を干す・・・
彼には、人に感じない独特な気候に対する感性を持っており、しっかり晴れている日中でも彼が雨が降るといえば、必ず急な降雨がやってくる、そんな時は彼はどんなに忙しくても帰ってきて干した洗濯物をしまうのだった。
そんな或る時、ギボンはたまたま町内マラソンがスタートした現場に居合わす・・・
そして、スタートした後に一枚のゼッケン番号の布切れが落ちている事に気づく。
彼は必死でその集団の後を追い、そのゼッケン番号を落とした主を探して、渡そうとする。
もととも、母さんの為に毎日走り続けている彼の事、走るのは大の得意だった。
集団の中を探しながら走っているうちに、とうとうその集団のトップを走っている走者の物だと判り、彼は渡そうとするが、なぜか彼は逃げる・・・
それでも追いついて、彼に渡そうともみ合っているうちに、ギボンは知らないうちにそのマラソンのトップとしてテープを切ってしまい、大きな優勝トロフィーをもらう事になった。
さっそく、家にもって帰って母親にそのトロフィーを見せる彼だったが、母親の意外に驚く姿に彼自身がびっくりすることになる。
それは、彼が好きでいつも唄っている歌に何か関連があるらしい。
〜 ♪黄色いシャツ着た 無口のあの人が なぜか好きなの 好きなの・・・♪
しかし、母親は彼がその唄を歌うたびに、外では歌うなと釘を刺す・・・
母親の愛する夫が、いつも黄色いシャツを着て走っていた。
しかし、心臓の悪かった彼はマラソンの途中で、不意の心臓発作で亡くなってしまった事はギボンに知らされる事はなかった。
普通の人間にとっては耐え難い障害を持ったギボンだったが、毎日母親のそばで楽しい生活を送っていた。
しかし、彼には一つだけ心配になる事が有った。
それは、母親が食事をしていて、よく胸を詰まらせる事だった。
今日も、病院に行き先生に診てもらう・・・
その先生が言った『ギボンよく聞け! お前の母親の症状は、歯が悪い為に食事をよく噛まないで呑込む事に有る』と・・・
先生からの話を聞いても、どうしていいかも判らなかった彼だったが、或る時、町の小さな店番の老女が歯に何かを入れていることに気づく・・・
ギボンはその老女に聞く『何を入れているんですか?』と・・・
その老女は優しく教えてくれた『これは入れ歯と言って、これを入れると食べた物がよく噛めるのよ』
きらりと目が輝いたギボンだったが、その後の老女の言葉に彼は失望する事になる『これを作るにはとってもお金が掛かるの・・』
シン・ヒョンジュン
一方、里長達が集まる喫茶店でベク里長は一人渋い顔をしていた。
それは、他の里の長たちからその地域で輩出した有名人の話を、苦々しく聞いていたからだった。
タレンイ村は誰が有名人か?とそのうち誰かがベク里長に聞く。
『あの鍋を持って走るギボンおじさんよ!』と女性がはやしたて、その場は大爆笑の渦になる。
その場は逃げるように去ったベク里長だったが、或る広告に目が留まる、それは“全国ハーフマラソン”の出場者を募集するものだった。
そのポスターを握り締めベク里長は、ギボンの元に走る。
ベク里長はギボンと母親に懸命に説得する・・『マラソン大会に出ないか?』と・・・
初めは乗り気でなかったギボンだったが、優勝したら多額の賞金が出るという言葉にギボンの顔色が変わった・・・
『うん! それなら出場して優勝して母さんに入れ歯を買ってあげる』と・・・
母親は、心配そうな顔をしながらも、ベク里長の誘いに応じる。
それから毎日、ベク里長によるマラソンの付き添いレッスンが始まる。
しかし、今までギボンに働いてもらって助かっていた町の人達は、一斉に文句を言い始める。
自分達が大変になった事を理由を隠して、彼が大変だからと・・・
しかし、ベク里長に聞く耳はなかった。
順調にトレーニングが進んでいくはずだったギボンに、突然不調が訪れ始めた。
走る距離が伸びるにつれ、彼が異常に苦しみ始める事だった。
里長はギボンと一緒に病院に行き、先生から彼の心臓があまり良くない事を言い渡される。
『彼の父親も心臓発作が原因で無くなった、彼も遺伝の体質をもらっている、彼にマラソンをさせる事は非常に危険だ!やめさせなさい』と・・・
実は初めは、里長通しの見得からギボンにマラソンを進めたベク里長だったが、長い間一緒にトレーニングを積んできて、里長の考えはすっかり変わっていた。
母親はいつまでも生きられない、それからも気丈に生きられるよう彼を鍛錬しようと想い始めていた里長は迷い始める事になった。
純粋な動機で続けさせたいと思いながらも、しかしもうマラソンをやめさせようと・・・
しかし、優勝して母親に入れ歯を買ってあげると決心したギボンは納得しない、その上初めは反対していた町の人々も、本人のあまりの熱意に今度はマラソンに出場させてやってくれという意見に変わっていた。
ギボンにとって、苦しい練習ながら、彼には密かな応援者がいた。
写真館のキョンスタジオの女店員をしている、チョンウォンだった。
写真を撮ることが好きなギボンが、撮った写真を持って行っては彼女に現像してもらい、暖かい応援をもらいながらも、喜んで出来た写真を持って帰って、母親に見せるのが彼の唯一の楽しみだった。
ベク里長は、ギボンの唯一の理解者チョンウォンにも、彼を走るのをやめさせてくれと頼み彼女を悩みの底に突き落とす・・・
一方、ベク里長の息子のヨチョンは相変わらず、不良仲間との遊びに明け暮れていたが、手下が無理やり遊びの場にギボンを連れてきても、全く悪びれた気配を見せないギボンに対して、少しづつ何らかの感情の変化を見せ始める。
そのヨチョンの意識に決定的な変革を与えたのは、彼が密かに思いを寄せているチョンウォンの言葉だった。
ヨチョンの飲みに行こうという誘いを断ったうえ、『少しはギボンおじさんを見習ったら?』という言葉だった。
キム・ヒョジン
マラソン大会が近づくにつれて、ギボンが着ていくユニフォームを気にし始め、母親と一緒に買いに出ることになった。
ギボンが初めに選んだ白いユニフォームは、母親の汚れやすいから駄目!という一言で却下となった。
その後、ギボンは一人で店内を廻る・・・
母親が黒っぽいユニフォームを手に、ギボンに勧めに店内の一角を廻った時
彼女の眼前に予期せぬ光景が拡がった・・・
ギボンが黄色いユニフォームをまとい、にこにこしながらそこに立っていた。
それはまさに、彼が知る由もない母親キム・スミの若かりし頃の最愛の夫の姿そのものだった。
母親にとって、ギボンの選んだそのユニフォームを断る理由はひとかけらもなかった。
さて、いよいよマラソン大会の当日が来た。
母親の心配な顔をよそに、ギボンは町中の期待を背負って見送られる。
そして、ソウルで大会が華々しくスタートした。
ギボンは、スタートのピストルの音に驚き、しゃがみこんでしまいみんなが走り去った後のスタートになるものの、前半までにトップに立つ快走を見せ、ゴール地点で待つ町民達の歓喜を誘う・・・
しかし、後半心臓を押さえながらもガタッとペースの落ちた彼は、徐々にみんなに追い抜かれ始めてしまう、マラソンの大会委員がゴール地点のバリケードを片付け始めても、彼の姿は見えなかった。
一方、家で待っていた母親は居眠りでの悪い夢をもとに、大会会場に急ごうとする。
たまたま、バス停近くで出会ったヨチョンは、体の悪いギボンの母親を必死で止めようとするが、彼女はいう事を聞かない。
仕方なく、タクシーで遠くソウルの大会会場まで連れていく事にする。
途中渋滞に会い、先を急ぐヨチョンは母親を背におい、渋滞道路を一目散に走る。
方やゴール地点で、心配になったベク里長はバイクに乗って、一人走路をさかのぼる事に・・・
しばし、走った里長の目の前にはふらふらになり、足元もおぼつかないながらもまだゴール地点に向かっているギボンの姿が・・・
すれ違った瞬間 里長が叫ぶ!
『もう充分だ!止まってくれギボン!!』
それでも止まらないギボンに向かって
『俺が止まれ!と言ったら止まる約束だったろ!!』
と、二人でトレーニングを始めた頃の約束の言葉を・・・
それでも止まらなかったギボンは、しかしその後、限界から道路に倒れこむ・・・
心配になって、歩いてきたチョンウォンが彼を見つけ、そっと彼の名前を呼ぶ・・・
うつろになりながらも、名前を呼ばれた事に気づいて顔を上げた彼の目に映ったのは、チョンウォンの顔ではなく、母親のにこやかに手招きをする顔に見えた。
やがて、彼は起き上がり再び走り始める・・・
やがて、ヨチョンが背負って走り続けてきた、ギボンの母親が会場に到着した。
母親は黄色いユニフォームを見つけては声を掛ける“ギボン”っと・・・
しかし、彼はどこにも見えなかった・・・
母親は、或る暗く陣取った集団の前に到達した。
それは、ベク里長はじめ町民みんながひっそりと集まって車座に鎮座している場所だった。
みんなの表情は暗い、母親は嫌な予感がして中を除きこむ・・・
しかし、そこにはギボンの母親を待ち受ける明るい笑顔があった。
『沢山走ったかい! よくやったね』というねぎらいの言葉と同時に、彼の首から下がった“完走”と書かれたメダルに絶賛の賞賛の言葉を送った。
『うちのギボンは世界で最高の人間だと!』
母親にとって、あたかも若かりし最愛の夫のなし得なかった事を、その息子がやってくれたかのように・・・
その集団のなかには、もう一組の親子がいた・・・
恥ずかしそうにするヨチョンの肩を抱え、うちの息子だと誇らしげに、みんなに紹介して廻る“ベク里長”の姿があった・・・
以前は、あんなに叱咤ばかりしていた息子を・・・
やがて、しばらくしてタレンイ村に、ツララを食いちぎる程のしっかりした歯を取り戻した、ギボンの母親の姿があった。
しかし、誰がギボンの母親に入れ歯を買ってやったのかは判らない。
ただ町民の間では、ギボンがその計り知れない愛情で、母親に買ってやったのだという事しか、話題にはならない・・・

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